23話 続、夢見る人たち
ヒメのローテに悩む人たち
地の文さんは放牧中ですw
美浦トレーニングセンター
「うーむ…… 中四週半でジュベナイルフィリーズに出走するか、このままダート路線で中五週の川崎の全日本2歳優駿にするのか、はたまたヒメは少しでも距離が伸びたほうが良さそうだから、年末のホープフルステークスがいいのか悩むな、うーん……」
「テキ、何を悩んでいるのです? また、ヒメの次走についてですか?」
「ああ、田中か。毎度のことながら、ミストラルプリンセスの次走についてだけど、どうしようか?」
「個人的な意見ですけど、来年の桜花賞を狙うのであれば、阪神ジュベナイルフィリーズですけど、ホープフルステークスは中山だから美浦からの輸送距離が短くて済みますし、距離が延長されて二千なのもヒメにとっては魅力的だと思います」
「そうだよな。マイルも大丈夫だとは思うけど、二千のホープフルも捨てがたいんだよなぁ。うーん……」
「それと、ダートで二走続けてのレコード勝ちを見せつけられると、ダート路線も捨てがたいですよね」
「なんだ、結局のところ田中も、ヒメの次走を絞り切れてないじゃないか」
「オーナーの意向次第ですけど、年内は休ませるという手もありますよ?」
「休ませる? 田中は進上金いらないのか?」
「そりゃあ、進上金は欲しいですよ。だけど、目先の小金に囚われて、来年以降の大金をフイにはしたくありません」
「来年以降のGⅠを見据えてということか? うーん…… 仮に年内に走らせるとしても、あと一戦が限度だな」
「来春のクラシック戦線や他のGⅠに出走させるための賞金は、もう既に足りています。だから、無理に稼ぐ必要はありませんので、そうなりますよね」
「年内に次を出走すれば、今年は五戦目になるのか。オープンの二歳馬でデビューの年に五走は、やや多い部類に入るよなぁ」
「エリートの良血馬に比べれば多くなりますけど、それでも一走か二走の違いですので、どうなんでしょうかね?」
「昔は二歳時に、七~八戦も走った一流馬もいたんだがな」
「確かブライアンとかそんな感じでしたよね? まあ、ヒメも未勝利を脱出するまでに、三戦掛かりましたので、数を走っているのは仕方ありません」
「年内に出走するしないもそうだけど、来年のローテーションも悩みの種なんだよなぁ」
「ヒメは芝もダートも両方ともこなせますから、テキの悩みも理解できます」
「ダート路線はなぁ。ダートは夏まで番組が限られているのが問題なんだよなぁ」
「ダート路線を走らせるのであれば、いっそのこと海外という手もありますよ? ミストラルプリンセスがここまでダートに強いとなると、海外のレースでもいける気がしますね」
「海外? 目標はUAEダービーか?」
「はい、一着賞金が300万ドルですよ、300万ドル! 私一人だけで700万円近くの進上金になります!」
「お、おう……」
「UAEダービーの前哨戦に、サウジダービーを使えば、こちらの一着賞金も150万ドルですので、ヒメが連勝でもすれば、もう完全に笑いが止まりませんね!」
「田中よ……」
「なんでしょうか、テキ?」
「捕らぬ狸の皮算用って言葉を知ってるか?」
「夢を見るぐらいいいじゃないですか」
「まあ、我々ホースマンは、夢を追い続けるのが仕事ではあるわな」
「るんらったった~♪ いや~地方とはいえ私が重賞を初制覇だもんね~。31勝もクリア出来たし、いや~今年はヒメのおかげで、いい年になったなー! るんらったった~♪ るんらったった~いぇいっ!」
「我が厩舎所属の、いかれポンチがやってきたぞ」
「テキ、女性に対して、いかれポンチはないでしょ。女性に対して」
「いや、だってなぁ。おまえ、アレだぞ? 完全に頭に花が咲いてるじゃないか」
「まあ、確かにアレな感じではありますけど……」
「あれ? 先生と田中さん、また二人して密談ですか? 私も混ぜて下さいよ」
