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28. 侯爵夫人の決意

 侯爵夫人は、怒りの手紙を使いに持たせたあとも、考えていた。


 エドガーに、シシーに対する気持ちは十分あるのはわかっている。けれど、伝わらないと意味がないし、人任せなどありえない。それに、自分の実家にまで住まわせておいて、何もしないのは無責任だ。


(私は、今までけしかけ、加担してきたわ。その責任をとらなければならない。エドガーとシシーの噂を火消しするのはもちろん、シシーのために他の機会を用意しなければ……)


 社交界で一、二を争う貴婦人であり、花形でもある侯爵夫人が噂の火消しすることは容易い。ただ、『シシー嬢を気に入った私が二人を結婚させたかったけれど、うまくいかなかった』と説明するだけだ。


 エドガーへの親心はあるので、侯爵夫人は、エドガーに怒りの手紙を送ってから反応待った。しかし、彼は、二行だけの詫びの手紙を寄越しただけ。


(残念だわ。私はもう、味方しない方がいいわ)


 そして義母である()侯爵夫人とも話をする。


「……今更なのですが、もう、エドガーを応援するのは止めようと思いますの」


 驚いた()侯爵夫人に、侯爵夫人はオペラの話をした。


「……あなたが怒るのはもっともだ。でも、エドガーが二十九年かかってやっと見つけた、」

「そうです。だからこそ、全てエドガーが自力でやればいいのです。私は余計なことをしてしまいました。周りが何とかしてもエドガーとシシーのためになりませんわ。特に、シシーは……。幸せになるべき子です」


 侯爵夫人は、シシーを大事に思うようになっていた。はじめは、エドガーが見つけた想い人と結婚させることが最優先だったけれど、そうではない。


「私、社交界での噂を曖昧(あいまい)にごまかしてしまいました。シシーのためになりませんから、否定しますわ。それに、つぐないシシーには他の出会いも用意しようと思いますの」

「え、それはやりすぎじゃ」


「……今の囲い込みは、私のあやまちです。公平では、ありませんでした。シシーが他の男性も見た上で、もし、エドガーを選んでもらえるならば、それは本当にうれしいのですけど」


 それから二人は長いあいだ話をしたけれど、結局、侯爵夫人の意見が尊重されることになった。


 こうして、ミハエル・アントワープ子爵は、当初の『当て馬』から『シシーのお相手候補』に目的を変更されて、招聘(しょうへい)されることになった。


(……あのカップルに萌え……いえ、エドガーにもシシーにも幸せになってもらいたいんだけど……。特にエドガー。でも、確かにシシーを犠牲にするわけにはいかない)


 ()侯爵夫人は複雑な心境だった。


 その日、侯爵夫人が国王に魔道具で連絡を取ると、何と最速の二時間後に謁見(えっけん)の機会を(たまわ)った。


『冷徹王』『初代賢王の再来』と名高い国王は、重大な会議中だったのにぬけ出した。そして、溺愛する姪である侯爵夫人とおしゃべりを一時間も楽しんだ。普段、侯爵夫人は、『うっとおしい』と国王と距離を置いているから、国王は大喜びだったのだ……。


「久しぶりではないか!」

「いえ、陛下。三ヶ月ぶりですわ」


 侯爵夫人の塩対応は相変わらずなので、国王は全くめげない。側近や護衛の前なのに、国王はいつもの無表情を崩して、会話を続ける。


「月に一度は顔を見せるよう、言っているではないか」

「そんなに来れませんわ」


「……来週、晩餐を共にしよう。家族も連れてきたら良い」

「考えておきますわ」


「頼んだぞ。侯爵には私から言っておこう」

「……やめていただけますか?」

「わかった。やめとくから、おじさんの願いを聞いてくれ」


 その光景を初めて見た護衛は愕然(がくぜん)とするが顔には出さない。


((((侯爵夫人、スゲェ))))


 そして国王は、主席宮廷画家であるミハエル・アントワープ子爵を、侯爵家に貸し出す許可を即座に出した。


 王家の仕事をしていくつも抱えていたミハエルだったけれど、国王の側近たちは決して反対しない。

 

 それは、普段、侯爵夫人が遠慮しすぎだから。そして、最愛の妹が夭折(ようせつ)したとき、国王は憔悴(しょうすい)憔悴しきった。忘れ形見である侯爵夫人を我が子以上に大事にしていることもわかっているからだ。


 こうして、ある週末の午後、ミハエル・アントワープ子爵は、侯爵邸に一人あいさつにきた。賢明な彼は、心の中では不審がっていたけれど、顔には出さない。


 ミハエルは、デュラス伯爵夫人の兄の次男だ。弱冠十二歳で、他国の有名な美術大学に飛び級で留学し、主席で卒業した二十二歳。二年前に帰国、王宮に迎えられた。爵位を継げない次男なのだけれど、美術発展への功績から、子爵に叙爵された有望株。婚約者はいないので、あらゆる層の貴族から『有望な婿候補』とみなされていた。エドガーより線は細いが、顔立ちや体付きは貴族的で美しい。


(……やはり悪くないわね。むしろ、シシーさんにはエドガーよりこっちの方が合ってるような気もする。どうしよう)


 ミハエルの優雅な挨拶を受けながら、侯爵夫人は思った。


(シシーとなら、芸術家と医者。情熱と理性のせめぎあい。よくわからないけど、萌える組み合わせよね、素敵だわ)


 ()侯爵夫人もまた、ミハエルの芸術家らしい繊細な美貌を見て思った。


(ヴァランシー・アントワープ子爵夫人。結婚したら、すごく素敵な名前になるわね)


 ダリアもまた、そんなことを思う。


(((さすが『婚活市場のダークホース』と呼ばれるだけのことはあるわね! これは、強敵。シシーが肉体派が好みならエドガーなんだけど。本当にミハエルがシシーを持っていったらどうしよう)))


 三人は、勝手に呼んでおきながら、それぞれ勝手に焦りを感じていた。


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