嵐の前の静けさ
回復魔法を受けるのは二度目であったが、やはりあれを回復魔法と称するのは些か疑問である。
「あだだ……」
「酷い目に遭いましたね……」
同じように解放された泰三が、治療を受けたと思われる腰を擦りながら苦笑を漏らす。
「ですが、節々の痛みが……特にここ最近の悩みだった腰の痛みが全くなくなりました」
「泰三……お前、腰痛持ちだったのか?」
「そこまででもないです。ただ、砂漠での移動が長かったですからね」
「ああ、そうか……」
そう言えば泰三がレンリさんと一緒に現れた時、徒歩で現れたのを思い出す。
「もしかしてグランドからずっと徒歩で来たのか?」
「いやいや、そんな訳ないですよ。ただ、砂漠からはずっと徒歩でした」
「マジかよ……」
ルストからカナート王国までは間でエリモス王国という中継地点があるとはいえ、およそ一ヶ月、変わらない景色と傾斜のキツい丘を重い荷物を背負っていくつも超えて来たことを考えると、腰の一つや二つ痛めてもおかしくない。
「そういや泰三、お前レンリさんの分の荷物も持っていたんだよな」
後でわかったことだが、泰三たちが持って来た大量の荷物の殆どはレンリさんの荷物で、泰三の荷物は槍を手入れする道具以外は替えの制服が一枚と下着だけだった。
しかも大人な店で働いているレンリさんとずっと二人旅だったのにも拘らず、全く彼女に手を出していないというのだから驚きだ。
「泰三、この度が終わったらレンリさんにたくさん礼を貰った方がいいぞ」
「えっ? いやいや、レンリさんにはこれまで十分世話になっていますよ」
そう言って泰三は、旅の途中の食事の用意は全てレンリさんがやってくれたこと、夜は寝る前に彼女から全身をくまなくマッサージしてもらっていたことを話す。
「特にレンリさんの献身的なマッサージには感謝しています。僕の腰が無事だったのも、あれがあったお蔭です」
「そ、そうか……」
レンリさんの仕事のことを知っているだけに、マッサージと聞くと変な方向に考えてしまいがちだが、この場合のマッサージは当然ながらいやらしさは微塵もない……はずだ。
思わず口ごもる俺を見て、何かを察した泰三も苦笑を漏らす。
「浩一君の言いたいことはわかりますが、とにかくこれで万全の状態で戦いに臨むことができそうです」
「……そうだな」
ラピス様から、今晩は何が何でも敵の侵攻を防いでみせるから全力で休むように言われている。
本当ならエルフについて泰三と語り合いたいところだが、回復魔法で傷は治せても、体力は元に戻らない。
だから俺たちはラピス様たちを信じて朝まで全力で休むことだ。
…………なのだが、
「俺はあれを回復魔法と呼ぶのは、個人的には絶対に認めたくないな」
「全くです」
同じように魔法に対して色々と思うところがある泰三は、大きく何度も頷いていた。
シドとソラの様子を確認しておきたい気持ちもあったが、そちらは面倒を見てくれると申し出てくれたラヴァンダさんにお任せてするとして、俺は泰三を連れて世界樹の外へと出た。
外はすっかり陽が落ちて暗闇が支配する夜へとなっているが、体感としては時刻として夜の八時ぐらいだと思われた。
「おおっ!?」
外へ出たところで、天を仰ぎ見た泰三が感嘆の声を上げる。
「これが世界樹……凄い大きい、それに光ってる」
「あの光は精霊の光だそうだ。普段は見えないけど、世界樹の力の影響で俺たちに出も目視できるようになっているらしい」
「へぇ……」
「昔、迷いの森の聖域に迷い込んだ時も思ったけど、この世界って本当に綺麗だよな」
「ええ、本当に……」
世界の命運をかけるような状況で、こんなのんびりとした会話をしていること自体を不思議だと思いながら、俺はエルフの集落の外へと目を向ける。
カナート王国から天を貫くほどの高さの世界樹が見えなかったように、ここからでは混沌なる者の分体となった赤い竜巻は見えない。
いつ、赤い竜巻が視界に映るのかわからないが、果たして俺たちにあれを止めることができるのだろうか?
「…………よそう」
今は明日のことを考えるよりも、目の前のことを……明日に備えて体調を万全に整えることを優先させるべきだ。
俺はかぶりを振ると、いつまでもポカンと口を開けて世界樹を見上げている泰三の背中をポンと叩く。
「泰三、何時までも見ていたい気持ちはわかるけど世界樹は逃げないよ。あれは戦いが終わった後でたっぷり見学させてもらうとして、今はとにかく飯を食べて、ぐっすり寝よう」
「ええ、そうですね。エルフの食事か……」
飯と聞いて、泰三の関心がそちらに動いたのか顔を世界樹から木造の家々へと向ける。
その期待に満ちた表情を見て、俺は泰三にとっておきの情報を教えてやることにする。
「ちなみにだけど、エルフのことだから出てくる食事は野菜中心だと思っているだろう?」
「えっ、違うのですか?」
「ああ、違うんだよ」
泰三が出会ったエルフは、全員が眉目秀麗でお決まりの長い耳に、細身のスラっとした体格をしていたからそう思うのも無理はない。
「この世界のエルフたちは普通に肉を食うぞ。何なら味付けも濃い目のやつが好きだったりする」
昔はそれこそ皆が想像するような質素な生活を送っていたそうだが、何十、何百年と生きていれば好みが変わる回数も人とは比べ物にならないほど多いだろう。
「そ、そうなんですね。それは精が出そうです」
「ああ、明日に備えてたらふく食べて、ぐっすり眠ろう」
「そうですね。見張りを気にしなくていいのは久しぶりなので、じっくり体を休めたいです」
「全ては明日のために、だな」
俺は泰三に向かって頷くと、彼を間借りしている家へと案内するために歩きはじめた。




