禁忌の力
フリージア様が全力で叫んだ結果、何か不測の事態が起きたのではないかと室内に金色の鎧を見に纏った近衛兵たちが詰めかけて来た。
近衛兵たちの鬼気迫る迫力に、俺は死を覚悟するほど震えあがったが、フリージア様の一声のお蔭でどうにか事なきをえた。
ただ、近衛のリーダーと思われる男性からは、あまりフリージア様の心を乱さないようにとしっかりと釘を刺されたので、俺は彼に「二度としません」と真顔で頷いておいた。
ここから先は本当に大切な話になるので、俺たちは二つ上の階層にある会議室へと移動することにした。
途中で兵士たちに食事を配っていたシドたちと合流したので、彼女のお蔭でフリージア様のフォローができたことに感謝しておいた。
「そう思うなら、コーイチもこれくらい空気を読めるようになれよ」
何てシドに言われると耳が痛い話なのだが、こちとら引きこもりのゲーマーで、彼女をとっかえひっかえするようなイケてる青春を送ってきたわけではないので、女の子の取り扱いについては今後も迷惑をかけそうだった。
「……さて、先程は失礼いたしました」
会議室の一番奥の席に腰かけたフリージア様は、反対側に座る俺を真っ直ぐ見据える。
「コーイチ様、先程の話をもう一度詳しく話してもらえますか?」
「……はい」
席は立たなくていいとのことなので、俺は神妙な顔で頷いてフリージア様と、周囲に控える重鎮たちに初めからレド様からもたらされた情報を話す。
「既に聞いた方もいるかもしれませんが、この国に世界樹を破壊すべく混沌なる者の分体の脅威が迫っています」
「こ、混沌なる者だって!?」
「馬鹿な……奴は封印されているのではないのか?」
「話を聞いていなかったのか? だから混沌なる者の分体と言っているだろう」
初見の人もそうでない人もいるようで、反応は様々であったが、誰もが混沌なる者という名に驚いているのは共通であった。
「だが、その情報が本当だったとして、一体どうして我が国に?」
「そんなの決まっているだろう。自由騎士が……召喚魔法の能力を持つ獣人王の娘がこの国に来たからだ!」
「いや、我が国は常日頃から魔物の大群に襲われていた。自由騎士たちが来たからそうと決めつけるのは早計ではないのか?」
「でも……」
「だが……」
重鎮たちは、思い思いの言葉を交わしながら議論していくが、
「皆様、お静かに」
フリージア様が凛とした声を響かせると同時にコーン、という甲高い音が響き、騒ぐ獣人たちが一斉に押し黙る。
フリージア様の声はともかく、最後の音は一体何だろうと目を走らせると、彼女の背後に控える近衛の一人が手にした剣の鞘を地面に叩きつけた音のようだった。
となれば重鎮たちがおとなしくなったのは、フリージア様の声ではなくて、近衛の人の剣の音にビビッて黙ったのではないかと思ってしまう。
だって近衛の人……特にリーダーの全身を黄金の鎧に見に纏った人の迫力は凄まじく、カナート王の私室で怒られた時は、ちょっとだけちびりそうになった。
故に、ちょっと気まずい表情で俯いている重鎮たちに「その気持ちわかるよ」と心の中で声をかけながら、俺は鷹揚に頷いたフリージア様の次の言葉を待つ。
「失礼いたしました。コーイチ様、説明をお願いできますか?」
「はい……」
ここから先はまだフリージア様にも詳細は話していないので、俺は大きく深呼吸をして本題を切り出す。
「まず、最も重要な話ですが、混沌なる者の分体……その正体はハバル大臣です」
「な、何だって!?」
「ハバル大臣が……ど、どうして」
「どうもこうも、ハバル大臣は魔物になったのだろう」
「でも、それがどうして混沌なる者になるのだ?」
俺の言葉にまた俄かに周囲が騒がしくなるが、再びコーン、という剣の鞘を地面にたたきつける音が響き渡ると、再び静寂が戻る。
「皆様、とにかく今はコーイチ様の話を聞きましょう」
暗にフリージア様は議論は後にするようにと厳命して、俺に向き直る。
「コーイチ様、ハバル大臣が混沌なる者の分体になるというのは理解しました。ですが、それでどうしてわたくしが鍵となるのですか?」
「はい、それは魔物だけが持つある特性に関係しているのです」
「魔物の……ある特性?」
「そうです」
おそらくここにいる殆どの人は既に知っている情報だろうが、俺はそれでも敢えて説明させてもらう。
「魔物だけが持つ特性とは、同族喰いによる進化です」
かつてはキングリザードマンが、直近ではオークキングが現れたが、奴等は数多の同族を喰らうことでただの一兵卒から王へと進化した。
「王に至るまで一体どれだけの同族を犠牲にしたのかはわかりません。ただ、どうして魔物が同族を喰らってまで王を目指すと思いますか?」
「えっ? そ、それって……自分たちの勢力を拡大させ、人を滅ぼすためでしょうか?」
「それもあるようですが、どうやら魔物たちには王の先を目指しているようです」
「王の先って……まさかっ、それが混沌なる者の分体!?」
「はい、流石ですね」
これまでの情報からその結論に辿り着けるのは、フリージア様はやはり聡明な方だと思った。
「普通の魔物なら、おそらく何十、何百と同族を喰わなければ進化はしないようですが、どうやら人が魔物化した場合は違うようです」
「でも、どうして……」
「おそらく、我々人にとって人喰いは最大の禁忌だからだと思います」
その中でも他人ではなく自分とより近しい血族を喰らうとなると、常人なら忌避感と嫌悪感で間違いなく気が狂うだろう。
「これまでハバル大臣は、カナート王とレオン王子を喰らい、限りなく最強に近い獣人の王へと至りました。だが、全ての魔物が目指す混沌なる者の分体までには至らなかった」
「だから、その先を目指すために次にわたくしを狙うと……」
「まず間違いなく」
他の獣人を喰らうことでもハバル大臣が混沌なる者の分体へと至るかもしれないが、確実にそこへと至る道があるのなら、どれだけ困難な道でもそれを選ぶのが道理だ。
それに今のハバル大臣は、先の見えない不確実なものより、目に見える確実な道を蹴散らして蹂躙するだけの力がある。
「だから混沌なる者の分体の誕生を防ぐために、俺たちは全力でフリージア様を守る必要があります」
俺は全員の顔を見渡した後、腹に力を籠めてある事実を伝える。
「もし、混沌なる者の分体が現れればこの国は終わり、世界樹も破壊されてこの世界は……崩壊するでしょう」
「…………」
「…………」
その言葉に噓偽りがないことを全員が理解してるのか、空気がピリッとしたものへと変わる。
程よい緊張感に、これでハバル大臣の実力が圧倒的過ぎなければと思うが、今回もまたいつも通り無理を通し、道理を捻じ曲げて前へ進むしかない。
「あの……」
全員の覚悟を汲み取ったところで、正面のフリージア様が手を上げて遠慮がちに発言する。
「皆様の気持ちはとてもありがたい話ですが……コーイチ様、何か案でもあるのですか?」
「そう……ですね。では、こういうのはどうでしょう?」
そこで俺は、フリージア様にある提案をしてみた。




