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チートスキルで無双できない人に捧げる異世界生活~現実を捨ててやって来た異世界は、思ったより全然甘くはありませんでした~  作者: 柏木サトシ
第二部 第四章 暁に燃える森

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危険な代償

 虫に寄生された魔物たちを可能な限り刈り取った俺は、皆と合流するためにヴォルフシーカーを使って城へと向かった。


「はぁ……はぁ……うっ!?」


 城へと続く橋の前の建物の影から出た途端、一気に押し寄せて来た疲労に俺はその場に膝を付く。


「さ、流石に…………スキルを…………はぁ…………はぁ……使い過ぎたか……」


 一先ず息を整えようとするが、どうしてか肺が思うように動いてくれず、上手く呼吸をすることができない。


 地上で呼吸困難に陥ると慌てたくなるが、こういう時こそ慌てるのはよくないのだ。

 様々な師匠に幾度となく半殺しにされてきた経験が、俺を冷静にさせてくれる。


 ゆっくり……とにかくゆっくり呼吸をして、体を慣らしていこう。



 呼吸を整えることができれば、徐々に復調すると信じてジッとしていると、


「コーイチ!」


 悲鳴のような叫び声と共にシドが血相を変えて飛んできて、俺に思いっきり抱き付いてくる。


「わぷっ……」


 激しく求められるように熱い抱擁を受け、俺は皆が見ていたらどうするんだ、と内心ヒヤヒヤしながらシドを安心させるように彼女の背中へ手を回す。


「ありがとう……でも、どうして?」

「どうしてってコーイチの匂いがしたから急いで来たんだよ。中々戻らないから心配したんだぞ」

「それは……ゴメン」


 夢中で敵を狩っていたから時間経過はわからないが、シドの様子を見る限り、かなり心配をかけてしまったようだ。


「ところでシド、何だか熱くない?」

「何言ってんだ。コーイチ、お前が冷たいんだよ!」


 シドは両手で俺の頬を包み込むと、今にも泣きそうに表情を歪ませる。


「こんなに冷たくなって……コーイチ、お前ちゃんと生きてるよな?」

「い、生きてるよ……って、俺、そんなに冷たい?」

「冷たいよ。こうして温めないと、今にも死んでしまいそうで怖いよ」

「そう……か」


 だとしたらこれがきっと……体温が奪われていくことがヴォルフシーカーを使うことの代償なのだろう。


 体温は三十五度を下回ると低体温症と診断されるはずだが、シドから伝わる熱から今の俺はそれより低いのだろう。


「ああ……」


 火傷しそうなほどに熱いシドと触れ合っているからか、徐々に心臓の鼓動が聞こえて来て、ついでに呼吸も少し楽になって来る。

 浅い呼吸から徐々に長く……固くなった肺を解きほぐすように深呼吸を繰り返していると、全身に血が駆け巡る感覚かして身体の自由が戻って来る。



「……はぁ」


 心臓の鼓動が感じられるようになったところで、俺は再びシドの背中を叩いて耳元で囁く。


「ありがとう。もう大丈夫だよ」

「い~や、まだだ」


 シドはかぶりを振って俺の意見を封殺すると、素早く俺の足の下に手を入れて抱き上げる。


 所謂、お姫様抱っこをされることになった俺は、キョロキョロと周りの目を気にしながら落ちないようにシドの首に手を回す。


「あ、あの、シド……恥ずかしいんだけど」

「文句言うな。そんな死にそうな顔をしてたら、誰だってこうする」


 余程酷い顔なのか、シドの表所はまだ曇ったままだ。

 シドにこんな辛そうな顔をさせてしまっていることに、俺はいたたまれなくなる。


「……ごめん」

「謝るなよ。コーイチは立派に仕事をしてきたんだ。ただ、ちょっと無茶をし過ぎだだけだ」


 シドは呆れたように小さく笑うと、頑張ったミーファを褒める時のように頬擦りしてくる。

