35. 反省会(6回目)
エドガーは、その夜、一睡もできなかった。
(馬鹿だな、俺は。わざわざ嫌われにいくなんて。シシー嬢が軽い人間ではないことは承知していたというのに)
それから数日後、騎士団長室に、おなじみアレクシスとエドガー、新たに反省会メンバーとなった侯爵が集まっていた。
掌に顔をうずめたエドガーを取り囲むようにして、侯爵とアレクシスは責め立てる。
「あーあ、やっちまった」
「ただでさえ望み薄だったのに、いける気が全くしなくなったな」
怒髪天をついた侯爵夫人と、新たに怒った前侯爵夫人とダリアは、反省会にいない。というより、エドガーは、今度こそ本格的な侯爵邸への出禁を食らっている。
あの日以降、シシーは、仕事の時間以外は、いつも外出しているらしい。図書館や学校で勉強をしているのだと、疲れた表情で、ダリアに説明があったそうだ。
「ちなみに、医務室で働いているときのシシー嬢の様子はどうなんだ?」
侯爵は、シシーの上役にあたるアレクシスへ聞いた。
「別に変わりありませんね……」
「そうなのか!?」
希望を抱いたような声で、エドガーが顔をあげた。
「だからといって、エドガーに言われたことを気にしていないというわけではないだろうよ」
侯爵夫人やダリアが代わりに謝ろうとしても、いつもはぐらかされてしまうらしい。侯爵夫人は泣きながら侯爵に訴えた。
『あんな子に育てた覚えはないのに。女性への尊敬の念がないのです。言葉の暴力ですわ』
前侯爵夫人もエドガーを断罪した。
「私が若かった頃は、女は男の持ち物の一つで、蔑まれてきたものだよ。エドガーの話を聞いて、あの時代を思い出してしまったよ」
侯爵がそんな話をすると、エドガーの顔を曇り、がっくりと肩を落とした。
そう、女性陣全員にエドガーは見放されてしまった。
「息子よ。どうしてしまったというんだ? 男尊女卑の考えなんて、ないだろう?」
エドガーは、かなり先進的な考えの持ち主と言われていた。史上初の女性隊長を誕生させたのはエドガーだったし、高位貴族では珍しく女性が働くことを認めている。前侯爵夫人を筆頭に、侯爵家には有能な女性が多いし、女性に敬意を払うのは当然と考えていた。ただ、女性にあまり関心がないだけで。
「うちのツワモノ女性陣が三人とも、匙を投げた。何をどうやったら、あんなに怒らせることができるんだ?」
「エドガー、しっかりしろよ。自分を見失っているんじゃないか?」
エドガーは疲れきった表情のままうめいた。
(確かにそうだ。シシーを前にすると、おかしくなる。どっかにさらって、閉じ込めたい気持ちになるんだ)
エドガーは、口にするのも憚れるようなことを考えていた。
「そうなんだ。このまま死んでしまっても不思議じゃない」
「「死んでもどうにもならん」」
「母上の言う通り、私ではシシー嬢を幸せにできないのでしょう」
「「じゃあ、いさぎよくあきらめるんだな?」」
エドガーは、再び掌に顔をうずめて、首を振った。……まるで乙女のように。『かわいくはない』と侯爵とアレクシスはげんなりする。
「とにかく、お・ち・つ・け。そして、何としても捕まえて、謝ってこい」
「……気配を消して、侯爵邸の近くや王宮の門で張り込もうが、全く顔も見れないのです」
そう、シシーは今でも侯爵邸に住んでいるし、同じ王宮で働いているのに、エドガーの目の前からは、きれいさっぱり消えてしまっている。その事実は、激しくエドガーを落ち込ませた。
「「え、それって……」」
『ストーカー?』と二人は同時に聞きかけて、慌てて口をつぐむ。仮にもエドガーは騎士団長であり、英雄なのだ。
というより……。
((この場合、シシーがスゲェ))
なにしろエドガーは、仮にも騎士団長、強者揃いの騎士千人の頂点に立つ男だ。スナイパーの技術はもちろんあるし、気配を消すのは朝飯前なのだ。
((野生の動物みたいに、エドガーの気配を感じるだけで逃げてるのか!? それだけ忌み嫌われたってことか……))
侯爵もアレクシスも、完全にお手上げ状態だった。敗色があまりに濃いことを察して、『そろそろ時間が……』などと逃げ支度をはじめた。
「あのさ、怪我して、医務室に運ばれてみたらどう? もう母性本能くすぐるしかないだろう」
「いや、そこで無視されたら、立ち直れないだろう」
侯爵とアレクシスは、軽口を叩きながら、悲壮感ただようエドガーを置いて、そそくさと退室して行った。




