6月27日(日) PM
演劇部の発表が中止される事はなくなったが、準備を再開し、すぐに別の問題が明らかになった。
「時間は?」
「あと1時間ぐらいです」
「遅れてるわね……」
神楽は頭を悩ませている様子だ。
「それに、立石さん達は衣装に着替える必要もあるでしょ?」
「でも……」
不安げな表情の春奈を見て、秀人は笑顔を見せる。
「大丈夫だ。ここは俺達に任せろ」
「でも、このままでは間に合いません」
春奈はため息をつく。
「春奈、ネガティブに考えるな」
秀人は少しだけ説教するような表情を見せる。
「どうにかして、絶対に間に合わせる。例えば手伝いを増やすとか……」
「だったら、俺達が手伝ってやろうか?」
「え?」
そこには先日、麻雀で勝負をした、あの3人の男子生徒がいた。
「お前ら、何でここに?」
「騒ぎがあると聞いて来たんだ。それに、お前には借りがあっただろ?だから、ここで返させろ。あと、暇そうな奴なら、すぐ集められるぞ」
「……わかった、頼む。神楽先生、人数が集まれば、間に合いますよね?」
「少ないよりかは良いと思うけど、それでも間に合うかどうか……」
「あの……?」
声がした方に目をやると、1人の男子生徒が手を上げていた。
「何?」
「僕、セッション部の者です。その……もし良かったら、順番を変えませんか?」
「え?」
「僕達、持ち時間は30分で、演劇部の発表の後、3時から始める予定です。その時間を2時からにしてもらえれば、演劇部の発表を30分遅らせる事が出来ます」
全く想定していなかった提案にその場にいた者は少しだけ固まる。
「そんな事して良いのか?」
「僕達、セッションなので、練習のようなものは必要ないんです。多少、出番が早くなっても問題ないですし……」
「じれったいな。私達、先にやりたいの。そっちも、その方が良いんでしょ?」
同じセッション部の部員なのか、一緒にいた女子生徒は強気な態度を見せる。
その様子を見て、秀人は軽く笑う。
「お願いするか?」
「そうですね……。神楽先生、問題ないでしょうか?」
「時間を遅らせれば、準備も間に合いそうだし、お願いしましょうか」
「セッション部の顧問は俺だから、顧問の許可は俺が出せば問題ないな。あと、俺から校長や理事長に話を通しておこう」
村雨の言葉に、そこにいた者は笑顔を見せる。
「じゃあ、交渉成立だね。他の部員も呼んでくるよ」
「あ、待ってよ」
セッション部の2人は、足早に去っていった。
「じゃあ、立石さん達は衣装に着替えて、及川君達は私と一緒に舞台準備をして下さい」
「はい」
「私も衣装に着替えたら、準備を手伝いますから」
「わかった。じゃあ、さっさと着替えて来い」
「はい!」
演劇部の発表を行う目処が立ち、春奈は嬉しそうに笑った。
「もう少し右……そう、そこに設置して」
秀人達は神楽の指示を聞きながら、順調に舞台の装飾を進めていた。
「セッション部の発表がある時は、幕を下ろすから、それまでにある程度終わらせましょうね」
「セッション部の発表って、舞台使わねえのか?」
「客席のすぐ近くに楽器を置いて、演奏するみたいだよ」
客席の方に目をやると、セッション部の生徒が楽器を設置していた。
その時、舞台衣装に着替えた春奈がやってきた。
「先生、着替え終わりました」
春奈は色鮮やかなローブを羽織り、背中には蝶々の羽のような物が付いている。
「どうでしょうか?」
「似合ってるよ」
秀人の言葉に春奈は嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます。あ、神楽先生、相談があるんですけど……」
「何?」
「さっきの事故で、照明担当の方も怪我をしてしまったじゃないですか?」
