召喚?転移?
「…………んがっ!?」
勢いよく目を覚ますと、知らない天井が目に移る。
「あれ?」
確かシドに連れられて知らない人の家に上がり込んだけど、あの家は木の天井だったはず。
だが、今俺の目に映るのは歴史を感じさせるようなシミのある石の天井だ。
まさか寝ている間に誰かに拉致され、何処かに監禁されてしまったとか?
それとも今まで壮大な夢を見ていて、本当は全然違う場所でただ寝ていたとか?
そんな益体もないことを考えていると、
「あっ、起きられましたか?」
頭上から聞きなれた声が聞こえ、そちらへと目を向けた俺は、そこにいた人物を見て思わず首を傾げる。
「……ソラ?」
「はい、待っててください。今、お飲み物を用意しますから」
キョトンとする俺に、ソラはベッドの脇に設えられたサイドチェストから水差しを手に取る。
「わふっ」
どうしてソラがここに? と頭に疑問を振を浮かべていると、ベッドの下から「起きた?」という声と共にロキの顔がにゅっ、と現れる。
「ロキ、ここは何処? もしかしてエルフの集落とか?」
「わん、わふわふぅ」
俺の疑問に、ロキは「違うよ」と言って、ここがカナート王城であることを教えてくれる。
「そうか、ロキが運んでくれたんだな。ありがとう」
「わふっ」
感謝を籠めてロキの頭を撫でると、彼女は嬉しそうに「もっと撫でて」とベッドの上に座る俺の膝の上に頭を乗せてくるので、リクエストに応えてやることにする。
「はい、コーイチさん……って、そのまま飲むのは無理そうですね」
俺がロキを全力で甘やかしていることに気付いたソラは、水差しを俺の口元へと運んでくる。
「両手が塞がっていますから、このままどうぞ」
「あ、ありがとう」
そこまでしてもらわなくても……と一瞬だけ思ったが、別にこの行為に深い意味はなく、ソラの純粋な善意だと察した俺は、顔を突き出して水を飲ましてもらう。
「んぐ……んぐ……んぐんぐ…………あ、ありがとう。もういいよ」
水を飲ませてもらったことで意識が完全に覚醒した俺は、ロキの頭を撫でながらソラに尋ねる。
「ところでソラ、どうしてここにいるんだ? 確か、みんなと一緒にエルフの森に避難したはずだろう?」
「はい、そうなんですけど……」
ソラはベッドの脇の椅子にちょこんと座ると、指先をもじもじさせながら上目遣いでこちらを見る。
「その……エルフの森に付いた時にコーイチさんの声が聞こえて……」
「俺の?」
「はい、とても悲しそうな……それでいて激しい怒りの声……そして今にも消え入りそうな辛そうな声です。最後の辛そうな声が聞こえて居ても立っても居られなくなって……」
「フィーロ様に頼んで連れて来てもらった?」
「いえ、私の意志でここに来ました」
「……えっ?」
まさかの返答に、俺は思わず間抜けな声を上げる。
「ソ、ソラ、いつの間にフィーロ様と同じ力を?」
「いえ、これは私の召喚魔法の力だそうです。コーイチさんの傍にいたいと強く願って、コーイチさんの存在を頼って来たんです」
「ええっ!? そ、それって召喚魔法なの?」
願った人物の下へ移動するとなると、召喚魔法というより転移魔法である。
思わず疑問符を浮かべる俺の顔を見て、ソラも困ったように眦を下げて笑う。
「それに、実はこれが今回が初めてというわけじゃないんです」
「そうなの?」
「はい、前はコーイチさんがエルフの集落を訪れて回復魔法で治療した時です。うなされるコーイチさんの声が聞こえてそれで……」
「あっ、ああっ!?」
そう言われて俺は、足の治療のためにラヴァンダさんから回復魔法を受けた夜のことを思い出す。
あの時、ソラは世界樹の中でラピス様による魔法の修行を受けていたはずで、集落の中にはいなかったはずだった。
