寄生虫を見極める
虫熊へ突撃しながら、俺は気付いたことをロキに伝える。
「ロキ、あいつを倒すには中に寄生している虫を倒す必要がある。だから、致命傷を与えたと思っても油断するなよ」
「わん!」
「とりあえず二人であちこち攻撃して、虫が隠れているところを探すぞ!」
「わんわん!」
簡単にやることを聞いたロキが先行して突撃していくので、俺は後に続きながら虫熊を観察する。
四本の腕を広げた威嚇するポーズを取っている虫熊は、相変わらず背中の鞘翅を開いて鱗粉を撒いているが、最初と比べて明らかにその量は少ない。
それが最初に大量に吐き出したので残量が少ないからなのか、それとも現在進行形で体内で鱗粉を生成しているのか。
どちらにしても、攻撃を仕掛けるのは今がチャンスということだ。
「ガルルルル……」
唸り声を上げながら、ロキが仁王立ちしている虫熊へと襲いかかる。
かく乱するようにステップを踏み、虫熊の目が逆を向いたところでロキは巨大な獣へと鋭い爪を振り下ろす。
虫熊の虚を吐くように振るわれた爪は、左上の腕の肘辺りを切り裂き、鮮血を撒き散らす。
「グオオオオオオオオオオオオオオオォォォン!!」
腕を裂かれた虫熊は、雄叫びを上げながらロキに向かってまだ無事な三本の腕を振るう。
だが、その時には既にロキは虫熊の攻撃範囲外へと逃れており、そのまま背中を向けて脱兎の如く駆け続ける。
「ウガアアアアアアァァ!!」
背中を向けて逃げるロキを見て、虫熊はまるで「卑怯者!」と呼び止めるように叫ぶ。
完全に頭に血が登っているのか、逃げるロキを目で追い続けている虫熊を見て、俺は音もなく背後から距離を詰めていく。
ジッと虫熊の背中を凝視すると、ジワジワと染み出るように黒いシミが浮かんでくるので、俺はぶつかるように黒いシミへとナイフを突き立てる。
ナイフを背中に突き立てると、黒いシミから全身に向かって亀裂が走るので、俺はその中から脇腹に向かって走る亀裂に沿ってナイフを走らせる。
何の抵抗もなく、亀裂に沿って滑るようにナイフを走らせていると、
「――ッ、ウガアアアアアアァァッ!!」
激痛に耐えかねた虫熊が背中にいる俺に向かって腕を振るう。
だが、事前に調停者の瞳を使って相手の攻撃の軌道が見えていたので、難なく回避して距離を取る。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!!」
だが、ロキと違って俺の回避距離が短かった所為か、虫熊は先程と違って口角から泡と飛ばしながら襲いかかって来る。
「ウガアッ! ウガアァッ!」
連続で繰り出される攻撃を、俺は調停者の瞳で軌道を確認しながら避け、時にはナイフを使って捌き、返す刀で虫熊の腕へと反撃をしていく。
「…………」
極限の集中状態に、俺は呼吸をするのも忘れて冷静に避け、捌き、切り付けて突き刺していく。
一歩間違えれば即死は免れないが、ライハ師匠の特訓のお蔭もあり、俺は怯えることなく命の綱を渡り続ける。
非常に集中力を要する作業だが、生憎と長い時間続ける必要はない。
「グオオオオオオオオォォォ……」
四度目の攻撃をナイフで捌いたところで、叫んでいた虫熊が俺の視界から消える。
虫熊が消えて行った方へと視線を送ると、戻って来たロキが俺に代わって奴と切り結ぶように戦っていた。
「…………ふぅ」
一先ずの危機を乗り切ったところで、俺は止めていた息を吐いて虫熊を見やる。
俺は虫熊の腕、肘、脇の下、心臓、脇腹と結構な箇所に攻撃を仕掛けたが、生憎と中に寄生した虫へと至ることはなかった。
といっても、実際にナイフを突き立てた時点で、中身が内臓なのか、寄生した虫なのかを見極められる自信はないが、少なくとも特別な手応えはなかった。
ただ、心臓を潰したにも拘わらず、全く意に介した様子もなくロキに腕を振り回しているのを見て、奴はゾンビ化しているのだと再認識できた。
わかっていたことだが、致命傷を負っても平然としているのは思った以上に厄介だった。
「……よしっ」
呼吸を整えた俺は、虫熊としのぎを削っているロキに加勢すべく、再び戦場に戻るために動き出す。
すると、
「わんわん!」
「えっ?」
「わん、わんわん!」
「わ、わかった」
ロキから「時間を稼ぐ」と言われ、俺は頷いて足を止める。
それはつまり、今のうちに俺に奴を倒す方法を探ってくれということだろう。
いくらロキが強くても、時間が経てば鱗粉が蔓延して爆発に巻き込まれてしまうので、猶予はそこまで多くはない。
何としてもロキの期待に応えたいが、そう簡単にいく話ではない。
「……せめて、何かヒントだけでも見つけられれば」
闇雲に攻撃を続けて、いつかは寄生した虫に辿り着くのを狙うのは余りにも不効率だ。
虫熊みたいに虫に寄生された魔物がこれ一体だけとは限らないし、カナート王国に攻めて来ている虫人の中にも、それぞれが同じ場所に寄生している保証はない。
連中を効率よく倒すためにも、ここで虫が寄生するメカニズムをある程度解明しておきたいと思ったから、ロキは俺に時間をくれたのだ。
「…………さて」
色々と策は思い付くが、悠長に構える暇はないので、俺は虫熊の死角を維持しながら思いついたことを試す。
「まずは……」
右目に意識を集中させ、調停者の瞳を発動させて虫熊を睨む。
最近は主に敵から発せられる脅威を先読みする未来視的な使い方をしているが、このスキルは元々は目に見えない力を見て、干渉する力だった。
だが、
「虫は……見えないか」
牧場でロキが他の魔物に謎の力で操られそうになった時とは違い、体内に寄生して操るのは勝手が違うのか、このスキルでは見ることはできなかった。
「ならば……」
虫熊との距離を詰めた俺は、ナイフを手にして奴の背中を睨む。
一度ナイフを突き立て、心臓を壊した相手に対してバックスタブのスキルを使ったことはない。
何故なら、このスキルは正真正銘の必殺の一撃だからだ。
つまり、バックスタブによって宿主である熊は完全に殺したのだから、次に浮かぶ黒いシミは、寄生した虫の背中に浮かぶのではないのかと思ったのだ。
そして、そんな俺の予想は見事に的中する。
…………見えた!
虫熊の臀部、二つに割れた尻の右側の中央に黒いシミが浮かぶのを見た俺は、音もなく忍び寄って迷いなく黒いシミへとナイフを突き立てた。