「あ、そうだったわね……」
「問題発生か?」
「照明担当の人がいなくなっちゃったのよ」
「それで、他の部員と相談しまして、秀人君にお願いがあります」
「俺が照明やれば良いのか?」
「いえ、照明は色や位置等もあるため、シナリオを知らない秀人君では難しいです。舞台に上がる予定だった方が照明をやる事になりました」
春奈の言いたい事がわからず、秀人は首を傾げる。
「俺にお願いって何だよ?」
「その……1人、照明をやるために抜けてしまうため、舞台に上がる方が1人足りないんです」
「おいおい、待て待て……」
「なので、その方の代わりに舞台へ上がって欲しいんです」
「お前、バカか?それこそ練習が必要だろ」
「いえ、台詞もありませんし、出番も少ないですから、秀人君でも大丈夫です」
「……何の役だよ?」
「王子の役です」
「王子って、結構、重要な役じゃねえか。そもそも、台詞がなくて出番の少ねえ王子が出る劇って何だよ?」
秀人は頭が混乱してしまった。
「立石さん、それ、部員全員で決めた事かしら?」
「はい、そうです」
「じゃあ、私からも、お願いするわ」
「え?」
秀人は困った表情を見せる。
「秀人、せっかくだから、やってみれば?」
「お前、他人事だな」
「出番は最後だけだし、及川君でも大丈夫よ」
「そんな事言われても……」
秀人が目をやると、春奈は不安げな表情を浮かべていた。
その表情を見て、秀人はため息をつく。
「まあ、昨日手伝ってもらったしな……。ただ、俺のせいで、メチャクチャになっても知らねえからな」
「それじゃあ……?」
「わかった、俺がやるよ」
秀人は心を決めると、深い息を吐いた。
2時から始まったセッション部の発表が行われている間も、舞台の準備を進め、開始10分前に完了した。
途中、秀人も衣装に着替え、自分の出番の部分だけ台本を読んだ。
「仮面を付けた無口な王子役か……」
「出番は最後、私が舞台を離れ、1人残された後、仮面を外すだけですから、秀人君なら出来ますよ」
「これ、俺じゃなくても出来るだろ」
「でも、他の部員から、秀人君に代わってもらうよう言われましたので……」
「周りの意見で俺になったのか?」
「はい、そうですよ」
「お前、部長の威厳とかねえのかよ?」
「私もそれが良いと思いましたから……」
秀人は台本をパラパラと、めくる。
「これ、お前がシナリオ書いたって言ってたよな?」
「そうですよ」
「基になった話とか、あるのか?」
「……小さい頃に見た夢を基にしましたけど、ダメでしょうか?」
「ダメなんて言ってねえだろ」
不安げな表情を浮かべる春奈を見て、秀人は呆れたように笑う。
その間も時間が進み、30分遅れとなる、発表の時間がやってきた。
部員達は幕が下りた舞台に集まり、最後の打ち合わせを始める。
「いよいよだね」
「及川、頑張れ」
「というか、何で、ここにお前らがいるんだよ?」
そこには、部員達に紛れ、和孝と夢がいた。
「舞台変えを手伝う事になったんだよ」
「お前がミスしたら、演劇部の連中が今までやってきた事が全て水の泡になるな」
「変なプレッシャーかけないで下さい!」
「私も手伝うから、心配するんじゃない」
「お前、働いてばっかじゃねえか。少しは休めよ」
「友達が困ってるのに、放っておくわけにはいかない」
「……2人共、ありがとな」
本音を言えば、秀人は舞台に上がる事に不安を持っていた。
その不安が、近くに和孝や夢がいるというだけで、薄らいでいくのを秀人は感じている。
「そうだ。部長、みんなに何か言ってやれよ」
「え!?」
部員達が注目すると、春奈は困ったような表情を見せる。
「皆さん、今日まで練習に付き合って頂き、ありがとうございました」
「随分と固いな」
