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25. オルレアン侯爵夫妻

 料理とケーキの試食をし、()侯爵夫人のおしゃべりをみんなで楽しく聞いた。


 彼女のおしゃべりは、とてもおもしろいのだ。そう、()()()()()のおしゃべりである……。


 侯爵夫妻の寝室で、寝支度(ねじたく)を終えた侯爵は夫人に問いかけた。


「なあ、エドガーはいつもああいう感じなのか?」

「え、何のこと?」

「……あの、何と言うか、デレデレしすぎじゃないか? あんな顔見たことがないぞ」

「え、そうかしら?」


 侯爵夫人は、エドガーがシシーに『デレデレする顔』を見慣れていた。だから侯爵が言う意味がすぐにわからない。しかし、侯爵は、これまでエドガーとシシーが並ぶ姿を見たことがなかったので、衝撃的だったのだ。


「しかも……何で、シシー嬢とあまりしゃべらないんだ?」

「え、いつものことよ?」

「……エドガーは、何のためにシシー嬢を我が家に呼んだんだ?」

「仲良くなるために決まっているでしょう」

「…………」

「しゃべらないと意味がなくないか?」


 侯爵は冷静な意見を述べた。しかし……。


 侯爵は、若い頃から王宮で要職についていて、現在は、副宰相だ。次期宰相も内定している身だ。いつも非常に多忙で、家にあまりいない。子育てはもちろん、家政のこと、領地のことも全て夫人任せにしてきた。夫人が非常に有能だからこそなのだけれど。


 侯爵の物言いに、夫人は怒りと不満を爆発させた。


「私に何でも任せきりのくせに! そんなこと言うんだったら、あなたが二人の仲介(ちゅうかい)をしてあげたらいいじゃないですか!」


 突然、仁王立(におうだ)ちになって叫んだ夫人の剣幕(けんまく)に侯爵はおののく。叫びながら叱られたことはさすがにない。


「す、すまない」


 追いかけまわし、最後は(おが)み倒して結婚してもらった侯爵は、夫人にとても弱い。夫人の機嫌が悪くなったら、条件反射ですぐに謝罪する。


 今日ももちろん、すぐに駆け寄って、肩を抱き、何度も謝る。しかし、夫人の機嫌はなかなか良くならなかった。


「あなたという人は……私たちだって、あの手この手でシシー嬢を囲い込んでいるのよ。何も知らないくせによくそんなことが! わかってますとも、言われなくても」 


 侯爵夫人の表情は、もはや無だった。


「進展しなくても……()()、エドガーが! あの子の顔見たでしょう!? それにあんなに必死になって!」

「もちろんだ」


 おいおい泣き始めた夫人を、おろおろしながら侯爵が抱きしめる。

 侯爵は、夫人をなだめて何とかベッドに座らせると、片膝をついた。ひざまずきながら、手を取った侯爵に驚いた夫人は泣きやんだ。


「愛しい君」


 いつものように、侯爵は夫人をそう呼んだ。

 侯爵は、情にあつく、時に感情的にもなる夫人を心から愛していた。


 そして、温かい家庭を築いてくれたこと、立派に育て上げた子たちに今も心を砕いていることに感謝もしていた。侯爵の母である()侯爵夫人は、家庭的な人ではなかった。


「すまない。言葉が足りなかった。君は素晴らしい母親で、心から感謝しているよ」

「そんなこと、ないわ。エドガーもダリアも、いい年して、婚約者もいない」


 侯爵夫人はまたすすり泣く。


「二人とも素晴らしい子だ。自慢の息子と娘だ」

「……それは、その通りよ」

「そして、私はこの世で一番幸運だ」


 侯爵は、本気でそう思っていた。


「私は本当に驚いたんだ。()()エドガーが、シシー嬢のそばにいるだけで、見たことがないほど幸せそうな顔をしていた。親としてうれしい」

「そうよ、だから応援してるの」


「そばにいるだけであんなに幸せそうなら……別にしゃべらなくても、このままでもよいような気さえしてくるな」

「それは困るわ、あなた」


 泣き止んだ侯爵夫人は、真顔(まがお)で侯爵を見た。


「エドガーの心は決まっている。シシー嬢の方は、愛情はわからないけれど、尊敬とか感謝はありそうだ。私たちが結婚した時と同じじゃないか?」


 侯爵夫人は、昔のことを思い起こしながら、目を見ひらく。その通りだった。


 王妹だった母を早くに亡くし、孤独だった少女時代。隣国の評判の悪い王子に追いかけられて求婚されて、嫌なのに『国益のため』嫁ぐよう周囲から迫られて。叔父である現王が断ってくれたけれど、誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)にさらされた夫人は結婚を諦めていた。そんなときに現れたのが侯爵だった。


 侯爵は、若いころから、文官として将来を嘱望(しょくぼう)されていた。エドガーほどではないけれど、背が高くて、かっこよかったし……そんな侯爵に求婚されたとき、夫人は尊敬と感謝は感じて……。


「はじめはあなたが私の周りをうろつくのも不審(ふしん)に思っていたの。思い出したわ」

「結局、(ごう)を煮やした陛下が話をまとめてくれたんだったな……」


 侯爵は遠い目になる。彼にとっては恥ずかしい思い出だけど、夫人にとっては大切な思い出だった。今では心から愛する侯爵が、不器用ながらも必死になっていたので。


「あの子たちもあんな感じで落ち着いてくれるわよね……」

「最後の最後は、私が話をまとめに入ってもいい。陛下ほどうまくはやれないだろうが、手段は選ばないよ……」


 そんなふうにして今後の方向性は見えたものの、具体策はあいまいなまま、話は落ち着いたのだった。


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