裏の戦いの果てに
カナート王城の応接間で浩一が虫たちと睨み合いをしている時、逃げ続けるシドたちは徐々に追い詰められていた。
「ほれほれ、早く逃げないと死んでしまうぞ?」
泰三のディメンションスラストで削られた触手もすっかり回復し、ペンターは六本の触手を適当に振り回していく。
特に狙いを定めたわけではなく、適当に触手を振るっているだけなのだが、横薙ぎに振るわれた触手は途中にある家々を軽々となぎ倒し、無数の瓦礫と共に獣人の戦士たちへと襲いかかる。
「う、うわあああああああああああぁぁ!」
自分の背丈の倍以上のサイズとなって押し寄せてくる瓦礫の波を前に、避けそこなった獣人の戦士が一人、また一人と消えて行く。
「クッ、皆さん諦めないで! もうすぐ、もうすぐ潮目が変わるはずですから、今はとにかく生き延びることを最優先に!」
獣人の戦士たちと並んで泰三も必死に立ち回ってはいるが、彼もまた逃げるの手一杯で、他者を助けに入る余裕はなかった。
「ホッホッ、虫けらを潰すのは楽しいのう」
まともな反撃が来ないことを理解しているペンターは、長い首を巡らせて獲物を見つけては、なぶり殺しにするように触手を振り下ろしていく。
「クッ、ほらマリル! しっかり歩け!」
シドたちを逃がすために囮となってくれた獣人の戦士が消えて行くのを見ながら、シドは虚ろな表情になっているマリルに檄を飛ばす。
「部下たちの命を無駄にするつもりか!? 今こそ根性を見せてみろ!」
「わかってる……わかってるんだ」
血の気のない蒼白の顔のマリルは、唇をわなわな震わせながら小さな声で呟く。
「だが、血が足りなくて力が全く入らないんだ……もう、私のことは諦めて捨ててくれ」
「…………バカ」
ボロボロと目から涙を流すマリルを、シドは悪態をつきながらも落ちないようにしっかり抱え直す。
「お前はあたしが絶対に死なせない。死んでいった連中の分までしっかり生きて、しっかり幸せにならないと許さないからな」
「……生きるのはともかく、幸せになるのは難しいな」
「単純な話だ」
これまで幸せについて考えることが殆どなかったシドであったが、ここ最近の出来事で幸せを実感するようになった彼女は照れたようにはにかむ。
「誰かを好きになって、両想いになれればそれだけで幸せになれるぞ」
「……単純だな」
「単純なんだよ。あたしも……お前もな」
言っていて恥ずかしくなったのか、シドは赤くなっている顔を隠すように目を背ける。
すると、
「おや、何処へ行こうというのかね?」
「「――っ!?」
上から絶望的な声が降り注ぎ、シドたちはビクリと身体を震わせる。
「…………」
足を止めたシドは、おそるおそる背後を振り返ると、
「ホッホッ、将たる者が真っ先に逃げるのは感心しないのう」
極上の獲物を見つけたと、ニンマリと満面の笑みを浮かべたペンターと目が合う。
「逃げる悪い子には、お仕置きをせねばならぬのぅ」
「シド姫、もういい……」
ペンターに目を付けられたことで逃亡は不可能だと判断したマリルは、ピタリと足を止めて自分を支えてくれているシドの手から離れる。
「今すぐ私を見捨てろ。そうすれば、シド姫だけは助かる」
「何言ってんだ!」
「もういい、シド姫も十分に理解しているだろう」
マリルはその場に膝を付くと、もう動かない左腕へと目を落とす。
「血を失い過ぎた……ここを逃げ切っても、私はもう……長くない。だからお願いだ。私の分まで生きて……どうか幸せになってくれ」
「マリル………………わかった」
マリルの表情から彼女を説得するのは無理だと判断したシドは、小さく頷くと彼女を追いこして背中へと回る。
「お前が諦めるとしても、あたしは絶対に諦めないからな!」
「ば、馬鹿、何してんだ!?」
迎撃態勢を取るシドを見て、思惑が外れたマリルが慌てたように振り返る。
「私を見捨てろという話なのに、そこでどうして立ち向かう話になってんだ!」
「単純な話だ。お前がいくら諦めても、あたしは最期まで諦めないからだよ」
そう言ってシドは、無数の触手を相手に立ち回っている泰三を見やる。
浩一と同じ世界からやって来て、戦士ですらなかった泰三が、たった二年で歴戦の猛者たちと同格以上に立ち回れるようになったのは、想い人への下心だとしても驚嘆に値する行為だとシドは思っていた。
諦めなければ想いは叶う。口にするのは簡単だが、それを実際に成し遂げてみせる浩一や泰三の不屈の精神を、シドもまた体現したいと思っていた。
マリルを置いて前へと進み出たシドは、高い位置から下卑た笑みを浮かべているペンターに向かって叫ぶ。
「ペンター! あたしは逃げも隠れもしない。お前のくだらない野望も、全てあたしが打ち砕いてやるよ!」
「ホッホッ、そうかい。なら試してみるとするかのう」
ペンターは獣人の戦士たちを追い払うために使っていた触手を三本動かして、ゆっくりと天高く掲げる。
「せっかくじゃから、全力で叩き潰させてもらおうかのう」
「上等! かかってきやがれ!」
シドは足を大きく広げて腰を落とすと、犬歯を剥き出しにして獰猛に笑う。
後は当たって砕けろの精神で、全力で抗うだけ。
そう思われたが、
「…………がっ、あがっ…………」
触手を振り下ろそうとしたペンターの表情が歪んだと思うと、全ての触手の動きがピタリと止まる。
「ば、馬鹿な……ど…………して」
ゆらゆらと触手を揺らしながら、ペンターはカナート王城へと目を向ける。
「に、二度だけでなく三度も……儂の邪魔を………………お前が……お前があああああああああああぁぁぁ…………」
城を見ながら恨めし気に叫んでいたペンターの顔の触手も、力を失ったように地に伏す。
「わ、儂がこんな……嫌だ…………まだ…………な…………」
ペンターの声が消えると同時に、銀色の触手たちが溶けて液体へと変化していく。
「……えっ?」
思いがけない決着に、シドは溶けていく銀色の触手を見ながら何が起きたのかを考える。
「ま、まさかコーイチが!?」
ペンターの最期の言葉で、浩一が奴を倒したことを察したシドは、と顔を上げてカナート王城へと目を向ける。
ここからでは何が起きたのかまでは見えないが、カナート王城の一室が何やら光っているのが見えた。
「やっぱり頼りになるのはあたしの……」
シドが喜びを爆発させようとした瞬間、光っていた部屋が大爆発を起こして城全体が炎に包まれた。




