小さな王の双肩に
フリージア様は泣きながら、城の中で何が起きたのかを話してくれた。
俺たちが二つの防壁で魔物の大群と戦い始めた頃、ハバル大臣の屋敷からゾンビとなった彼の私兵が現れて街の人たちを襲い始めが、城に残っていた精鋭の近衛兵たちによって処理されたのは街の中でも聞いた。
だが、城の中の警備が手薄になると同時にハバル大臣が現れ、カナート王へ奇襲を仕掛けたそうだ。
「急に現れたあの男に驚きはしましたが、その程度で後れを取るお父様ではありませんでした」
強さこそが全てといっても過言ではない獣人の社会の中で王に君臨しているだけあって、不意を討たれたぐらいでカナート王が揺らぐことはなく、あっさりとハバル大臣を返り討ちにしてしまったという。
カナート王はハバル大臣の四肢の骨を折り、動けなくしてから尋問を行おうとした。
「ですが、倒したと思ったハバル大臣は急に立ち上がったかと思うと、窓を破って逃げ出したのです。そして……」
「フリージア様……」
再び震えて嗚咽を漏らすフリージア様の頭を優しく撫でながら、俺は静かに話しかける。
「無理しなくていいんですよ」
「……いえ、話します。話させてください」
フリージア様はいやいやとかぶりを振ると、時々嗚咽を漏らしながら話を続ける。
カナート王に敗れたハバル大臣は、そのまま何処かに逃亡するかと思われたが、逃げる時に掴んでいたカーテンを使って階下へと突撃していったという。
「何かを壊す音や人の悲鳴が聞こえ、そして……ハバル大臣がわたくしの前に現れ……そしてっ!」
「わかりました。わかりましたからもういいです!」
もうこれ以上は何も言う必要はないと、俺はフリージア様の頭を強く抱く。
「大丈夫です。これ以上は……これ以上は何が起きたのかわかりましたから」
どうやらフリージア様を人質に取られたカナート王は、ハバル大臣の要求に従うしかなかったということだ。
そうして一方的にカナート王を蹂躙したハバル大臣は、新たな力を得て、次の力を求めてレオン王子がいる砂漠へと向かったということだ。
「ちなみにですが、そのことを国の人たちは?」
「もちろん報せていません。今は……ただでさえ情勢が不安定ですので」
「……ですよね」
街の人たちのレオン王子とフリージア様への好感度から見ても、カナート王への信頼は絶対なものであろう。
故に王が倒れたと街の人たちが知ったら、暴動が起きるようなことはないだろうが、不安を抱えている人々をさらに追い込むだけで碌なことにならないだろう。
そして、カナート王が崩御されたことを発表しないのなら、街の人たちの不安を取り除くため、元気づけるために王族の誰かが民の前に出る必要がある。
しかし、カナート王国に残っている王族は既にフリージア様しかいないので、彼女は唯一の王族として人々の前に立って鼓舞して回っているようだ。
「そう……だったんですね」
フリージア様から城で起きた出来事を聞いた俺は、改めて腕の中のフリージア様を見る。
「……どうかしましたか?」
「いえ、フリージア様、頑張りましたね」
あどけなく小首を傾げるフリージア様の目元の涙を拭ってやりながら、俺は思ったことを口にする。
「ハバル大臣の所為で国内が大変な状況な中、フリージア様も大変なのに……皆のために身を粉にして頑張って……」
フリージア様は日本だったらまだ中学校に入るかどうかという年齢で、大切な家族を一気に失って本当なら夜通し鳴き通したいはずだ。
だが、幼い頃から王族として生きてきたフリージア様にはそんな甘えも、泣く暇すら許されず、新たな王としての責務を果たすため、民のために立ち上がることを強制される。
こんな年端もいかない少女が背負うには、王という立場は余りにも重過ぎるだろう。
俺がフリージア様と同じ立場だったら、間違いなく蹲って泣きじゃくるだけで、とてもじゃないが人前に立つことなんてできない。
だが、街の人たちの様子を見る限り、フリージア様は立派に王としての役目を果たしているし、ターロンさんたち城に勤める人も彼女を支えようと必死になっている。
皆……皆、この国の明日のために、必死に戦っているのだ。
俺たちがこのタイミングでカナート王国へとやって来たのも、きっと意味があるはずだ。
「フリージア様、俺も……俺たちも全力でフリージア様を支えますから」
俺は思わず溢れそうになった涙を拭って鼻をすすると、フリージア様に向かって笑いかける。
「何があっても、この国を……レオン王子たちがいたこの国を守ってみせますから」
「……コーイチ様」
フリージア様は最初面食らったような顔をしていたが、少しして俺の言葉の意味を理解したのか、思わず見惚れるような眩しい笑顔になる。
「よろしくお願いします。王として、心から感謝いたします」
「光栄です」
これがドラマであったら、片膝を付いてフリージア様の手の甲にキスの一つでもするのだろうが、生憎と俺みたいな人間にはそんなキザな台詞もポーズも似合わない。
だが、志だけはドラマに出てくる騎士のつもりで、俺はフリージア様に大事なことを伝えることにする。
「実は、今日ここに来たのは、大事なお知らせがあったからです」
「大事なお知らせ……ですか?」
「はい……」
俺は大きく深呼吸を一つすると、いよいよ本題を切り出す。
「この国に、混沌なる者の分体の脅威が迫っています」
「えっ……ええっ!? 混沌なる者って……しかも、分体?」
「はい、その目的は世界樹の破壊だそうです」
「世界樹の……」
この世界のシンボルといっても過言ではない世界樹の破壊と聞いてスイッチが入ったのか、フリージア様が真剣な表情になって頷く。
「それは、何としても阻止しなければなりませんね」
「勿論です。ちなみにですが、その鍵を握っているのはフリージア様……あなたです」
「……えっ?」
俺の指摘に、フリージア様は目を大きく見開いたかと思うと、
「えええええええええええええええええええええええぇぇ!?」
泣き声から一転して、驚愕の声を部屋中に響かせた。