 柔らかくてスベスベのシドの頬が温かくてちょっと嬉しくはあったが、やっぱり恥ずかしさの方が大きくて俺は穴があったら入りたいと思いながら近くの建物へと向かう。



「邪魔するぞ」


 誰の家かわからない家の扉を乱暴に開けたシドは、入口から近い部屋にあったベッドへと俺を寝かせる。

 思いっきり不法侵入をした挙句、誰のものかわからないベッドに寝かされた俺は、室内を物色し始めるシドの背中に声をかける。


「めちゃくちゃ後ろめたいんだけど」

「非常時だ。それに家の者にも、中の物は何でも好きにしていいと言われてるから気にするな」

「……本当に?」

「ああ、多分な。何ならフリージアかマリルに謝らせればいい」

「…………」


 それって結局、家主の許可は取ってないんだよね?


 狼狽える俺に、戸棚から何かを見つけて来たシドは、枕元に座って持って来たものを掲げる。


「蜂蜜漬けを見つけたから、こいつを食って少し寝るんだ」

「ね、寝るんだって……そんな場合じゃ」

「そんな場合だよ。今のコーイチはそれだけの状態だ」


 そう言ってシドは瓶の中から艶やかに光る黄色い果実を取り出すと、俺の口に捻じ込んでくる。


「ふががが……」


 人様の家のものを勝手に食べて申し訳ないと気持ちもあったが、しっかりと漬けこまれた蜜と、リンゴに似た果肉の優しい甘さに、疲れが極限にまで達していた俺は抗うことができず、ゆっくりと咀嚼して飲み込む。


「…………はぁ」


 同時に緊張の糸が切れたのか、体重が倍になったかのような疲労感が押し寄せて来て、俺は起きるのを諦めてベッドに体を預ける。


「休むのはわかったけど、今寝たら明日まで寝てるかも……」

「それについては心配ない……ロキ」

「わん」


 シドが声をかけると、近くで待機していたのかロキが「呼んだ?」と言って室内に入って来る。


 シドはロキの頭をわしゃわしゃと撫でると、彼女の目を見て話しかける。


「ロキ、コーイチが休むからお前が傍にいてやれ。そして、コーイチが充分休んだと思ったら起こすんだ。いいな?」

「わん!」


 シドの命令にロキは元気よく返事をすると、とてとてと歩いて俺が寝ているベッドの上に乗って来る。

 ロキが乗ると木製のベッドがギシギシと軋むような音を立てるが、ロキは気にした様子もなく俺の体にぴったりと寄り添うように寝る。


「わんわん」

「あっ、うん、安心して寝させてもらうけど……」


 シドの命令通りのことをしてくれるというロキに、俺は気になっていたことを尋ねる。


「ロキってシドの言ってることわかるの?」

「わんわん、わん、わふぅ」

「あっ、そう……」


 ロキの返答を聞いた俺は、深く追求するのを止めて少しでも体を休めようと思う。



 だが、


「……おい」


 話題の議題にされたシドが気にならないはずもなく、俺の顔を覗き込んでくる。


「ロキは何て言った? あたしの言ってることはわかるって?」

「い、いや、何を言ってるかはわからないって」

「そうか、じゃあロキは何て言ったんだ? どうしてあたしの言うことはわからないのに、忠実に命令を聞くんだ」

「えっ……」


 反射的にはぐらかそうと思ったが、どうせ表情を読まれてしまうのならと思った俺は、正直にロキの言ったことをシドに伝える。


「シドの言ってくることはわからないけど、単純だから考えていることはわかるってさ」

「そう……か」

「で、でも悪気があって言ってるわけじゃないよ?」

「わかってるよ!」


 ロキの率直な感想に、シドのこめかみ辺りがピクピクと反応していたが、どうにか怒りを抑え込むと「また後でな」と言って部屋から退出していく。



 シドが退出した後、暫く彼女が何処かで聞き耳を立てていないかと思ったが、程なくして強烈な睡魔が襲いかかって来て、俺はロキの心臓の鼓動を子守唄に深い眠りへと落ちていった。

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