帰る場所を守るために
カナート王城の前に、次々と机やテタンスといった家財道具が運び出されていく。
「急げ! 次の敵襲が来る前に、少しでもまともな陣地を築くぞ!」
ターロンさんの威勢のいい声に応えるように、比較的軽傷の獣人たちが運び出した家財道具と木製の杭を使って、城の周辺にバリケードを築いていく。
先程まで外にまで溢れていた怪我人たちの姿はすでにない。
ここにいては戦闘が始まった時に無下に命を散らすだけなので、彼等は安全な場所まで退避させる予定だ。
「本当に……これでよかったのでしょうか?」
兵士たちの作業を見守りながら、フリージア様が不安そうに大きく息を吐く。
「これから国の存亡をかけての戦いが始まるのに、わたくしだけ安全な場所に逃げるなんて……」
「フリージア様、それは言わない約束ですよ」
今にも泣きそうな表情になっているフリージア様に、俺は地下遺跡から持って来た荷物を置きながら話しかける。
「フリージア様がやられたら全てが終わりなわけですから、ここより安全な後方に下がってもらうのは当然です」
「それはわかります……けど」
「けど、はなしです。それにこれは皆で話し合って決めたことじゃないですか」
俺が出した提案は、最終防衛ラインを、このカナート城からさらに後方へと……エルフの集落へと下げることだった。
カナート王国とエルフの集落の間には、目に見えない上下関係のようなものがある。
元からこの地にいた者と、後からやって来た者、エルフから土地を譲ってもらっているという感覚だからか、獣人の多くはエルフに対して一歩下がって構えているような気がする。
だが、混沌なる者の軍勢の最終目的が世界樹の破壊にあるのならば、どちらが上とか下とか気にしている場合ではない。
急な話ではあったが、エルフ側の代表として来ているフィーロ様も了承してくれたし、フリージア様と一緒に怪我人や非戦闘員の受け入れも許可してもらえた。
ここからはカナート王国を最前線として、世界樹を……ひいてはこの世界を守るために戦うのだ。
「…………はい」
俺から改めて説明を聞いたフリージア様であったが、その表情は優れない。
その理由は、カナート王国の歴代の王たちの姿勢が影響しているのだろう。
力こそが全て、といっても過言ではない獣人たちにとって、王とは最前線に出張ることはなくとも、戦士たちの目に付く場所に立って威勢のいい姿をみせることが当然とフリージア様も思っているのかもしれない。
実際、レオン王子もそのようなことを言っていたし、幼い頃から兄妹揃ってそういった教育を受けて来たのだろう。
理想とする王との乖離に不満があるのかもしれないが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
それに、
「フリージア様にはフリージア様でやってもらうことがあります」
「えっ?」
驚いて顔を上げるフリージア様に、俺は彼女の目を見てやってもらうべきことを伝える。
「カナート王国の人たちは、エルフの人たちに対して負い目を感じてる人もいるでしょうし、逆にエルフも獣人を下に見る人もいるかもしれません」
「そ、そんなこと……」
「ないかもしれません。ですが、ないと決めつけるのはよくないと思うんです」
カナート王国ができたばかりの頃はそういった差別はあったのかもしれないが、今のエルフの集落の人たちを見る限り、そう言った偏見を持つ人は限りなくないと思われる。
だが、長命であるエルフの中には当時のことを知る人もいるだろうから、そういう人から心ない言葉を投げかけられるかもしれない。
「ですからフリージア様は、フィーロ様と親密なところをアピールして、これからの獣人とエルフのあり方を皆に知ってもらいましょう」
「これからのあり方……」
「そうです。戦いは俺たちがどうにかしますから、フリージア様はどうか外交という場で存分に力を振るって下さい」
「……わかりました」
必死の説得が功を奏したのか、フリージア様は笑顔になって大きく頷く。
「どうにかしてお父様のようになろうとしていましたが、確かにわたくしにはわたくしの戦い方がありますものね」
「その意気です。フリージア様が頑張ってくれれば、俺たちも安心して戦えますから」
「お任せください。コーイチ様たちの帰る場所を、きっちり守ってみせますわ」
気合が入ったのか、フリージア様はペコリと頭を下げて自分のやるべきことを探すために駆け出していく。
「…………」
フリージア様のスイッチを入れるのに成功したのはいいが、暫定とはいえ一国の王という立場にいるのだから、あんまり気軽に頭を下げないでもらいたいと思う。
こんなところを、あの怖い近衛兵の人に見られでもしたら、何と言われるかわかったものじゃない。
そんなことを思っていると、
「自由騎士殿……」
「――っ!?」
背後から兜越しのくぐもった声が聞こえ、俺は反射的にその場でピン、と直立不動で立つ。
その姿勢のまま首だけ後ろを振り返ると、思った通りの人物がいて俺は背中に汗がぶわっと浮かぶのを自覚する。
「あ、あのあの……これはですね」
「そう畏まらないで下さい。別に怒っていませんから」
狼狽する俺を見て、近衛兵の人は苦笑しながら兜を取る。
「あっ……」
中から現れたのは、顔立ちの整った熊人族の女性だった。
まさかあの怖い近衛兵が、女性だったとは思わなかった。
「やはり女が近衛なんておかしいですか?」
「い、いえ、そんなことは……」
「顔に出ていますよ」
「あっ……」
自分の顔を差して苦笑する近衛の女性を見て、俺は観念したように謝罪する。
「……すみません」
「構いません、女だからと甘く見られるのは慣れていますから……それに、そういう輩は実力で黙らせてきました」
「さ、さいですか……」
俺が恐怖で震えるのを見た女性は、静かに笑って手を差し出してくる。
「マリルです。王の迷いを晴らしていただき、ありがとうございます」
「あっ、はい、浩一です。あっ、マリルさんはその……」
「私も……近衛全員も残って戦います。王にはターロンが付くことになっています」
「助かります」
見るからに強そうな近衛兵の人たちが戦力に加わるのは頼もしいし、ターロンさんが集落の方に行くのなら、フリージア様も心強いだろう。
「フッ、本当に自由騎士殿……コーイチ殿は正直だな」
俺の表情から何かを読んだのか、マリルさんは微笑を浮かべる。
「それよりコーイチ殿、そろそろ皆がエルフの集落へと向かうぞ」
「えっ、本当ですか?」
「ああ、次に会うのは暫くさ気になるだろうから、今のうちに別れの挨拶をしてくるといい」
「はい、ありがとうございます」
俺はマリルさんに礼を言うと、エルフの集落に向かうことになっているソラとミーファに別れの挨拶をするために駆け出した。