「その……良い劇にしましょう」
春奈が笑顔を見せると、部員達は全員笑った。
「よし、お前の出番からだろ?頑張れ!」
「はい!」
舞台に春奈1人を残し、他の者は舞台袖に移動した。
「それでは、これより、演劇部の発表を始めます」
アナウンスから、数秒後、幕がゆっくりと上がった。
幕が上がると、曲が鳴り始め、照明が春奈に向けられる。
「私は妖精ルナ。困っている人を助けるのが私の役目」
舞台の上で、春奈は妖精ルナを演じ始める。
「ほら、あそこに困っている人がいる」
照明が少年のような格好をした人物に向く。
「おかしいな……。どこに落としたんだろう?」
「落し物をしたようね。私が見つけてあげる」
ルナは踊るように舞台の上を動き回る。
「見つけた。落とし物はこの鍵ね」
ルナは少年のすぐ近くに鍵を落とす。
「あ、あった!」
少年は鍵を拾い、嬉しそうに去って行った。
「人は私達、妖精の姿を見る事が出来ない。私達の声を聞く事も出来ない。時々、私達の存在を感じて、感謝してくれる人はいる。でも、それだけでは悲しい」
ルナは顔を下に向ける。
「他の妖精達は人と話せない事を悲しいとは思わない。でも、私は1度だけ、人と話した事がある。だから、人と話せないと悲しくなってしまう……」
「ルナ、また王子様の事を考えているの?」
そこで、ルナと同じ格好をした人物が姿を現す。
「幼い頃、王子様と話をしたなんて、ルナの勘違いよ」
「優しい心を持った人なら、私達の姿を見る事が出来る。話をする事も出来るはずよ」
「そんなの嘘に決まってるじゃない。それに、いつだって仮面を付けて、素顔を見せない冷たい人。みんな、王子様の事をそう言ってるわ。優しい心なんて持ってるはずないわよ」
「……きっと理由があるの。何かきっかけがあれば、王子様は、また優しい心を取り戻す事が出来るはずよ」
「そう思ってるのはルナだけよ。最近は人前にも姿を見せないで、何を考えてるのか、わからないわよね」
ルナを残し、もう1人の妖精は姿を消す。
「王子様はそんな人じゃない……」
悲しそうな表情を浮かべた後、ルナは手を組み、祈りを捧げる。
「神様、お願いがあります。私に王子様と話をする機会を与えてくれませんか?」
ルナは少しだけ間を空けた後、また口を開く。
「そのためなら、どんな罰を受けても構いません。どうか、私の願いを叶えて下さい」
その時、照明が消え、舞台は真っ暗になる。
次に明かりがついた時、ルナはキレイなドレス姿になっていた。
「これは……?」
ルナは自分の手や足を注意深く観察する。
その時、老人の格好をした人物が大きな荷物を持ち、現れた。
「君、すまないが、この荷物を運ぶの、手伝ってくれないかい?」
「はい、良いですよ」
ルナはそこで、驚いた様子を見せる。
「おじいさん、私の姿が見えるんですか?」
「ああ、見えるよ?」
「私……人になれたのね」
ルナは嬉しそうに笑った後、そのまま舞台の上を踊るように動き回った。
「裏方も大変だね」
背景を妖精がいる森から町に変え、和孝は息をつく。
「春奈、演技上手いんだな」
舞台の上の春奈を見て、秀人は驚きを感じていた。
「今までは悪役だったけど、今度の役は春奈ちゃんにピッタリな役だね」
「ああ、私もそう思うぞ」
物語はその後、ルナが助けた老人の家で暮らし始め、少しずつ町の人と関わるようになっていった。
ルナは今までと同じように困っている人を助け、次第に多くの人から感謝されるようになる。
「ルナは踊る事が好きなんだな」
「はい、嬉しい事があると、自然と体が動いてしまいます」
「それなら、舞踏会に出てみたらどうだい?」
「舞踏会?」
「優勝した者は城に招かれるそうだよ」
「城に!?」
ルナは嬉しそうに笑顔を見せる。
