卑怯者の思考
地上へと降りた俺は、この国に来てからの拠点となっていた地下遺跡へと向かう。
昨日の作戦会議の時に、敵が侵入してきそうな場所の一つとして議題に上げさせてもらったが、今まで一度も地下遺跡から敵に侵入を許したことがないからという理由で、マリルさんに取り上げてはもらえなかった。
だが、俺は今回、地下遺跡からの敵襲はあると考えている。
何故なら昨日、地下遺跡が襲撃されたからだ。
これまで襲撃がなかったということは、ひょっとしたら魔物たちはあの地下遺跡の存在すら知らなかった可能性がある。
しかも、よりにもよって相手の嫌がることをやらせたら、右に出る者はいないといっても過言ではない捏血のペンターに知られてしまったのが最悪だ。
俺が奴なら、どう考えても入口から入れることができないダルムット船の存在に目を付け、別の出入り口があると考えるはずだ。
自分の手駒がいくら犠牲になろうとも、目的を達成できればそれでよし、その執念のみで砂漠からカナート王国へと入る抜け道を見つけるだろう。
そんなペンターに対して謎の信頼感を抱きながら、俺は地下遺跡へと急ぐ。
残念ながらカナート王国の人たちからの協力を得ることはできなかったが、俺には頼りになる相棒がいる。
「わん!」
地下遺跡へと続く門を出たところで、ロキが「やあっ」と元気よく声をかけて駆け寄って来る。
「わんわん」
「うん、もしかしたら無駄足になっちゃうかもしれないけど、よろしくな」
「わん、わんわん」
俺の単独行動に完全に付き合わせる形になってしまうが、ロキは全く気にすることなく、俺の考えを尊重してくれる。
「わふ、わんわん?」
「うん、大丈夫。ちゃんと考えてあるよ」
ロキから「敵が現れたらどうするの?」という質問に、俺は問題ないと頷く。
「地下遺跡にはもう誰もいないし、建物も壊されちゃって直すまでは誰も住めないって言ってたからね。俺とロキしかいないから思いっきりやらせてもらうよ」
「わ、わふぅ?」
悪い顔をして笑ったからか、ロキの困惑したような「何するの?」という声に、俺は特に応えずにニヤリと笑ってみせた。
敵襲を予想して色々と仕込みをしたのはいいが、肝心の敵が現れなければ意味がない。
そんなことを考えながら地下遺跡に潜る途中、ロキに仕掛けについて説明していく。
万が一ロキが罠にかかってしまったら、目も当てられないからね。
賢いロキは、どうやら俺の匂いである程度罠の位置がわかるようで、多くを説明しなくとも大丈夫そうだ。
そんなことを思いながら地下遺跡の最下層へと降りた俺は、一先ず周囲の様子を確認する。
「どう、ロキ……誰何か変な臭いとかしない」
「わん、わふぅ」
俺の問いかけに、ロキは鼻をスンスンと鳴らして「特にしないよ」と言う。
「そう……か」
流石に考え過ぎだっただろうか? そんなことを思いながら、俺は目を閉じてアラウンドサーチを発動させる。
ここで暫く待ってみて誰も来ないようだったら、流石に地上に戻らなければならない。
そんなことを思いながら脳内に広がる索敵の波に意識を集中させていると、
「…………いる!」
脳内にいくつもの赤い光点が浮かび上がり、俺は弾けたように顔を上げる。
「……きゅ~ん」
「大丈夫、ロキは悪くないよ」
臭いでの索敵ができなかったことに、ロキは「ごめん」と謝って来るが、彼女が索敵できないのも無理はなかった。
「どうやら敵は、あそこから来るみたいだ」
そう言って俺が指差す先は、何もない壁だった。
「わふぅ?」
「うん、あそこから……どうやらここまで壁を掘り進んで来たようだ」
砂漠からの抜け道を発見されるという最悪な事態は避けられたようだが、まさか直接穴を掘って侵入するという力業で売って出てくるとは思わなかった。
「だけどロキ、これはチャンスだぞ」
「わふっ?」
どういうこと? と聞いてくるロキに、急遽思い付いた作戦を話していった。
簡潔にロキに作戦を説明した俺は、アラウンドサーチで確認した虫人と思われる敵が向かってくる壁まで移動する。
念のためもう一度アラウンドサーチを使って赤い光点の位置を確認したところで、俺はちょっと離れた場所で待機しているロキに向かって指でカウントダウンをする。
三……二……一…………
ゼロ、と指を折ると同時に、ロキのすぐ前の壁が割れて虫人が姿を現す。
「ガウッ!」
自分一人がようやく通れる穴から顔を出した虫人の頭を、ロキが鋭い爪を振り下ろして容赦なく頭を潰す。
完璧な仕事をこなすロキに続いて、俺も空いた穴から這い出ようとしている虫人の背中に浮かんだ黒いシミ目掛けて、思いっきりナイフを振り下ろす。
「――っ、おらぁっ!」
ナイフを突き立てると、黒いシミがひび割れたように広がるので、俺は虫人の頭に向かって伸びる線に沿ってナイフを走らせる。
すると、そこに既に切り込みが入っているかのように滑らかにナイフが滑り、虫人の頭を真っ二つに割ることができる。
吹き出す血を浴びないように距離を取った俺は、腰のポーチに手を突っ込んで油の入った瓶を取り出し、ぐったりと項垂れる虫人に向かって投げる。
「ロキ!」
「わん!」
俺が叫ぶと、ロキから「もう、終わってる」という声が聞こえる。
目を向けると、首を刎ね飛ばされた虫人の体がたっぷりの油で濡れているのが見える。
「ロキ、流石だ」
果たしてどうやってロキが虫人の死体に油をかけたのか、という疑問を置いておいて、俺は火打石を取り出して油まみれとなった虫人の死体に火を点ける。
これであわよくば続く虫人に被害が出れば良し、被害は出なくとも足止めぐらいにはなるはずだ。
元が人だからなのか、魚が焦げるようなたんぱく質の焼ける臭いに顔をしかめながら、俺はロキに向かって叫ぶ。
「ロキ、次が来る前に一旦、逃げるぞ!」
「わふっ!」
何を言うのかわかっていたかのように「ガッテン!」と叫びながら駆け寄って来たロキの背中に飛び乗ると、俺たちは一目散にその場から逃げ出した。




