開戦の合図
住民全員が避難して無人となった街へと戻った俺は、入口近くにある一際大きな宿屋の屋上へと上がって外の様子を見やる。
「敵の姿は……まだ見えないか」
「いや、間もなく見えるぞ」
続いて屋上へと上がって来たシドは、俺の肩に顎を乗せて砂漠の彼方を指差す。
「気の早い奴等が空からやって来る……ほら、あそこだ」
「…………あっ」
シドが指差す先をジッと凝視した俺は、空にいくつかの黒い斑点が浮かび上がるのに気付く。
徐々に大きさを増す黒い斑点は、一見すると人型をしているが、手足は六本、背中で忙しなく動いているのは、普段は鞘翅に折りたたまれた対の翅……間違いない、あの地下遺跡で見た虫人だ。
「うげぇ……」
ただでさえ虫が苦手なのに、それが自分と同じサイズとなって襲いかかってくるなんてホラーでしかない。
昨日は不意打ちで倒しただけなので、虫人の強さを目の当たりにしたわけではないが、獣化したシドと互角か、それ以上の実力を持っているとなると、倒すのは一筋縄ではいかないだろう。
だが、今回はチートスキルを持つ俺と泰三がいる。
「とりあえず今は泰三の活躍に期待しよう」
そう言って俺は街の入口の広場へと目を向ける。
そこには大型のバリスタを展開する兵士たちの中に、長槍を手にしたリラックスした様子の泰三がいる。
調子を確かめるようにトントン、軽く足踏みをしている泰三は、彼方の虫人の姿を認めると、槍を振りかぶって思いっきり投げる。
泰三が投げた槍は、まるで流星のような光の軌跡を描きながら虫人へと吸い込まれていき異形の虫を空中でバラバラにしてみせる。
突如として爆発四散した虫人に、周囲の仲間は警戒するように散り散りになり、対する泰三たちの周囲からは彼を称える歓声が上がる。
「ヒュウ……凄いな」
泰三の必殺の威力を目の当たりにしたシドは、感心したように口笛を吹く。
「槍の投擲をあれだけの距離を、しかもあれだけの速度で放たれたら、それだけで連中を全滅させられるんじゃないのか」
「まあ、そう思うよね」
シドに意見は尤もだが、生憎とそう旨い話はなかったりするのだ。
「泰三の技は強力だけど、その分クールタイムが長いんだよ」
「クールタイム?」
「簡単に言うと次に同じ技を放つまで、それなりの待機時間が必要なんだよ」
「何だそれ……もしかして体力の消費が激しかったりするのか?」
「う~ん、ちょっと違うかな」
クールタイムと言われても、ゲームの知識がない人にはとんとわからないだろうし、俺も泰三も、スキルの制限に関してはまだ解明しきれていないことは多い。
俺は何かいい例えはないかと頭を働かせながら、どうにかシドに説明する。
「ほら、弓もより遠くへ飛ばそうとするなら、沢山溜めなきゃいけないだろ? それと同じだよ」
「なる……ほど」
「後、あの投擲のスキルを使うには、使い込んだ槍じゃないとダメみたいなんだ」
「はぁ!? 何だそれ」
泰三から聞いたスキルの説明をすると、シドが驚いたように目を見開く。
「使い込んだ槍じゃないとダメなんて意味わかんないけど、そもそもあいつ、愛用の槍を遥か彼方へ投げ飛ばしたじゃないか!?」
「うん、投げたね」
シドの期待通りのリアクションに、俺は思わず笑みが零れるのを自覚する。
「でも、大丈夫だよ。ほら、泰三も落ち着いているだろう」
そう言って泰三を指差すと、彼は天に手を伸ばした姿勢のまま止まっている。
「落ち着いてるっていうより、呆然と立ち尽くしているように見えるぜ」
「違うって……」
シドの散々な物言いに苦笑を漏らすと、天から雨が降るかのように一本の槍が降って来て、泰三の手の中にすっぽり収まる。
「んなっ!?」
「ほら、大丈夫だっただろう?」
「…………」
ドヤ顔を決めながらシドを見ると、彼女は口をあんぐりと開けたまま固まっている。
まあ、誰だって彼方に投げたはずの槍が、自ら返って来るのを見たら、呆気にとられたような顔になるだろう。
「なっ……何だよあれ! どういう仕組みだ?」
「どういう仕組みなのかは知らないけど、泰三の槍は投げても勝手に戻って来るから、無くす心配はないよ」
何なら、地面を貫通して地中を移動したかと思ったら、相手の背後から突き抜けたりしたこともあったが、何の説明もできないので黙っておく。
何をとってもチートと呼ぶに相応しい泰三のスキルだが、前述した通り連発はできないので、槍が戻ってもすぐに次の投擲に移ることはない。
ただ、泰三の退場が槍が開戦の合図となったのか、周囲に展開する兵士たちが迫る虫人たちに向けて次々と大型のバリスタを放っていく。
かつては砂漠を自由に舞うワイバーンを一撃で葬ってみせた巨大な矢の多くは、空を飛ぶ虫人に回避されてしまうが、何本かは直撃して異形の虫を落としていく。
その間にクールタイムが完了したのか、泰三が再び槍を投擲して確実に虫人を一体葬る。
おそらく、あの虫人たちはカナート王国に辿り着くまでにそこそこの数は削れるだろう。
だが、国への入口はここだけではないし、あのペンターが真正面から攻めるだけで終わるとは思えない。
そう判断した俺は、感心したように泰三を見ているシドに話しかける。
「それじゃあ俺は、別の場所を見てくるよ」
「ああ、ここもすぐに戦場になるだろうから、戻る時には気を付けろよ」
「お互いにね」
そう言って俺はシドと拳を合わせると、別の戦場の様子を見るためにこの場を退出していく。