「じゃあ、王子様に会う事も出来ますか!?」
「ああ、会えるだろうが、この町の王子様は冷たい方だよ。会えたとしても、話すら出来ないかもしれない」
「そんな事ありません。私、舞踏会に出ようと思います」
ルナはまた、舞台の上を踊る。
そこで、舞台裏で劇を見ていた和孝は、ため息をつく。
「ねえ、秀人?」
「ん?」
「この話の王子様って、多分、秀人がモデルだよね?」
「え?」
秀人は首を傾げる。
「気付いてないの?」
「気付くも何も、この話、小さい頃に見た夢を基にしたって、春奈は言ってたよ」
「それ、ホント?多分、演劇部の人はみんな、秀人をモデルにしてるって気付いてるみたいだよ?」
「え?」
秀人は周りに目をやり、和孝の言葉を理解する。
「及川君?」
神楽は穏やかな表情を見せる。
「この物語の結末は見た?」
「この後、妖精と王子が会って、2人は何も話さないまま、別れるってところですか?」
「この話、王子様の出番が少ないのはなぜかって立石さんに聞いたの。そうしたら、ルナと王子様は一緒になれないから、ルナの物語に王子様は、ほとんど登場しないんだって言ってたの」
神楽の話を聞きながら、秀人は台本を読み返す。
「物語の中で、王子様はルナと会って、優しい心を取り戻す。ルナもそれで目的を達成出来て、ハッピーエンドだって立石さんは言っていたわ。でも、他の部員はそう感じていないの」
「俺もハッピーエンドとは思えないね」
神楽はまた穏やかな表情を見せる。
「及川君、この台本通りの結末にしても構わないわ。でも、少しだけ、この物語の本当のハッピーエンドを考えてもらえないかしら?」
「何で俺に?」
「……教師としてこんな事を言うのは良くないのかもしれないけど、あなた達2人、お似合いに見えるの」
神楽は笑顔を見せる。
「秀人、後悔のない選択しなね」
和孝はからかうように笑う。
「及川、もうすぐ出番だぞ。……あと、私もお前と立石、お似合いだと思ってる」
夢は少しだけ気を使うような態度を見せる。
「……たく、勝手な事、言うなよ」
この時、秀人は春奈との時間を思い返していた。
本当は、ずっと前に答えが出ていた。
しかし、秀人は素直になる事が出来ず、その答えを無視していた。
秀人は自分なりの結論を出すと、大きく深呼吸をした。
「舞踏会、優勝者は……ルナです!」
物語は台本通り、進んでいた。
ルナは舞踏会に優勝し、城に招かれた。
そして、秀人が演じる王子と、この後、会う事になる。
「秀人、もうすぐだね」
「及川、頑張れ」
「……たく、本当は台詞もねえ、楽な役だったのにな」
それは、誰にも聞こえないような、小さな声だった。
もう1度だけ、大きく深呼吸をした後、秀人は仮面を被る。
物語は城に招かれたルナが王子を探すところまで進んでいた。
「よし、行ってくる」
「秀人、頑張ってね」
和孝の声援を背後に、秀人は舞台に上がった。
客席は満席に近い状態で、同時にこんな大勢の前で堂々と演技をしている春奈に秀人は驚きを感じた。
「王子様、ずっと話がしたかったんです」
ルナは深く頭を下げる。
「王子様は忘れてしまわれているかもしれませんが、以前、私は王子様とお会いした事があります。その時、私は王子様の優しい心を感じました」
ルナは顔を上げる。
「国をまとめるため、冷たい心を持った王子を演じられているのかもしれません。しかし、町の人は優しい心を持った王子を望んでいると思います」
ルナは両手を前に差し出す。
「私は……あなたの心を隠す、その仮面を外したいのです」
ルナは寂しそうに笑った後、手を下げる。
「それだけを伝えに参りました。どうか、王子様が優しい心を取り戻して下さいますよう、私は祈りを捧げます」
