6月17日(木)
この日は秀人も春奈も遅刻する事なく、三枝谷駅で合流した。
「秀人君、おはようございます」
「ああ、おはよう」
春奈は大きな欠伸をする。
「お前、また寝不足じゃねえだろうな?」
「あ……その、秀人君から借りた小説、ずっと読んでました」
「少しずつ読めば良いだろ」
「犯人が誰なのか気になってしまいまして、一応、半分は読んだんですけど……」
「俺が教えてやるよ」
「やめて下さい!」
「冗談だよ。犯人捜し、程々に頑張れよ」
2人が電車を降りると、夢が改札で待っていた。
「及川、立石、おはよう」
「遠野さん、おはようございます」
「お前、わざわざ待ってたのか?」
「秀人君、待っててもらったのに、その言い方はひどいと思います」
「ああ、悪い。遠野、おはよう。一緒に行くか」
3人は並んで、学校に向かう。
「及川、良い身分だな」
「何がだよ?」
「こういうの、両手に花と言うじゃないか」
「だったら、俺は1人で行くよ」
秀人が歩くペースを上げると、春奈は腕をつかんで止める。
「待って下さい!秀人君、もてるんですから、これが普通なんです」
「もてねえって」
「もてますよ。秀人君、優しいですから」
「お前、ホント変なところで頑固だな。俺を美化し過ぎだって」
「そんな事ないです。秀人君は……」
「なあ、及川?」
夢が真剣な表情だったため、秀人と春奈は話をやめる。
「私は……及川の事、好きだ」
「何で今、そんな事言うんだよ?」
「何か、言いたくなったんだ」
「ほら、秀人君、もてるじゃないですか」
「何、勝ち誇った顔してるんだよ?」
また、言い争いのような話を始めた秀人と春奈を見て、夢は寂しそうに、ため息をついた。
昼食時、昨日と同じように4人は屋上に集まった。
「春奈も遠野もいつも悪いな。俺と和孝、何も持って来てねえのに……」
「別に気にするな。好きで作って来てるんだ」
「私の事も心配しないで下さい」
「じゃあ、今日も頂きます!」
「お前は少しわきまえろ」
和孝は夢に殴られ、倒れる。
「夢ちゃん、何か不機嫌じゃ……」
もう1発殴られ、和孝はまた倒れた。
「あ、そうだ。明後日休みだろ?」
「秀人君、土曜は補習があります。今度の休みは部活がないので、久しぶりに1日受けられます」
「ああ、だったら、日曜で良い。4人でどっか行かねえか?」
秀人がそんな提案をするのは初めての事だ。
「みんな、予定空いてるか?」
「はい、空いてますけど……」
「俺も大丈夫」
「私も大丈夫だ」
「じゃあ、決まりだな」
「でも、どこに行くの?」
「ああ……誰か行きたい所あるか?」
4人はそれぞれ考え込む。
「あの……?」
「ん?」
「皆さんで川に行きませんか?」
春奈は断られないかと心配しているのか、不安げな表情だ。
「時々、家族で行くんです。近くなんですけど、とても景色がキレイなんです」
「和孝と遠野は何か希望あるか?」
「いや、そこで良いんじゃないかな。普段は行かない所って楽しそうだし」
「私も構わないぞ」
「本当に良いんでしょうか?」
「みんな良いって言ってるんだ。そこにしよう。どうやって行けば良い?」
「あ、えっとですね……」
春奈を中心に4人は日曜の計画を立てた。
「秀人、家寄ってく?」
「ああ、そうしようかな……」
学校が終わり、秀人と和孝は放課後の予定を考えていた。
その時、夢が複雑な表情で近づいてきた。
「及川、ちょっと良いか?」
「ん?」
「その……ゆっくり話がしたいんだ。この後、喫茶店にでも行かないか?」
「は?」
少しだけ顔の赤い夢を見て、秀人はどうしようか考えた。
「秀人、行ってきなよ」
「お前、他人事みたいに言うなよ」
「無理にとは言わないが……私の事をもっと知ってもらいたいんだ」
夢の真剣な表情に秀人はため息をつく。
「わかった。行けば良いんだろ?」
秀人の返事に夢だけでなく、和孝も笑顔を見せた。
「じゃあ、俺は1人で帰るからね」
和孝は気を使ったのか、足早に行ってしまった。
「俺達も行くか?」
「ああ、そうしよう」
秀人と夢は学校を後にし、駅の近くにある喫茶店に入ると、コーヒーを注文した。
「文化祭でやる喫茶店も、こんな風に教室を装飾すると良いかもしれないな」
「それを見に来たのか?」
「いや、違う。今日は及川と話をするのが目的だ」
夢は顔を赤くし、少しだけ笑う。
「正直言うと、照れくさい。でも、お互いの事を理解し合うために、こうして話がしたいと思ったんだ」
「話って、何の話だよ?」
「そうだな……何の話が良いだろうか」
夢が考えている間に、コーヒーが来たため、2人は軽く飲んだ。
「及川は今まで、誰かと付き合った事はあるか?」
「春奈との付き合い以外ねえけど……遠野はあるのか?」
「いや、私もないんだ。だから、こうして2人でいると、どうすれば良いかわからなくなってしまう……」
「だったら、そもそも誘わなければ良かっただろ?」
「いや、それでも一緒にいたいと思ってるんだ。お互いの事をもっと理解したいとも思ってる」
夢は困ったように、ため息をつく。
「こんな事して、及川にしてみれば迷惑だな……」
「別にそうは思ってねえよ」
「でも、私なんかと一緒で、つまらないだろ?」
「お前は俺と一緒でつまらねえのか?」
「いや、そんな事はないが……」
夢の様子を見て、秀人は軽く笑う。
「今日、こうやって呼んだのは、何か話したい事があったんだろ?だったら、それを話せば良いじゃねえかよ」
「……ああ、そうだな」
夢は少しだけ考え込んだ後、口を開く。
「……及川の好きなタイプを聞きたいんだ」
「は?」
「髪型や服装等、何でも良い」
「俺がそれを言ったところで、どうするんだよ?」
「その……お前の好みに自分を近づけたいんだ」
また顔を赤くしている夢を見て、秀人は困ったようにため息をつく。
「お前はお前で良いんじゃねえか?俺のために自分を偽る必要なんてねえだろ」
「好きな人のためなら、自分を変えたいと思うのは当たり前の事だ」
「お前、何をそんなに焦ってるんだよ?」
秀人の質問に夢は少しの間、言葉を失う。
「お前が遠くへ行ってしまうような気がしたんだ」
「俺、転校する予定ねえし、卒業までは一緒だろ」
「そういう意味じゃないんだ」
夢は何かを言おうとしたが、結局、それ以上何も言わなかった。
そして、2人はコーヒーを飲み終えると、喫茶店を後にし、すぐ解散した。




