お前は悪くないから
ソラから俺の魅力とやらを聞かされたマーリンさんに散々からかわれ、その間に用意された軽い朝食を食べて俺たちはカナート王城へと向かった。
「こんなところまで……」
城の外にまでズラリと並んだ包帯を巻いた怪我人と、むせ返るような血と消毒液の臭いに、俺は思わず焦燥感に駆られて自分の胸を鷲掴みにする。
これだけ多くの怪我人が……戦えなくなった人がいて、果たして次に同じ規模の襲撃があったらこの国は耐えられるのだろうか?
まだ精鋭中の精鋭が残っているとは聞いているが、魔物の場合、問題は強さよりもその圧倒的な数の多さだ。
数の暴力とはよく言ったものだが、例え最弱と呼ばれるゴブリンであっても、五匹も集まれば大人一人を倒せるほどの戦力になるのは痛いほどわかっている。
そうならないためにもこちらも数で対抗しなければならないのだが、果たしてどれだけの戦力が残っているのか……、
一応、砂漠の方までカナート王国軍が索敵に出ているので、敵襲があればすぐさま報せてくれることになっており、それによるとすぐさま次の襲撃が来ることはないそうだ。
だが、兵士の育成は簡単ではないし、怪我も一日二日で簡単に治るものではない。
思わずこの国の破滅する姿を想像してしまう自分に嫌気が差していると、
「おおっ、コーイチじゃないか」
聞き覚えのある声が聞こえ、俺はハッとして顔を上げる。
「どうした? 何か辛いことでもあったのか?」
視線の先には、一日ぶりに会う意識を取り戻したターロンさんがいた。
「ちょっと待ってな。今、立て込んででよ」
「えっ? あっ、はい」
「すぐ済むからよ。待っててくれ」
ターロンさんは包帯を巻いて寝ている人の横にしゃがむと、左手だけで器用に起こして食事を与えていく。
その手際は見事なもので、とても昨日、俺を庇って右手の肘から先を失ったとは思えなかった。
まるで痛みを感じさせないように振る舞うターロンさんを見て、俺はかける言葉を失ってしまう。
本当なら開口一番、ターロンさんに庇ってもらったことを、その所為で利き腕を失ってしまったことを謝罪しなければいけないのに……、
「気にする必要はないぜ」
「……えっ?」
「顔、出てるぞ」
ターロンさんは自分の顔を指差してニヤリと笑う。
「コーイチのことだから、大方自分の所為で俺の腕が無くなったとか思ってるだろ?」
「それは……はい」
思わず顔を伏せて頷くと、俺の前に巨大な影が立ちはだかる。
何だと思うと、頭を掴まれそのまま左右にシェイクされる。
「おわぁ……わわっ」
「全く、しみったれたツラしてんじゃねぇよ。俺がコーイチに謝って欲しいとか思ってると思うか?」
「それは……」
「舐めんなよ!」
「――っ!?」
眼前に怒り顔のターロンさんの黄色の瞳が映り、俺は思わず仰け反ろうとするが、彼の巨大な手が頭を掴んでいるので動かせない。
「あ、あの……」
とりあえず何か言わなきゃと思っていると、ターロンさんは「フッ」と小さく息を吐いて笑う。
「冗談だ。この腕は俺が自分で考え、判断して行動した結果だ。誰の所為でもない、戦場ではよくあることだからコーイチは何も気にする必要はない」
「……はい」
ここでターロンさんの意見を否定するのも変な気がするし、彼が気にしていないと言うのであれば、俺もそれに従うのが道理だろう。
「はぁ……」
俺は大きく息を吐いて気持ちを整えると、柔和な笑みを浮かべているターロンさんの目を真っ直ぐ見据える。
「でも、これだけは言わせて下さい。ターロンさん、命を救ってくれてありがとうございます。俺はあなたの分まで、この国の人たちを守ってみせます」
「……ああ」
ターロンさんは笑顔で頷くと、手を伸ばして俺のことを抱き締めてくる。
「本当は、ちょっと……いや、かなり落ち込んだんだが、母さんにそんな場合じゃないだろって怒られちまってな」
「レオン王子……ですね」
「ああ、生き残ったからにはやることをやるしかないからな。だからコーイチ、お前はお前の道を進んでくれ」
「わかりました」
俺は頷くと、気を取り直してターロンさんへマーリンさんから頼まれていたことを話す。
「それでターロンさん、マーリンさんから荷物を預かったのですが」
「母さんから?」
その言葉で木箱の存在に気付いたターロンさんは、そそくさと移動して箱の中を見る。
「おおっ、これは助かる」
中から新鮮そうな赤い実のトマトのような野菜を取り出したターロンさんは、近くの兵士たちに声をかける。
「お前たち、新鮮な食材が来たから厨房に運んで置いてくれ」
「はい」
「わかりました」
声をかけられた兵士たちは、嬉しそうに木箱を受け取ると、弾むような足取りで厨房へと駆けていく。
どうやらマーリンさんのお土産は、城の兵士たちに喜んでもらえたようだ。
「……それで」
兵士たちを見送ったターロンさんは、こちらを向いて真剣な表情になる。
「城に来たということは、何か用があるんだろ?」
「はい、共有しておきたい情報がありまして、カナート王に取り次いでもらえますか?」
「王へか……」
王に取り次いでほしいと聞かされたターロンさんは、苦虫を嚙み潰したような顔をする。
ターロンさんに頼めば、てっきりすぐに取り次いでもらえると思った俺は、何か嫌な予感がしておそるおそるターロンさんに尋ねる。
「な、何かあったのですか?」
「そ、それはだな……」
聞いてはいけない質問だったのか、ターロンさんは目を泳がせて城の方を見る。
すると、
「ターロン、後はわたくしが……」
答えに窮するターロンさんに助け舟が入る。
その瞬間、周囲の人たちに一斉に緊張が走ったように揃って姿勢を正す。
「コーイチ様、それに皆様。よく来てくださいました」
そこには何があったのか、出会った時とは随分と印象が変わったフリージア様が、穏やかな笑みを浮かべて立っていた。