ルナは背を向け、歩き出す。
台本では、ルナが去った後、1人残された王子が仮面を外し、物語が終わる。
しかし、秀人が出した答えは、そんなエンディングではなかった。
「待て!」
台本にはない台詞に、春奈は驚いた様子で足を止める。
「お……私も、お前の事を覚えている」
「え?」
「私は……臆病者なんだ。人に本心を見せる事が怖いんだ」
秀人は演技ではなく、自分の本心を話していた。
「でも、お前が一緒にいてくれれば、優しい心を取り戻せる……心を晒す事が出来る。そう思えるんだ」
秀人は仮面を外した後、春奈に向け、手を差し出す。
「私と、ずっと一緒にいてくれないか?」
春奈は少しだけ考えた後、秀人に近寄り、手を握った。
「……はい、私もあなたと一緒にいたいです」
同時に幕が下り始め、客席からは大きな拍手が聞こえた。
幕が下りると、秀人は手を引き、春奈を抱き寄せる。
「あ……」
春奈は少しだけ慌てた様子を見せる。
「エンディング、勝手に変えちまって悪いな」
「いえ……私は、このエンディングの方が好きです」
2人は少しの間、そのままでいた。
「悪いけど、キャスト紹介があるから、中断してね」
「あ、ごめんなさい」
秀人と春奈は離れると、顔を真っ赤にさせた。
キャスト紹介も終わり、演劇部の発表は大成功で終わった。
部員達が挨拶をしに舞台を下りたため、秀人もついていく形で舞台を下りる。
「とりあえず、さっさと着替えるか」
「あ、秀人君、私はこの後、片付けがあるので……」
「俺も手伝うよ」
「でも……」
「ここまで来て遠慮するなよ。そもそも人が少なくて大変なんだろ?」
「じゃあ、お願いします」
春奈は丁寧に頭を下げる。
「秀人、劇に出るなら出るって言え」
「最悪なのに見つかった」
「おい、自分の親に対して、そんな事言うな!」
「秀人君、素敵だったわよ」
秀人は両親に対して、ため息をつく。
「せっかくだ。春奈ちゃんと一緒に写真を撮ってやるよ」
「そんな事しねえで良いよ」
「あ、秀人君、一緒に撮ってもらいたいです」
「……たく」
秀人は春奈と並び、写真を撮ってもらった。
「立石さん、ちょっと良いかしら?」
「あ、先生、俺も手伝いますよ」
「そう?じゃあ、及川君もお願い」
「じゃあ、片付けとかあるから行くな」
両親と一緒にいたくないという気持ちも重なり、秀人は春奈と共に足早にその場を後にする。
「ミスコンの投票用紙はこちらに入れて下さい!」
途中、そんな声が聞こえたが、秀人はそのまま通り過ぎた。
秀人達が片付けや着替えを終えた頃には、文化祭の終了が間近に迫っていた。
各クラスの出し物もほとんど終わり、片付けを始めているクラスもある。
「春奈?」
「はい?」
「その……屋上で少し話さねえか?」
「はい、良いですよ」
「じゃあ、行くか」
2人は屋上に行き、誰もいない事を確認すると、適当な場所に座った。
「そろそろ閉会式が始まりますね」
「そうだったな……見に行きたかったか?」
「いえ、ここで放送を聞くだけで十分です」
開会式とは違い、閉会式は同時に放送も流す形式で、生徒達のほとんどは大講堂に行く事なく、放送を聞くだけで済ませる。
「あ、春奈?」
「はい?」
「俺達って……」
秀人は朝、話そうと思っていた事を話すつもりだったが、やめた。
「やっぱり、何でもねえ」
「何ですか?」
「ちゃんと思い出したら、話すよ」
その時、放送を伝えるチャイムが鳴る。
「これより、閉会式を開始します」
秀人と春奈は、そのまま特に何も言う事なく、放送に耳を傾ける。
「それではまず、クラスの出し物について、最も評判の良かったクラスを発表します」
少し間を置くように、簡単なBGMが聞こえた。
「3年C組のメイド・執事喫茶です」
「え?」
