ここからが本番
シドの攻撃で吹き飛ばされたオークキングは、地面をゴロゴロ転がって瓦礫の山へと突っ込む。
さらにオークキングがぶつかった衝撃で瓦礫の山が音を立てて崩れたかと思うと、うつ伏せに倒れた豚の魔物の上へと降り注ぐ。
「……フン」
オークキングが瓦礫の下敷きになったのを確認したシドは、殴り付けた衝撃で折れたショートソードを適当に投げ捨てる。
「やったのか?」
「いや、まだだ」
マリルの問いかけに、シドは憮然とした表情でかぶりを振る。
「直撃はしたが、両断するまで至らなかった……ムカつくことにな」
「そうか」
オークキングが下敷きになった瓦礫を見やりながら、マリルは自分の愛用の剣をシドへと差し出す。
「なら次は、これで確実に止めを刺すがいい」
「それはいいが……お前はどうするんだ?」
「私はこれを使う」
マリルが足を振り上げて勢いよく下ろすと、地面に転がっていた大きな斧がくるりと舞い上がり、彼女の手に収まる。
それはオークキングが持っていた巨大な斧だった。
「切れ味はともかく、耐久性は中々のものだ」
「それはいい、丸腰の相手をボコボコにするにはもってこいだな」
「……だといいがな」
オークキングを一方的に蹂躙するつもりだったシドとは対照的に、マリルは小さく息を吐いて静かに話す。
「なあ、シド姫……変だと思わないか?」
「何がだ?」
「オークキングだよ。あいつも他の魔物同様に一度死んで、虫によって生かされているはずだろ?」
「そう聞いている」
「なら、どうしてあいつには虫の気配がないのだ?」
「そ、そりゃあ……王だから特別だからとか?」
「そうかもしれない……だが、こうとは考えられないか?」
マリルは手にした斧を油断なく構えながら、自身の考えを話す。
「あいつに寄生している虫は特別で、今はまだその本性を現していないとか?」
「そんな……」
馬鹿な、とシドが呟くより早く、彼女の背後が大きく爆ぜる。
「クッ!?」
続けてやって来た衝撃波に吹き飛ばされないように踏ん張っていると、シドの目に瓦礫の下から黒い影がぬらりと身を起こすのが映る。
「――っ!? マリル、避けろ!」
黒い影から何かが飛び出してくるのを見たシドは、隣にいたマリルに忠告を飛ばしながら自身も大きく後ろに跳ぶ。
シドの言葉に反応してマリルも慌てて後方に跳ぶと同時に、彼女たちがいた場所に弾けるように何かが着弾したかと思うと、一瞬にして去っていく。
「な、何だ?」
「鞭のような形状だったが……何だ?」
予期していたので無事に回避できたシドたちは、自分たちを攻撃してきた影の行く先を目で追う。
すると、オークキングが下敷きになった箇所の瓦礫が大きく爆ぜ、巨大な影が現れる。
「チッ、やはりかよ」
「ここからが本番ということだな」
予想通り再び現れたオークキングを見て、シドたちは臨戦態勢を取る。
だが、
「おいおい、なんだよ。あれ……」
露わになったオークキングは、先程までとは随分と様変わりしていた。
最も大きな変化は、オークキングの背中からゆらゆらと揺れる無数の長い触手で、どうやらシドたちに襲いかかったのはあの触手のようだった。
顔こそは変化はないが肩の上に追加の腕が二本生え、足も四本になっており、他の虫に寄生された魔物とは一線を画した姿になっていた。
「あの背中のウネウネ、自由に動かせるとしたら厄介だな」
「そうだな……一先ず様子を見ながら隙を見て削っていこう」
「わかった」
シドたちは簡潔に作戦を決めると、左右に分かれてオークキングを包囲するように移動する。
「ブルアアアアアアアアアアアアアアアアァァァッ!!」
左右から攻めてくるシドたちを一瞥したオークキングは、背中の両肩甲骨辺りから生えている触手を、迫る二人へ向けて一斉に放つ。
「うおっ!?」
思った以上の速度で伸びて来る無数の触手に対し、シドは流石の反応速度を見せてギリギリで回避する。
続けて二本、三本と立て続けにやって来る触手も華麗に回避するシドであったが、
「チッ……これじゃあ近付けねぇな」
回避を優先していてはオークキングとの距離が開くばかりで、攻撃に転じることができない。
「ならばっ!」
近くの瓦礫を蹴り壊して手頃な石の破片を作ったシドは、触手を回避しながらオークキングの背後へと回り込んで投擲する。
体重を乗せて投げられた石の破片は、空気を切り裂きながらオークキングの後頭部目掛けて一直線に飛ぶ。
オークキングの死角を突いた投擲は、確実に豚の頭を打ち貫くかと思われたが、触手の一本が別の動きを見せたかと思うと、飛んできた石をあっさりと叩き落とす。
「んなっ!? 自動でガードしやがるのかよ!」
不意打ちが失敗に終わったことに、シドは悔し気に歯噛みすると、別行動を取っているマリルに向かって叫ぶ。
「クソッ……おい、お前の方はどうだ?」
何か有効な策でも思い付いたかと思って声をかけたのだが、
「クッ、て、手強い……」
そこには触手に捕らえられ、引き寄せられないように必死に抵抗するマリルの姿があった。
「わ、悪い。シド姫……この触手をどうにかしてもらえないだろうか?」
「はぁっ!? 何やってんだお前」
「す、すまない。こんなはずでは……」
「チッ、馬鹿野郎が!」
思いもよらない展開に、シドは呆れながらもマリルの救出に向かうべく動き出す。
迫る触手を紙一重で回避しながら大回りをしたシドは、借り受けた剣を下段からすくい上げるようにして触手へと斬りかかる。
「おらぁっ!」
気合の雄叫びを上げながら剣を振り上げると最初こそ抵抗があったが、ブチブチと音を立てながら断ち切ることに成功する。
「おわっ……とと……」
触手から急に解放されたマリルは倒れそうになるが、たたらを踏んでどうにか耐えてシドに向かって礼を言う。
「すまない、助かった」
「助かったじゃねぇよ。どうしていきなり捕まっているんだ」
「数本なら力でねじ切れると思ったんだよ……」
一本、一本の触手は決して太くないので、マリルは自分の力なら引き裂けると思ったようだ。
だが、読みが甘かったのか、触手を一本掴んだところであっという間に二本、三本と絡めとられ、先程のような力比べとなってしまったようだ。
「だが、シド姫のお蔭で少しは触手の数を減らすことができたな」
「どうかな」
切り捨てた触手を見ながら、シドは思ったことを口にする。
「あの触手……神経が通っていないようだった。感触も切るというよりは切れたという感覚だった」
「切れた?」
「ああ、まるでトカゲの尻尾のようにな……」
「おいおい、それじゃあまるで切っても再生するみたいじゃない……か」
そう言うマリルの目に、シドが切ったはずの触手がボコボコと泡を立てながら再生するのが見えた。




