迫る最終決戦
エルフの集落に避難するソラとミーファからたっぷり元気を貰った俺は、戦う準備をしている泰三の下へと向かう。
「ごめん、待たせた」
「いえいえ、問題ありませんよ」
槍の手入れをしていた泰三が顔を上げると、穏やかな笑みで話しかけてくる。
「それより浩一君こそちゃんと挨拶してきましたか?」
「ああ、ミーファに散々泣かれちゃったけど……最後には納得してもらえたよ」
おそらく、エルフの集落に避難するのがミーファだけだったら、誰よりも孤独を嫌うあの子は絶対に納得しなかっただろう。
だが、今回はミーファだけじゃなくソラにネイさん、レンリさんにうどん、そしてウォル爺さんにショコラちゃんや子供たちといった多くの知り合いと一緒に避難することになったので、絶対に皆と一緒に無事に帰ると、全てが終わったら思う存分、遊ぶと指切りしてどうにか納得してくれた形だ。
「というわけで、全てが終わったらどんなに疲れていてもミーファと遊ぶことになっている……だから悪いけど、泰三にも手伝ってもらいたいんだ」
「ハハハ、わかりました」
所詮子供と侮っているのか、泰三は軽い調子で了承してくれる。
「…………助かる」
俺は泰三に礼を言いながらも、内心で知らぬが仏とはこのことだなと思っていた。
正直なところ、今のミーファと遊ぶのは一筋縄ではいかない。
エリモス王国で俺とロキ、そしてうどんと一緒にミーファと鬼ごっこで遊んだ時は、彼女一人に俺たち総出でかかっても、誰一人……この場合、一人と一匹と一羽は疲労困憊で立ち上がることはできないほど追い詰められた。
ミーファの小さな体の、どこにそんな体力があるのかはわからないが、彼女もまた獣人王の血を引く立派な狼人族ということだ。
ソラよりはシド寄りのミーファは、将来はきっと立派な戦士へと成長すること間違いないと思うが、俺としては彼女には戦いよりも好きなことを、興味を持ったことを存分にやってもらいたいと思ってる。
その願いを叶えてやるためにも……、
「この戦い、絶対に負けられないな」
「ええ、まさか本当に世界の命運をかけて戦う日が来るとは思いませんでした」
「全くだ」
俺と泰三は、互いに顔を見合わせて思わず苦笑を漏らす。
この世界に来てテオさんから混沌なる者の話を聞いた時は、話だけで恐怖で震えあがり、俺たちが自由騎士としてこの世界に召喚された役目だとしても、戦うのは絶対に無理だと思っていた。
今も怖いという気持ちは普通にあるが、それでも俺にも泰三にも命を賭けて戦うだけの理由ができ、立ち向かう力を得たことによる心境の変化はとても大きく、尻尾を巻いて逃げ出したいという気持ちは微塵もない。
気合は十分、早く斥候に出ているシドとロキから報告を聞きたいくらいであった。
すると、
「自由騎士殿……」
顔を覆う銀色の兜を身に付けたマリルさんが、手を上げて俺たちに話しかけてくる。
「シド姫たちが戻りました。どうやら敵が来たようです」
「……わかりました」
マリルさんの報告を受けて俺は泰三と顔を見合わせて頷き合う。
いよいよその時が……全ての決着を付ける時が来た。
「おう、来たな」
マリルさんと一緒に街の出口へと向かうと、水袋に口を付けて盛大に中身を煽っていたシドが手を上げてニヤリと笑う。
「連中、いよいよマジでこの国を落とすつもりのようだぜ」
「そんなに大群がやって来るのか?」
二日であれだけの数の魔物を蹴散らしても、さらにそれを上回る戦力を残していたということだろうか。
そう思っていると、
「いや、数はたいしたことない。精々、百かそこらだ」
シドはかぶりを振って俺の予想を否定する。
「じゃあ、何だ。大型の魔物が中心なのか?」
「いや、種類は一種類だったよ……といっても、サイズはまちまちだったけどな」
「んんっ?」
では、どういうことかと思っていると、シドからその答えが告げられる。
「虫だよ?」
「えっ?」
「地下で見たあの気持ち悪い虫人が、わらわらと大挙して押し寄せて来てるんだよ」
「うげぇ……」
敵があの地下遺跡でペンターが乗り移っていた虫人と聞いて、俺は全身に鳥肌が立つのを自覚する。
「虫か……虫なのか……」
この世界にかなり適応できたと思っているが、それでも元の世界にいた時と変わらないものもある。
その内の一つが、虫が苦手というものだ。
子供の頃は夏は虫取り、特にセミ取りに夢中になった頃もあったが、いつの間にか虫が苦手になり、今では触ることもできなくなったという人は少なくないだろう。
俺も、ついでに言えば泰三もその口であり、彼もまたシドから大量の虫と聞いて顔を青くさせている。
いきなり意気消沈したようにテンションが下がる俺たちを見て、シドはこちらを指差してケラケラと笑う。
「コーイチが虫が苦手なのは知ってるけど、タイゾーもかよ! おいおい、そんな調子で世界を救えるとか思っているのか?」
「それはまあ……」
「善処します」
虫は嫌いだが、敵として襲いかかって来る以上は倒さなければならない。
覚悟を決めて頷く俺たちに、シドは真顔になって報告を続ける。
「そして、虫人たちの奥にはペンターの野郎とハバルもいたよ」
「ハバル大臣が……」
「ああ、勝手しないように鎖で繋がれていたが、連中がこれで最後と割り切ってるのは間違いないぜ」
「そうか……」
本丸であるペンターとハバル大臣が姿を見せていると聞いて、俺は頭の中でスイッチが切り替わるのを自覚する。
いよいよ待ったなし、この国の行く末を……ひいてはこの世界の命運をかけた戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。