「……秀人君、おめでとうございます」
「お前が手伝ってくれたおかげだよ」
秀人の言葉に春奈は嬉しそうに笑う。
「続いて、ミスコンの結果を発表します。今年のミスコンは……」
そこでも、また簡単なBGMが聞こえた。
「3年A組、立石春奈さんです。立石さんは史上初となる、3連覇を達成しました」
「また選ばれてしまいました……」
春奈は複雑な表情を浮かべる。
「おめでとう」
「……ありがとうございます」
「もっと喜べよ」
「そうなんですけど……」
春奈はため息をつく。
「まあ、前に言った通り、集計なんてしねえで、好きなら直接伝えろって思うけどな」
秀人はポケットから投票用紙を取り出す。
「秀人君、投票しなかったんですか?」
「お前、何か書く物ねえか?」
「えっと、ボールペンなら、ありますけど?」
「じゃあ、借りるな」
秀人は投票用紙に『立石春奈』と書いた後、春奈に差し出した。
「ほら」
「これは……?」
春奈は意味がわからず、渡された投票用紙をじっと見つめる。
そんな春奈を見ながら、秀人は軽く深呼吸をする。
「……俺は春奈の事が好きだ」
「……え?」
「今までも、それなりに毎日を楽しんでた。でも、お前と一緒にいると、毎日がもっと楽しくなるんだ」
春奈が意味を理解しているか、不安だったが、秀人は話を続ける事にした。
「俺はお前とずっと一緒にいたいんだ。だから、俺の恋人になってくれねえか?」
春奈はしばらく何も言わず、黙っていた。
「そ……それも罰ゲームでしょうか?」
「違う」
「……私をからかっているのでしょうか?」
「違う」
「それでは……」
「俺は春奈の事が好きだ!」
それは学校中に響き渡る程、大きな声だった。
「秀人君、声が大きいです……」
「お前だけに言っても信じねえんだろ?だったら、学校中に言って回る。そうすれば、周りの奴から色々言われて、さすがに春奈も俺の言う事を信じるようになるだろ」
「そんな事しないで下さい」
春奈は困ったような表情を浮かべる。
「春奈の気持ち、聞かせてくれねえか?」
「はい」
春奈は大きく息を吸う。
「私も秀人君の事が好きです!」
「何で、お前も大声なんだよ!?」
「あ、私も1度、嘘だと言ってしまったので、信じてもらえないかと思いましたので……ごめんなさい」
春奈の困った表情を見て、秀人は笑う。
「俺の恋人になってくれるか?」
「はい、こんな私で良かったら……よろしくお願いします」
春奈は恥ずかしそうに笑う。
「……でも、やっぱり信じられないです」
「だったら、もう1度大声で……」
「それは恥ずかしいです!こんな、幸せな事があるなんて……どうしても、前のように嘘ではないかと思ってしまいます」
「それじゃあ……恋人にしかしねえ事すれば、信じるか?」
「え?」
そのまま、秀人は春奈に顔を近付け、キスをした。
「え!?」
「これでも信じられねえか?」
「あ、その……」
「キス以上の事でもしねえとダメか?」
「え!?」
春奈は慌てた様子を見せる。
「私もしたいですけど、ここでは恥ずかしいです!初めては私か秀人君の部屋が良いです!でも、秀人君がお望みでしたら……」
「お前、とんでもねえ事言うんだな……」
「……ごめんなさい」
秀人はからかうように春奈の頭に手を置く。
「でも……機会があったら、そのうちな」
「え……あ、はい」
2人は顔を赤くしながら、また笑った。
「そろそろ教室に戻らないといけないですね」
「そうだな……じゃあ、戻るか」
「はい」
2人は屋上を後にし、階段を下り始める。
「今、俺達……恋人なんだよな?」
「はい、そうだと思います……」
「じゃあ、改めてよろしくな」
秀人が手を差し出すと、春奈も握り返し、2人は握手をした。




