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チートスキルで無双できない人に捧げる異世界生活~現実を捨ててやって来た異世界は、思ったより全然甘くはありませんでした~  作者: 柏木サトシ
第二部 第四章 暁に燃える森

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王でも何でもないから

「い、生きたまま食われるなんて、絶対にお断りだ!」


 両手が折れて使い物にならないので、口だけで執拗に喰らい付いてくるハバル大臣の口を、シドは必死に避けながら隙を見て反撃に転じる隙を伺う。


「おのれ、ちょこまかと!」


 シドを捉えきれないことに業を煮やしたハバル大臣が、これまでより深く踏み込んだところで、


「――っ、ここだ!」


 シドは華麗に身を捻ってハバル大臣の突進を回避して背後へと回ると、足を大きく振り上げる。


「おらぁ!」


 遠心力を活かした渾身の蹴りをハバル大臣の首へと叩き込むと、ボキッという嫌な音と共に首があり得ない方向へと曲がる。


「どうだっ!」


 地面へと激しく叩きつけられるハバル大臣を見て、シドは大きくガッツポーズをする。

 普通の人間なら致命傷の一撃に、勝利を確信するのも無理はない。


 だが、それは相手が普通の人間であったならだ。


「…………もう、勝ったつもりか?」


 地面に伏したハバル大臣の首が百八十度回転したかと思うと、ギョロリと目を動かしてシドを睨んだかと思うと、首を伸ばして襲いかかる。


「……えっ?」


 ハバル大臣の首が伸びることなど全く想定しなかったシドは、僅かに反応が遅れる。


「しまっ!?」


 気付いた時には既に回避不可能な距離までハバル大臣の口が迫っていることに気付いたシドは、せめて致命傷は避けようと両手を眼前でクロスして防御姿勢を取る。



 すると、


「馬鹿姫! 何をしている!」


 回避を諦めるシドの前に、罵声と共に大きな影、マリルが割って入って立ちはだかる。

 次の瞬間、ハバル大臣の顎がマリルの腕へとがっちり嚙み付く。


「うぐぅ……」


 噛み付かれた手から血を噴き出す痛みに顔をしかめながら、マリルはハバル大臣の頭をもう片方の手で抱えてシドに向かって叫ぶ。


「馬鹿姫! 私が押さえている間に止めを!」

「わ、わかった!」


 罵声に反論するほど余裕がないほど切羽詰まった状況に、シドは慌てて近くに落ちているマリルの剣を拾うと、渾身の力でハバル大臣の伸びた首を落としにかかる。


「こいつ、マリルから離れろ!」


 叫びながら剣を振り下ろすが、ハバル大臣の首の表面を僅かに傷つける程度で、首の骨を両断するまでには至らない。


「んなっ!? こいつの骨、どんだけ固いんだよ!」

「首がダメなら心臓を潰せ! ゾンビ化してるなら、そっちの方が確実だ!」

「わ、わかった!」


 首を落とすのは無理だと判断したシドは、狙いを心臓へと切り替えるが、


「って、心臓は何処にあるんだ?」


 本来の位置である胸にはペンターが寄生していた痕の穴が開いており、そこから不気味に蠢く体の内部が見えるが、心臓らしきものは見えない。


「は、早くしないと……」


 既に多くの血を失っているマリルのためにも、早くハバル大臣を倒さなければならないと焦るシドであったが、何処を狙えばいいかわからない。


「クソッ、何処だ。何処に奴の心臓が……」

「シド姫……早く……」

「わかってる!」


 シドはヒステリックに叫ぶと、こうなったらやぶれかぶれに攻撃しようかと思って剣を振り上げる。


「シド、任せて!」

「――っ!?」


 その時、聞きたかった声が聞こえてシドは弾けたように顔を上げて声のした方へと目を向ける。

 すると、崩れ落ちた壁の影から、最も会いたかった人物が姿を現す。


「あ、ああ……」


 目から涙が溢れ、思わず駆け寄って抱き付きたくなる衝動を必死に抑え、シドは頼りになる相棒に助けを求める。


「コーイチ、ハバルの野郎に止めを刺してくれ!」

「わかってる!」


 シドの言葉に、影の中から浩一はナイフを構えながら前へと進み出る。



 ※


 アラウンドサーチを使って影の中を移動してきたが、どうやら急いで来て正解だったようだ。


 泣き叫ぶようなシドの声に瞬時に状況を理解した俺は、ナイフを構えてマリルさんに喰らいついているハバル大臣の背中を凝視する。

 ハバル大臣の背中部分には既に穴が開いており、黒いシミが浮かび上がる様子はないからあそこは既に狙うべき場所ではないようだ。


 ならばと、視線を素早く滑らせて右足首の後ろ、アキレス腱に黒いシミが浮かび上がるのが見える。


 思わず某ギリシャ神話の英雄の話を思い出したが、一刻の猶予も許されない状況なので俺は躊躇なく黒いシミへとナイフを突き立てる。


「――っ、あがっ!?」


 俺が黒いシミへとナイフを突き立てると同時に、ハバル大臣が悲鳴を上げてマリルさんの腕から口を離す。


 相当深く噛み付いていたのか、マリルさんの腕からボタボタと血が流れるのを見て、俺はシドに向かって叫ぶ。


「シド、マリルさんを!」

「わかってる。おい、こっちだ!」


 打てば響くようにシドがマリルさんを連れ出してくれるので、俺は再びハバル大臣へと視線を移す。


「じ、自由騎士いいぃぃ!」


 ようやく俺の存在に気付いたのか、口の端から血を垂らしながらハバル大臣が憤怒の表情で睨んでくる。


「何処までも……何処までも私の邪魔をするか!」


 血の泡を飛ばしながら、ハバル大臣はだらりと伸びた首を伸ばして俺に噛み付こうとしてくる。


 だが、


「させません!」


 それより早く泰三が割り込んで来て、長槍でハバル大臣の首を地面へと縫い付ける。


「が、があぁぁ……おのれ、おのれええええええええええぇぇぇ!」


 何があったのかわからないが、手足の骨が折れ、首が異様に伸びているハバル大臣は、俺と泰三の顔を睨みながら叫び続ける。


「下賤な痴れ者が、王に対して何たる無礼! 許さん……絶対に許さんぞ!」

「そうか……」


 ハバル大臣の本気の怒りをぶつけられても、俺の心は凪の海のように静かで、さざ波一つ起きることはない。


 今、何よりも優先すべきことは、この男を確実に止めを刺すことだからだ。


「悪いけど、俺にとってあんたは王でも何でもない」


 俺は淡々と想いを口にしながらナイフを振り上げる。


「お前は俺の大事な友を殺し、大切な人を奪おうとした最低のクズ野郎だ」

「や、やめっ!?」


 何かを口にしようとするハバル大臣の首筋……骨と骨の間の隙間に俺は容赦なくナイフを突き立てる。


 うどんの師事を受けて手入れしたナイフは軽々とハバル大臣の首に埋まり、骨を断ち切る要領でナイフを振り下ろすと、ゴキリと骨が折れる音がして程なく奴の目から光彩が失われていった。

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