最期の晩餐?
世界樹に集まった精霊たちのお蔭で、夜の暗さをものともせず俺たちはエルフの集落の中を歩き、間借りしている赤レンガのおしゃれな家へと辿り着く。
「おにーちゃん!」
「おっと」
扉を開けようとするより先に中から小さな影が飛び出して来て、俺は手を伸ばして抱き止める。
「うわあああああぁぁん、おにーちゃん、おにーちゃあああああぁぁん!」
「よしよし」
泣きじゃくるミーファの背中を擦りながら、俺は彼女の頭の上の三角形の耳に囁く。
「ミーファ、ただいま」
「うん……うん…………」
ミーファは俺の胸に顔を埋めて、グリグリと押し付けながら小さく頷く。
激しく左右に頭を振るので、その度にふさふさの耳が顎に当たってくすぐったいのだが、ミーファの髪から漂ってくるミルクのような甘い匂いを嗅ぐと、無事に帰って来られたんだと実感できて感慨深い気持ちになり、彼女を抱く手に思わず力が入ってしまう。
「…………」
たった半日会わなかっただけなのに、こんなにも会いたい気持ちが溢れ出すとは思わなかった。
ソラからある程度話を聞いていたが、ミーファにとってはきっと俺とは比べ物にならないくらい長く、辛い時間だったに違いない。
俺はミーファを安心させるように優しく、ゆっくり背中を撫でる。
「今日はもうどこにも行かないから、ずっと一緒にいような」
「うん!」
コクリと頷いたミーファは尻尾を器用に腕に巻き付けてくるので、俺は苦笑しながら泰三に家に入ろうと顎で示して中へと入って行った。
家に入ると、リビングの中央でぐったりと項垂れているうどんとショコラちゃん、そして寄り添うようにして眠るバド君、モス君、ルルちゃんの三人の子供がいた。
「あっ、コーイチさん」
俺が姿を見せると、ショコラちゃんがゆっくりと顔を上げて力なく笑う。
「お疲れ様です。ご無事でなによりです」
「あっ、うん……」
眠っている子供たちを見ながら、俺は気になったことをショコラちゃんに尋ねる。
「何があったの?」
「ハハハ、えっとですね……」
ショコラちゃんは乾いた笑い声を上げて、俺の腕の中にいるミーファを見る。
「ああ……」
それだけで俺は何となく何が起きたのかを理解する。
カナート王国からの爆発音を聞いて混乱するミーファを、きっと皆で慰めてくれたのだろう。
それでバド君たちは疲れて寝てしまい、うどんも疲れ果ててぐったりと横になっているのだろう。
「ん?」
状況がわかっていないのか、ミーファは可愛らしく小首を傾げる。
いやいや、これってミーファの所為なんだよ……何て言えるはずもないので、俺は素直にショコラちゃんに頭を下げる。
「ショコラちゃん、ミーファの面倒を見てくれてありがとう」
「いえいえ、私だけじゃなく皆も不安でしたから……夜になって少し静かになって助かりました」
「そう……」
言われてみれば、外はしんと静まり返っていて、とてもあの赤い竜巻が迫って来ているように思えない。
理由はわからないが、俺たちが森の中に入って結界を張り直したことが影響しているのかもしれない。
ラピス様も明日の朝までは安心していいと言っていたから、それまでは一先ず戦いのことは忘れてもいいだろう。
俺は大きく嘆息すると、もう一人……ではなくもう一羽の功労者のうどんに話しかける。
「うどんも、お疲れ様」
「ぷっ」
俺の声に耳をピクリと反応させて起き上がったうどんは「大丈夫」と言って俺の腕の中に飛び込んでくる。
「ぷぅ」
そのまま俺の肩に乗ったうどんは、鼻をヒクヒク動かしながら「お腹すいた」とご飯を要求してくる。
「うんうん、後でたっぷりオリーブを上げるからな」
「ぷぷぅ」
オリーブと聞いて、うどんは嬉しそうに俺に頬擦りしてくる。
「ハハハ、元気になってよかったよ」
うどんのフワフワの毛皮を堪能しながら、俺は首を巡らせてあることに気付く。
「そういえば、大人の人は誰かいないの?」
この家にはここにいる面子以外には、シドとソラ、ウォル爺さんとネイさんがいる。
シドたちはラピス様のところにいるが、ネイさんたちの姿が見えないのは気になる。
「もしかして、ショコラちゃんとうどんだけで皆の面倒を見ていたの?」
「はい、おじいちゃんは仕事があると言って何処かに行きました。後は、ネイさんはご飯を作りに行っています」
「ご飯を?」
「はい、妹さん……えっとレンリさんと一緒にとっておきのご飯を作るから大きな竈を借りると言ってお出かけしてます」
「なるほど……」
この家にも竈は付いているが、特別大きな竈というわけではないので、何処かの家に借りに行ったようだ。
「エルフの方も今日が最後のご飯になるかもしれないと言って、各々がご馳走を用意すると言って張り切ってました」
「そ、そうなんだ……」
一体どんなメニューが出てくるか気になるが、どうやらここに来るまでにエルフの姿を見なかったのは、晩餐の準備をするためのようだ。
「じゃあ、その時が来たらバド君たちも起こしてあげないとね」
「はい、ご馳走を食べられなかったとわかったら、バド君なんか大暴れしそうですからね」
「ハハハ、シドもめちゃくちゃ怒りそうだから、後で迎えに行ってあげないとな」
最期の晩餐にするつもりは毛頭ないが、それでもお祭りは皆で参加した方が楽しいだろう。
そんなことを思っていると、部屋の入口が開いて大きな影がのっそりと現れる。
「わん!」
「おおっ、ロキ」
ロキの姿を見た俺は、駆け寄って来た黒い巨大狼の顎を思いっきり撫で回す。
「お疲れ様。どうやら無事に皆を避難させられたみたいだな」
「わんわん」
ロキは「当然」と得意気に胸を張りながら、顎だけじゃなく頭も撫でろとグリグリと押し付けて来る。
「わかったわかった。後で思いっきり撫でてやるからな」
「わふぅ」
ロキは「約束だよ」と言うと、俺から身を離してそのまま外に出て行こうとする。
「ロキ?」
一体どうしたのかと思っていると、ロキは振り返って顎で外を示す。
「わんわん」
「ああ、そうか、わかった」
ロキの伝言を受け取った俺は、振り返って部屋の皆に話しかける。
「準備ができたから外に出ておいでってさ」




