臭いを追って
ソラから十分に魔力を受け取って元気になった俺は、彼女が無事にエルフの集落へ戻るのを見送ってから動き出す。
「さて……」
体の調子を確かめるように二度、三度と手を開いたり閉じたりをして、体が先程までの鉛を背負っているような感覚がなくなり、驚くほど体が軽くなっているのを確認して頷く。
「体調も元に戻ったことだし、急いで皆このところに行かないとな」
城からでは戦いがどうなっているかはわからないので、可能な限り参戦するためには、頼りになる相棒の力を借りるのが一番だろう。
そう思った俺は、背後で控えているロキへと話しかけようとするが、
「…………ロキ?」
どういうわけか、巨大狼は何かを探すように城の天井をジッと見つめている。
一刻も早くシドたちを助けに行きたいという気持ちもあったが、ロキの行動が気になった俺は、隣並んで一緒に上を見上げながら話しかける。
「ロキ、何か気になるものでもあるのか?」
「…………わんわん」
俺の質問に、ロキは「嫌な臭いがする」と言って、臭いの元を探すように鼻をスンスン鳴らす。
「嫌な臭い……か」
試しに俺も鼻を鳴らして周囲のにおいを嗅いでみるが、当然ながら怪しい臭いはしない。
「ちょっと索敵してみるよ」
ならばと、俺はアラウンドサーチを発動させて周囲の状況を確認する。
脳内に索敵の波が広がって周囲の状況が見えてくるが、見えてくる赤い光点はおそらく城の中に勤めている人や、怪我をして運ばれてきた人ばかりで、特筆すべき怪しいものは見つからない。
ならば考えられる可能性は二つしかない。
一つは見えている赤い光点のどれかが怪しい臭いの発生源であること。
そしてもう一つは、
「上の階層か……」
アラウンドサーチで索敵できない上の階層に、ロキが言う怪しい臭いの発生源があるかもしれないということだ。
…………どうするべきだろうか。
ここで城の中を探索するということは、それだけシドたちの救援に行くのが遅れるわけだし、もしかしたらロキの勘違いという可能性も捨てきれない。
こうしている間にもシドたちが命の危機に瀕しているということを考えると、時間の猶予はあまりないだろう。
「……く~ん」
俺が深く考え込んでいると、ロキが「余計なことを言ってごめんね」という謝罪と共に、早く行こうと背中を押してくる。
「そう……だね」
確かに猶予はないのだから、すぐに行動に移すべきだろう。
俺は後ろを振り向いて申し訳なさそうに頭を下げているロキの頭を撫でると、これからの行動について話す。
「ロキ、城の中を探そう」
「わふっ!?」
ロキからの「何で!?」という驚きの声に、俺は城を探す結論に至った理由を話す。
「ロキの鼻は、俺たちとは比べ物にならないほど優秀だからね。そのロキが嫌な臭いがすると言ったからには、何があっても確かめるべきだと思うんだ」
「わふぅ……」
「大丈夫だよ」
ロキの「でも」という不安そうな声に、俺は安心させるように笑いながら秘策を伝える。
「隅から隅まで探すわけじゃない。城の中に残っている人の情報を聞いた後、階層を上がる度にアラウンドサーチで索敵するんだ。それで怪しい者を見つけ出す……簡単だろ?」
「わんわん」
「だろ?」
ロキからの「いい考え」という声に得意気に頷いてみせた俺は、ひとまずこの階層で仕事をしている人たちに、城の中に何人ぐらいが残っているかを聞いて回ることにした。
聞き込みの結果、城の中には思った以上に残っている人は少ないことがわかった。
城の中にいるのは、今日からの戦いで傷付いて退却してきた兵士と、怪我人たちを面倒を見る衛生兵、そして食事などの雑務を担ってくれる僅かな人が残っているだけで、特に二階より上は、よほどのことがない限り立ち入らないと教えてくれた。
それはつまり、二階より上でアラウンドサーチに反応があった時点で、怪しい奴確定と考えていいわけだ。
「ロキ、行くよ」
「わん」
不意打ちに備えて警戒しながら、俺はロキと肩を並べて階段を登る。
階層が上がる度にアラウンドサーチを使い、反応がなかったら上へと登る。
そうして索敵を繰り返しながら登っていき、
「……見つけた」
四階まで登ったところで、アラウンドサーチに反応が現れて俺はロキの方を見る。
「こんな上の階の臭いまでわかるなんて、ロキ、凄いお手柄だぞ」
「わふぅ」
ロキの嬉しそうな声を耳にしながら、俺は赤い光点が浮かんだ場所を思い浮かべる。
「あそこは確か……応接間があった場所か」
初めてカナート王城を訪れた時にフリージア様に案内され、クラーラ様との悲しい別れがあったことを思い出しながら、俺は赤い絨毯の廊下を駆ける。
「ロキ、一先ず部屋の前まで行ったら、中の様子を確認しよう。下手に飛び込んで、罠に嵌ったら元も子もないからな」
「わん!」
フリージア様の時のことも考慮して落ち着いて行動することを確認した俺たちは、応接間の扉の前の左右へと取り付く。
もう一度アラウンドサーチを発動して赤い光点が動いていないのを確認した俺は、調停者の瞳を使って扉に罠が仕掛けられていないかを確認する。
「よし、大丈夫」
扉に何も問題がないのを確認した俺は、ロキに手振りで中に入る旨を伝えながらそっと扉を開ける。
すると、
「うっ!?」
途端に部屋の中から肉が腐ったような鼻をつく異臭がして、俺は鼻を押さえながら室内を覗き込む。
「…………あれは?」
部屋の奥へと目を向けると、大きな窓の前に外を見るように椅子が置かれ、誰かが腰かけているのが見えた。




