表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お天気お姉さんの素顔はダウナー系~地下の備品室で愚痴を聞いてあげていたらアイドル級の美少女に懐かれました~  作者: 剃り残し


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/3

3

 翌日。午後1時。


 地下2階の自販機コーナーで、雨宮日和が十字架に磔にされたようなポーズをとっていた。


 両腕を大きく広げ、自販機の端と端にあるボタンに指をかけている。


 右手の指先は「あったか〜い」のココア。左手の指先は「つめた〜い」のソーダ。


 彼女は、爆弾処理班のような真剣な表情で、その2つのボタンを睨みつけていた。


 朝の顔とはいえ、奇行に走っている人には近寄らない方がいい。


 ストップをかける理性に対して、彼女に話しかけてみたいという本能が打ち勝った。


「……いち……に……」


 彼女がタイミングを計っている背後から、俺は声をかけた。


「その機種は、同時押しに対応していません」


 日和はビクッと肩を跳ねさせ、広げていた両腕をだらりと下ろした。


 振り返った彼女の目は、今日も安定して死んでいた。


「……墨田さん」


「制御基板が排他処理を行うため、同時にボタンを押しても、0.01秒でも早い方が優先されます」


「……やってみないと、わからない」


「仕様書にそう書いてあります」


「仕様書が間違ってるかもしれない」


「そこはメーカーを信じてください。天気予報を信じずに」


 彼女は不満げに頬を膨らませ、再び自販機に向き直った。


「私は、ぬるいのが飲みたいの」


「ぬるい?」


「そう。熱くもなく、冷たくもなく。体温と同じくらいの、無害な液体」


「常温の水なら、3階のコンビニに売っていますよ」


「水じゃなくて、ぬるいココアソーダがいいの」

「……気持ち悪い飲み物ですね」


 彼女は自販機のボタンを撫でながら、独り言のように呟いた。


「……熱いのは、火傷するから嫌。冷たいのは、お腹壊すから嫌」


「はあ」


「人生も同じ。熱血は疲れるし、冷血は寂しい。だから私は、ずっとぬるま湯に浸かっていたい」


「その結果が、地下倉庫でのプチプチ破壊活動ですか」


「あれは整地。心の更地を作ってるの」


 彼女はまた両手を広げた。どうやら、諦める気はないらしい。


「墨田さん、手伝って」


「断ります」


「業務命令」


「私は貴方の部下ではありません」


「じゃ、お願い」


 彼女は上目遣いで俺を見た。その瞳は、捨てられた子猫というよりは、餌をねだる深海魚のような切実さを帯びていた。


「……1人じゃ、指が届かないの。リーチが足りない」


「物理的な問題ですね」


「右のココアを押して。私が左のソーダを押すから」


「だから、排他処理が……」


「『せーの』で押せば、バグるかもしれない」


「バグりません」


「お願い。一生のお願い」


「その一生は、あと何回残っているんですか?」


「あと3回」


「少ないですね……」


 俺はため息をつき、自販機の前に立った。


 彼女の論理に付き合うのは時間の無駄だ。だが、ここで拒否して彼女が自販機を揺らしたり蹴ったりする方が、メンテナンスの手間が増える。


「……1回だけですよ」


「ん」


「タイミングを合わせます。私がお金を入れて合図を出します」


「了解」


 俺は右側のココアのボタンに指を添えた。彼女は左側のソーダのボタンに指を添える。


 狭い自販機の前。2人の距離は、必然的に近くなる。


 彼女のジャージから、微かに湿った匂いがした。雨の日の図書館のような匂いだ。


「いきますよ」


「うん」


「せーの」


 ピッと電子音は1度だけ鳴った。


 ガコン、という重い音と共に、取り出し口に缶が落ちてくる。


 当然、1本だけ。


「……どっち?」


 雨宮さんが恐る恐る取り出し口を覗き込む。


 出てきたのは、赤い缶のココアだった。


「……熱い」


 彼女は缶を手に取り、悲しそうに眉を下げた。


「墨田さんの勝ちだね」


「勝負ではありません。私の反応速度が貴方より0.05秒ほど早かっただけです」


「……やっぱり、人生は厳しい」


「自販機の仕様です」


 彼女は熱いココアを両手で包み込み、カイロのように暖を取り始めた。


「……でも、まあいいか」


「いいんですか」


「うん。墨田さんの指、温かかったから」


 俺は自分の指先を見た。


 ボタンを押す瞬間、彼女の小指が、俺の手の甲にかすめていた。


 触れたことにも気づかないほどの、わずかな接触。


 だが、彼女の皮膚感覚は、その温度を検知していたらしい。


「……私の指、冷たいでしょ」


「ええ。サーモグラフィで見たら、死体と同じ青色でしょうね」


「だから、ちょうどいいの」


 彼女はココアのプルタブを開け、湯気を吸い込んだ。


「冷たい私と、温かい墨田さんで、平均したら『ぬるま湯』になる」


 ズズッ、と彼女はココアをすする。


 俺は、その論理の飛躍に、即座に反論できなかった。


 熱力学的には正しい。


 温度の異なる2つの物体が接触すれば、熱平衡に向かってエネルギーが移動する。


 だが、それを人間関係に適用するのは、エラーの元だ。


「……私は人間で、貴方は妖怪です。種族が違うので熱交換は成立しません」


「またそういうこと言う」


 彼女はクスクスと笑い、口の端にココアの泡をつけたまま言った。


「じゃあ、明日も実験しよ。今度はもっとぴったり合わせて」


 俺は天井を見上げた。


 どうやらこの実験は、継続案件になってしまったらしい。


 俺の平穏なぬるい日常が、彼女によって少しずつ攪拌され始めている。


「……お金、返してくださいね」


「えっ、おごりじゃないの?」


「業務外の出費です」


 俺は冷たく言い放ち、工具鞄を持ち直した。


 彼女は「ケチ」と呟きながら、それでも熱いココアを嬉しそうに抱えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