「そうだな。ミストラルプリンセスの鞍上として、美雪にも意見を聞こうじゃないか」
「ヒメの次走以降のローテーションですか?」
「ああ、なんぞ良いローテの案はないものかね?」
「そうですねぇ。まず最初に、阪神JFに出てから放牧か中休みして、チューリップ賞から桜花賞にオークスという、ごくありふれた牝馬クラシック路線」
「美雪にしては、面白みのない堅実なローテーションだな」
「はい、だから、このローテーションは、あまりお勧めしません」
「では、美雪ちゃんは、どんなローテーションを考えているの?」
「私の頭の中に、ヒメのローテーションは主に五つあります」
「その一つ目は?」
「ホープフルステークスから、フラワーカップか毎日杯とフローラステークスを使って、オークス!」
「桜花賞はパスするのか」
「ヒメはマイルも走れるとは思いますけど、二千以上の距離のほうが持ち味を生かせそうな感じはしますね。でも、このローテもあまりお勧めはしません」
「お勧めしないのに、熱く語ったのね。それで、二つ目は?」
「ホープフルステークスから、弥生賞を使って皐月賞と日本ダービー!」
「牡馬の王道ローテじゃないか。ヒメは牝馬なのだから厳しくないか?」
「美雪ちゃん、さすがにそれは夢を見すぎだと思うわよ」
「はい、私もちゃんと現実は見えていますので、この路線もあまりお勧めはしません」
「段々と聞くのが怖くなってきたのだけど、三つ目は?」
「朝日杯から、共同通信杯と毎日杯を使って、NHKマイルと日本ダービー!」
「それも牡馬の路線じゃないか。ヒメは牝馬なのだから、中山の二千を使わないにしても、やはり厳しくないか?」
「はい、だから、このローテーションもあまりお勧めはしません」
「それじゃあ、四つ目のローテは?」
「川崎の全日本2歳優駿から、ヒヤシンスステークス、船橋のマリーンカップを使って、関東オークスとジャパンダートダービー!」
「ダート路線を継続するのか」
「はい、しかし、国内のダート路線の場合だと、やや賞金が安いのがネックといえば、ネックでしょうか?」
「3歳の春は、あまりダートの番組が揃ってないのも問題だよなぁ」
「ヒヤシンスステークスが重賞に格上げされただけでも、昔に比べたらマシにはなっているみたいですけどね」
「ダート路線を進むのであれば、いっそのこと一時的に南関東に移籍させたほうが、ヒメにとっては良いのかも知れませんね」
「それでは、ワシらに入る進上金がなくなるではないか?」
「まあ、そうなんですけど」
「私も進上金が手に入らなくなるのは嫌よ」
「私もヒメに乗れなくなるの嫌ですよ」
「次、最後の五つ目!」
「田中、投げやりになってるぞ」
「サウジダービーから、UAEダービー! もしくは、ヒヤシンスステークスから、UAEダービー! その後は、日本に帰国してもいいし、アメリカやヨーロッパに転戦してもいいですし、夢が広がりますよね!」
「美雪よ、おまえもだったのか……」
「? 先生もダートでのヒメの走りを見れば、海外の強豪馬を相手にしても、勝ち負けできる気がしませんか?」
「まあ、案外いい勝負するかも知れんな」
「美雪ちゃん、気が合うわね」
「え? 田中さんもでしたか? 気が合いますね! まさか私以外にも同じローテを考えている人がいるだなんて、思いもしませんでしたよ」
「まあ、進上金が多いほうが助かるからね」
「そこは、馬の都合を優先してあげろよ」
「それはもちろんですとも」
「でも、いくら私たちがこの場で、あーでもないこーでもないと言ったところで、結局のところは、オーナーである庭野さんの意向次第なんですよね?」
「まあ、それはそうだよ。オーナーの意向が第一だからな」
「美雪ちゃん、一緒に海外遠征の夢を語ってオーナーを説き伏せましょう!」
「田中さん、私もお供します!」
「ほどほどにしておけよな……」
夢見ている時が一番楽しかったりするのが大抵は現実だったりする…
調教師のオッチャンは苦労してそうですw




