この世界の者たちで
浩一を無理矢理眠らせたシドは、密かに我慢していた涙を乱暴に拭うとズズッ、と鼻をすする。
「……バカコーイチ。無茶しやがって」
匂いを辿って浩一を見つけた時、完全に生気を失った顔を見て、シドは思わず彼が死んでしまったのではないかと思った。
本人は自覚していなかったようだが、触った時の冷たさ、虚ろな目、そして僅かに感じた死の臭い……、
もし、浩一が戻るのがもう少し遅かったら、果たして彼の命の灯は残っていただろうか?
浩一から影の中に潜るスキルを手に入れたと聞き、実際にその強さを目の当たりにした時、これで彼が死ぬ確率が減ると喜んだシドであったが、今は百八十度考えを改めていた。
「あの力は……危険過ぎる」
いくら止めたところで、浩一があの力を使うのを止めることはないだろう。
それで自分が死んでしまおうとも、結果としてシドを……ソラやミーファを守れれば、笑って死んでいく。そんなことが手に取るようにわかった。
だから、
「コーイチにあの力を使わせないように、あたしが頑張らないと……」
決意を口にしたシドは、適当に立てかけた置いた刃の欠けたショートソードを手に、再び前線へと戻っていく。
浩一がシドを守りたいと考えているのと同じように、彼女もまた大切な家族を守隊と思っているのであった。
前線に戻ると、既にマリルたちとゾンビ化した魔物たちの戦闘は始まっていた。
「遅くなった」
「いい、気にするな」
シドが声をかけると、マリルは一瞬だけ首を巡らせて顎で先を示す。
「どうやらコーイチ殿が相当頑張ってくれたようでな。大分楽をさせてもらってる」
「そうなのか?」
「ああ、斥候によると、先は魔物たちの死体の山だったそうだ。流石は自由騎士というところだな」
「そう……か」
マリルがわざわざ楽と口にするくらいだから、浩一は相当数の敵を削ったのだろう。
普段の浩一からは到底考えられないほどの戦果に、彼の中でどのような心境の変化があったのかはシドにはわからない。
今回の戦いに対する浩一の思い入れが強いのは知っていた。
宿敵ともいえるペンターが率いていることに、浩一が本気になる気持ちもわかる。
だが、その結果があの死に体同然の様では、シドは喜ぶに喜ぶことができなかった。
「…………」
「どうした?」
シドの様子を見て何かを察したのか、マリルが近付いてきて寄り添うように立つ。
「何だか気持ちが乗っていないようだが、何かあったのか?」
「……何でもない」
「何でもないことはないだろう。コーイチ殿ほどではないが、シド姫も十分顔に出るタイプだぞ」
「単純で悪かったな!」
「――っ!?」
「い、いや、悪い……」
思わず感情的に怒鳴ってしまったことに気付いたシドは、ばつが悪そうな顔をしてマリルに謝罪する。
「ああ、その……だな」
流石にこのまま何でもないと誤魔化すことはできないと察したシドは、自分の想いをマリルに話すことにする。
「ここから先は、コーイチに……自由騎士ばかりに頼るのは止めたいんだ」
「……どうした? まさか、コーイチ殿に何かあったのか?」
「命に別条はない……怪我もない。ただ、死にかけていたから無理言って寝かしつけて来た」
「……どういうことだ?」
思わず飛び出した物騒な単語に、マリルは息を潜めてシドに尋ねる。
「死にかけていたとはどういうことだ? コーイチ殿は無事なのか?」
「無事だよ。無事じゃなかったら、今頃あたしは泣きじゃくってここには立てていない」
「……だろうな」
「単純だからな」
誰も彼もロキと同じ評価をしてくることに、シドは自嘲気味に笑う。
「コーイチが死にそうになったのは自由騎士の力が原因だよ。あいつ等の力は、強い分だけ命を削るんだよ」
「それはつまり、戦果の分だけコーイチ殿は消耗してるということか?」
「そういうことだ。だから少なくともハバルの野郎を引き摺り出すまでは、コーイチを戦闘に参加させたくない」
「このまま休ませるつもりは?」
「コーイチ自信が許さないだろう。だから、最低限の露払いはあたしたちこの世界の人間でやるべきだ……違うか?」
シドは目に光を宿らせ、射貫くようにマリルに視線を向けると、
「そう……だな。そうあるべきだ」
彼女もまた兜の奥でニヤリと笑って頷く。
「了解した。となればタイゾー殿にも少し休んでもらおう」
「ああ、あいつはコーイチより強いが、コーイチと一緒で無茶をするからな」
「そうだな。今も最前線で豪快に槍を振るっているようだ」
直接は見えなくとも、聞こえてくる剣戟の音から泰三の活躍を察したマリルは、自分の剣を持つ手に力を籠める。
「確かにシド姫の言う通り、我々は自由騎士たちの力に頼り過ぎていたようだ。この国を守る剣として実に恥ずべきことだ」
使えるものは何でも使う。勝つためなら何でもするという戦いも悪くはないが、この国を、この世界を守る戦いの全てを、他所から来た異世界人に全てを委ねるべきではない。
このまま戦いに勝利しても、自分たちは街をいたずらに破壊しただけで、誇れるようなことはなにもしていないのだ。
「ありがとうシド姫、お蔭で目が覚めたよ」
自分の考えを改めたマリルは、シドに向かって小手に包まれた拳を差し出す。
「この世界に住む者たちの意地を見せてやろう」
「ああ、獣人の流儀というやつをな」
シドも拳を突き出してマリルの拳に合わせると、肩を並べて戦場に向けて歩き始めた。




