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チートスキルで無双できない人に捧げる異世界生活~現実を捨ててやって来た異世界は、思ったより全然甘くはありませんでした~  作者: 柏木サトシ
第二部 第四章 暁に燃える森

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絶対強者の余裕

 自らが住む街に火を点けたマリルたちの覚悟を、嘲笑うかのように紅蓮の炎を吹き飛ばしたのは、炎と見紛う深紅のたてがみを風になびかせて立つ偉丈夫、ハバル大臣だった。


 レオン王子を喰らったことで一回り大きくなり、たてがみも金色か深紅へと変化したハバル大臣は、自分を包囲するように布陣を敷くシドたちには目もくれず、すっかり変わり果てた街を見渡していた。


「ヘッ、てっきり問答無用で攻めてくると思ったが……中々どうして焦らすじゃないか」


 感傷に浸るように街を眺めるハバル大臣を見て、シドは乾いていた唇をペロリと舐める。


「まさかここに来て、自分の故郷が懐かしくなったとかないよな」

「……そんなわけないだろう」


 シドの呟きに、ハバル大臣は頭の上の丸い耳を動かして彼女へと目を向ける。


「あの程度の魔物の群れを退けるのに、街一つ焼かねばならないお前たちの脆弱さを嘆いていたのだ」

「あたしたちが弱いと言いたいのか?」

「……フッ、わざわざ言って欲しいのか?」

「――っ、野郎!?」

「シド姫、落ち着け!」


 嘲笑するハバル大臣を見て怒りを露わにするシドを、マリルが肩を掴んで止める。


「一人で突出して勝てるなら文句は言わんが、わかりやすい挑発に一々乗るな」

「……わぁってるよ」


 声をかけられて少し落ち着いたシドは、肩にかけられたマリルの手を乱暴に振り払って息を吐く。


「しかしこいつは……思ったよりヤバいな」

「シド姫もそう思うか?」

「ああ、ただ立っているだけなのに威圧感がな……それこそ、安い挑発に思わず乗ってしまうほど平静でなかったようだ」

「なら、もう安心だな」

「……問題は何も解決して無いけどな」

「ああ、大問題だ」


 軽口を叩き合って互いが平静でいることを確認したシドは、腕組みをしたままのハバル大臣を睨みながらマリルに問いかける。


「マリル、あいつは何を考えているんだ? どうして立っているだけで何もしない?」

「……おそらくだが」


 展開する仲間たちの様子を確認しながら、マリルは自身の考えを話す。


「ハバル大臣は、常日頃から真の王というものは何かを模索していた。だから、それを我々に証明するために自分からは動かないと思われる」

「ほう、わかっているじゃないか!」


 マリルの小声の声に、ハバル大臣が目敏く反応する。


「私がここに来たのは、お前たちに降伏勧告するためだ」

「ああん、何を言って……」

「シド姫、待て。奴に話をさせろ」


 マリルはまだ部隊の展開が済んでいないことを手振りで示しながら、シドに向かって小声で話す。


「どちらにしても、ハバル大臣の真意を聞いておくことは今後のためにも悪くない」


 ハバル大臣の真の目的がわかれば、それを逆手にとった作戦を練ることができるからだ。


「……わかったよ」


 マリルが言いたいことを理解したシドは、矛を収めて一先ず話を聞く態勢を取る。



「やれやれ、よく鳴く犬がいたようだが……」


 ハバル大臣の嘲笑するような声でシドの耳がピクリと反応するが、同じ過ちは二度は冒さないと下唇を噛み締めて耐える。


「……フッ」


 悔しそうなシドをちらと見て薄く笑ったハバル大臣は、ここに来た目的を話す。


「レオン王子を喰らって真の王へと一歩近付いたが、まだ足りぬようでな」


 両手を広げ、ここにいる全員に聞こえるようにハバル大臣は大声で演説する。


「お前たちに今から一時間やろう。それまでに私の前にフリージアを連れて来たら、カナート王国の民は全員生かして新世界へ連れて行くことを約束しようではないか」


 一方的に自分が言いたいことを宣言したハバル大臣は、腕を組んで静かに目を閉じる。

 その間にも獣人の兵士たちが取り囲むように展開していくが、目を閉じたままのハバル大臣は微動だにしなかった。




 動かなくなったハバル大臣を見ながら、シドが呆れたように話す。


「おいおい、まさかあのまま一時間待つつもりか?」

「そのようだな」


 周囲の状況を確認しながら、マリルが小さく息を吐く。


「だが、これで少し時間を稼ぐことはできた」

「おい! まさか奴の言うことを聞くつもりか?」

「そんなはずないだろう。だが、連戦続きて我々も、タイゾー殿も十全とは言えない」

「す、すみません……」


 いきなり水を向けられた泰三は、申し訳なさそうにペコペコと頭を下げる。


 休めと言われたのに休んでいなかった以上、反論できるはずもなかった。


「ですが、僕もマリルさんの意見に賛成です」

「これを機に、少しでも休んでおこうという腹か?」

「そうです。くれるというのなら最大限それを活かしましょう。正直それでも……まともな勝負になるかわかりません」


 ハバル大臣と改めて対峙してみてその強さを肌で感じた泰三は、声を拾われないように可能な限り小声でマリルに作戦を提案する。


「かといって、このまま誰も動かなくなったら途中で飽きて戦闘になるかもしれません」

「囮が必要だと?」

「そうです。誰でもいいですから、あの人が欲しているフリージア様に話をしに行く人を用意した方がいいと思います……できれば、恐怖で逃げ出したという体裁で」

「そう……だな」


 泰三の提案に頷いたマリルは、まだ納得していない様子のシドに話しかける。


「シド姫もそれでいいな?」

「わかったよ」


 わがままを言ったところでどうにもならないことを察しているシドは、諦めたように大きく息を吐く。


「それに、それだけ時間があればコーイチが復活するかもしれないからな」


 またしても浩一に頼ることになることに忸怩たる思いがあるシドだが、彼ならばなんとかしてくれるという期待もある。


 そんな弱い自分に嫌悪しながら、シドはマリルたちに吐き捨てるように言う。


「とにかく一時間……全員に休息を徹底させて決戦に備えよう」


 シドは一瞬だけ浩一に会いに行こうかどうか迷ったが、ハバル大臣から目を逸らすのは危険だという本能に従ってその場に腰を下ろし、その時が来るまで待つことにした。

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