27. 反省会(5回目)と侯爵夫人の怒り
何も知らないエドガーが、騎士団長室で仕事に励んでいたとき。アレクシスが顔をのぞかせた。
怪我した騎士についての報告に来たのだ。業務なので、副官二人も同席している。話が終わると、エドガーは人払いをした。副官は何も言わずに退席した。
「……最近シシー嬢はどうだ?」
「それはこっちのセリフなんだが。この十日間、何度か伝言したのだが? あんなに協力したのに、何の報告もないというのは、どうなっているんだ?」
エドガーは、何とも微妙な表情になった。アレクシスは、『うれしいのか、つらいのか、どっちなのかはっきりしてほしい』と思う。
「う、うん。毎日顔が見ることができてうれしい」
「そうか。それで進展は?」
「……シシー嬢は何か言ってたか?」
「シシーにそれとなく聞いても、『閣下はお元気ですよ』しか言わないんだよ、あの天然ボケ娘は!」
「そんな言い方はないだろう」
エドガーは抗議するけれど、アレクシスは、心外だという顔で重ねて聞いた。
「何か進展したのか?」
「……特には。毎日顔を合わせて、少々コミュニケーションを……。あ、この前は、一緒に夕食会で隣の席になった」
エドガーが照れながら答えたので、アレクシスは大いに呆れる。
「何のために家におびき寄せたんだ? もう十日だぞ。家の女性陣は何て言っているんだ?」
「……ああ、色々プレッシャーかけられたり、けしかけられたりしている」
「そうだろうな……そろそろデートでも誘ったらどうだ? これ、うちの母からもらったんだけど。隣国から来る有名歌手のオペラ公演だって。四枚あるから、おばさまも一緒に行ってきたら?」
「デート!? 無茶言うな!……いや、今日から三日は実家に戻れないんだ。陛下の四ヶ国外遊の護衛のことで、宰相から見直し命令が入ったんだ! ……っていつだ、そのオペラは?」
アレクシスが取り出したチケットを二人でのぞきこむ。エドガーは都合をつけられそうだ。
「まあ、一緒に現れたら、本当に後戻りできなくなるけど」
社交界では、目撃情報とシシーが侯爵家に住んでいることで、エドガーとシシーは婚約発表間近と見なされている。よって、社交界では、二人とも『婚約者候補リスト』から除外されている。
「俺は全然かまわない」
「へえ、しょっちゅう顔を合わせても、想いは揺らがないんだな。さすが、オルレアン侯爵家の血筋は伊達じゃないな。だけど……あんまり長引かせると、おばさまがキレるぞ。何より、社交界で噂の的のシシーがかわいそうだ。まぁ本人は全く気づいてないけどな」
「……すまない」
「わかってるなら、いい。がんばれよ」
アレクシスは、さっさと職場に戻っていった。
(……そうか、外のこういうイベントに連れ出せばよかったんだな。そういえば母上も同じようなこと言っていたな……)
しかし。オペラのチケットを渡せないまま、エドガーは騎士団内の宿舎に泊まり込みに入ることになった。
ついさっき、『三連泊のため帰れない』という使いを母の侯爵夫人に出したばかりだったのに、再度、使いを出して、侯爵夫人、ダリア、シシー、そしてエドガーの四人でオペラに出かけられるよう頼んだのだが……。
◆◆◆
一方、その頃、侯爵夫人はためらっていた。義母である前侯爵夫人からミハエル・アントワープ子爵を招聘するよう、言われたのだけれど、気が進まなかったのだ。
あれこれ考えているところに、エドガーから使いが来た。
『多忙につき、急遽、本日より騎士団に三連泊』という。
(大事な時に何をしているのかしら……)
侯爵夫人は、自分の父や夫と同じ仕事人間のエドガーを不満に思っていた。聡明で優秀な彼女は、侯爵領を任せきりにされているので、仕事が大事で大変なのもわかっていても。侯爵が許されているのは、彼の愛情表現にぬかりがないからだ。
イライラはしながらも侯爵夫人は、シシーを呼ぶと、エドガーに差し入れを持って行ってほしいと頼んだ。
(本当に、感謝してほしいわよね……、シシーの顔見ればさぞかし仕事もはかどるでしょうよ)
シシーが、大量の差し入れを持って、先輩侍女のベルダたちと出かけたのと入れ違いで、エドガーから使いがまたやって来た。
(オペラに四人で出かけられるよう、シシーに話をし、準備を手配してほしいですって!? あの馬鹿息子は何か勘違いしていないか!?)
エドガーの気持ちは確かだし、幸せそうだから応援してきた。しかし、エドガーは、シシーを実家に連れてきた後は、ただデレデレしているだけ。そんな彼への苛立ち、不満や怒りが一気に爆発する。
(自分でやれ、自分で!!!)
(エドガーだと、シシーは幸せになれないのではないかしら? 彼女の亡きご両親に申し訳なくなってきたわ。全てエドガーが不甲斐ないせいよ!)
恥ずかしい気持ちや、断られたらどうしようという不安な気持ちを抱えながらも、自分で誘うことが大事なのだ。オペラの支度も衣装や宝石類もわからないながらも、パートナーを想って準備するのが、男というもの。
人任せにするのはだめだ、絶対に許せない。
侯爵夫人の母が亡き後、彼女の父親は、乳母たちに教育を丸投げにした。父親に会うのはごくまれ。そのことをずっと許せずにいる侯爵夫人の心の傷を、エドガーはわかっていなかった。
侯爵夫人は、怒りの返信を使いにもたせた。しかし、その手紙をエドガーが読むのは一日後、慌てて帰宅し、詫びを入れるのは三日後になってしまうのだ。