「あれはてっきり夢だと思ったけど、夢じゃなかったんだな」
「はい、コーイチさんが眠るまで見守った後、気付いたら世界樹の中に戻っていました」
ソラによると、その出来事があってから、彼女の中に眠る召喚魔法という力を感じ取れるようになったという。
「ということは今回も?」
「そういうことです。戻る時も自力で戻れますから、今は私にできることをさせて下さい……ロキ、どいて」
ソラはそう言うと、膝の上にいたロキを退けて俺の前に座ると、手を伸ばして顔を近付けてくる。
「ソ、ソラ、何を?」
「お静かに……私と額を合わせて下さい」
「う、うん……」
凛としたソラの声にふざけている場合ではないと思った俺は、彼女に従って額を差し出して合わせる。
スベスベでひんやりとした額の感触と、ソラの整った顔が眼前にあることに自分の顔が赤くなるのを自覚するが、目を閉じている彼女は真剣そのものだ。
一体何を……と問いかけようとすると、ソラと接触している額から熱が流れ込んで来て、全身がぽかぽかと温かくなり、凝り固まった節々が次々と解れていく。
「これは……」
また眠ってしまいそうなほど心地よい感覚だが、このまま身を任せていいか気になった俺は、目を閉じて集中している様子のソラに話しかける。
「ソラ、これは何を?」
「コーイチさんの魔力が枯渇しているようなので、私の魔力を流して補充しているんです」
「えっ、魔力……俺に?」
思わず目を見張る俺に、シドはゆっくり目を開けて静かに頷く。
「はい、正確には魔力とはちょっと違うのですが、コーイチさんは自由騎士の力を使い過ぎたようなので、その力の補充を行っています」
「力を……でも、大丈夫なの?」
力を他人に譲渡するということは、それだけソラが消耗してしまうということではないだろうか?」
そう思ったが、
「安心して下さい。私の方が圧倒的に魔力量が多いので、これくらいならへっちゃらです」
「そう、わかった」
ソラの声を聞く限り、本当に余裕そうなので俺はおとなしく従っておく。
どうやら怒りに任せて自由騎士の力を……ヴォルフシーカーを使い過ぎた所為で、危うく死にかけていたようだ。
シドに指摘されても全く自覚はなかったのだが、こうしてソラから力を注いでもらって、自分がいかに危険な状況に追い込まれていたのかを思い知る。
だけど、
「また、戦うんですよね?」
俺の気持ちを察したように、ソラが静かに話す。
「どれだけ危険とわかっていても、死ぬかもしれないと思っても、コーイチさんは逃げずに立ち向かうんですよね」
「それは……うん、そうだね」
俺は微笑を浮かべているソラの目を見て笑ってみせる。
「物凄く怖いし、死にたくなんかないけど、それが俺のやるべきことだから。皆の……シドとソラ、そしてミーファと笑って暮らすために頑張りたいんだ」
「わかりました。それでこそコーイチさんだと思います」
頷いたソラは俺の右手を取ると、祈るように包み込む。
「では、私も最大限にコーイチさんを応援します。これからの戦いは、大きな因縁との決着になるらしいですから」
「そうなの?」
「はい、ラピス様がそう仰っていましたから」
「そうか。ラピス様が……」
大きな因縁との決着……それが意味するところは、きっと捏血のペンターと雌雄を決するということだろう。
あの爺さんがそう簡単にくたばるとは思えないが、奴も決死の覚悟で来ているのは間違いない。
ならこちらも、万全を期しておくに越したことはない。
俺はソラの手の上に左手を乗せると、彼女の目を見て真摯にお願いする。
「それじゃあソラ、俺に力を分けてもらっていいかい?」
「はい、喜んで」
ソラは眩しい笑顔を浮かべると、俺が元気になるまで目一杯魔力を注いでくれた。




