笑顔の裏で
混沌なる者、その分体の真の目的とは?
レド様からもたらされた情報はとても貴重ということで、カナート王国の人たちにも聞いてもらおうと、俺たちは総出でカナート王城へと向かった。
昨日は街の中でも相当な激闘があったようで、病院のベッドが足りないのか、街中は野戦病院のように怪我人で溢れていた。
「あら、シドちゃんにソラちゃんじゃないか」
その途中、街の中央広場辺りで熊……ではなく虎人族の大柄な女性から声をかけられる。
「よかった。あんたたちも無事だったんだね」
「マーリンさんも、ご無事で何よりです」
俺が誰? と小首を傾げていると、ソラが嬉しそうに駆け寄って大柄な女性の胸の中へと飛び込む。
「おやおや……」
ソラの体をいとも簡単に受け止めた大柄な女性は、ソラの頭を優しく撫でながら話しかける。
「どうしたんだい? 何か悲しいことでもあったのですか?」
「だってマーリンさん、ターロンさんが……ターロンさんが大怪我を負ったって」
「ああ、そのことか。息子が死にかけて私が落ち込んでいると思ったのかい?」
「……はい」
「フフッ、やっぱりソラちゃんは優しい子だね」
大柄な女性は優し気な微笑を浮かべてソラの頭を撫でるのを見て、俺は隣のシドに「あの人が?」と目で問いかけると、彼女は静かに頷く。
そうか……あの人はターロンさんのお母さんなのか。
片腕を失う大怪我を負ったターロンさんは、街に戻って衛生兵に託してからどうなったのかは聞いていない。
別れる直前のターロンさんは意識こそなかったが、命にかかわるような状態ではなかった。
見るからに頑丈そうななターロンさんだから、きっと問題ないと高を括っていたが、ソラの様子を見ていると、楽観視し過ぎたのかもしれないと思えてくる。
命に別条はなくても、ターロンさんは片腕を失ってしまったのだ。
もしかしたら戦士としてはもう戦いの場に立てないかもしれないし、役立たずの烙印を押されて地下遺跡送りにされるかもしれない。
そんなことを思っていると「ハハハ!」という豪快な笑い声が聞こえてくる。
「大丈夫だよ。あのバカならちょっと落ち込んでたから尻を引っ叩いて、怪我人の世話をするように言っておいたから」
「ええっ!? そ、それって大丈夫なんですか?」
目をまん丸にして驚くソラに、大柄な女性は問題ないと笑ってみせる。
「そもそも王子様を守れなかった時点で処刑されてもおかしくないのに、何の罪にも問われないそうだからね。腕の一本や二本失ったぐらいで塞いでたら、亡くなった王子様に申し訳ないよ」
「う、腕は二本しかないのですけど……」
豪快過ぎることを言う大柄な女性に、ソラは困惑したように笑う。
「おっ、ようやく笑ってくれたね」
だが、そんな細かいことを気にした素振りは見せず、大柄な女性はソラの頬を横に引っ張ってニコリと笑う。
「ソラちゃんは美人だけど、そうやって笑っていた方がより魅力的なんだから……だからいっぱい笑っておくれよ」
「マーリンさん……はい」
大柄な女性の様子から何かを汲み取ったのか、ソラは小さく頷いて再び彼女のことを優しく抱き締める。
「私、笑いますから。皆が……マーリンさんが元気になれるように」
「ああ……ああ……ありがとうね」
豪快に見えても無理をしていたのか、大柄な女性はソラのことを強く抱き締めて涙を零した。
大柄な女性、ターロンさんの母親のマーリンさんは、ソラを抱き締めたまま人目を憚らずに静かに泣き続ける。
どうやら昨日の戦闘で街中にゾンビ兵が溢れかえり、マーリンさんたちを避難させるために、若い兵士たちが何人も犠牲になったそうだ。
ゾンビ兵はカナート王の命令で出動した城勤めの精鋭たちによって、適切に処理されたそうだ。
だが、自分の代わりに若い命が散るだけでなく、見知った者たちがゾンビとなって襲いかかって来たことは、街の人たちに深い傷を残したことだろう。
わかっていたことだが、戦いは常にこういった無数の犠牲の上で成り立っているのだ。
犠牲者をゼロにするのは不可能だが、悲しむ人は可能な限り少なくしたいと思った。
「……ゴメンね。湿っぽくなっちゃたね」
ひとしきり泣いてスッキリしたのか、マーリンさんは目頭に残っていた涙を拭って快活に笑う。
「それで、ソラちゃんたちはこれから何処に行くんだい?」
「あっ、はい、実は王様に話がありまして……」
「そうか、王様のとこかい……ちょっと待ってな」
話を聞いたマーリンさんは、ソラに一言断りを入れて巨大な幹をくり抜いて作った店の中へと入って行く。
「あそこは、マーリンの店なんだ」
というシドの説明を聞きながら待っていると、中から大きな木箱を抱えたマーリンさんが出てくる。
「城に行くなら、ウチのバカ息子にこいつを持っていっておくれ」
そう言って差し出されたのは、色とりどりの野菜が入った木箱だ。
「今の城は、人も物資もいくらでもいるだろうからね。バカ息子にこれを渡してくれれば、有効活用してくれるはずだよ」
「はい、わかりました」
マーリンさんからの要請に、ソラは笑顔で頷いて木箱を受け取る。
「あわわ……」
といっても流石にマーリンさんほどの力がないからか、ソラは木箱を支え切れずに前へとバランスを崩す。
「ソラ!」
俺は反射的に飛び出し、手を伸ばして木箱を支えてやる。
だが、
「ふぐおおおおおおぉぉ!」
マーリンさんから渡された木箱は予想より遥かに重く、不自然な体制で受け止めてしまったので、このままでは腰を痛めてしまいそうだった。
「おい、コーイチ。何やってんだ」
「だらしないですよ。浩一君」
俺の悲鳴を聞いてマズいと思ったのか、シドと泰三が素早くやって来て木箱を支えてくれたので、俺はどうにか事なきをえる。
「わ、悪い……助かった」
「全くすぐに無茶するんですから」
「まあ、そういうところがコーイチのいいところだけどな」
助けてもらった二人からの呆れたような視線に、俺は何も言えず苦笑するしかない。
とりあえず複数人で持っていけば木箱は問題なく運べるだろう。
そんなことを思っていると、
「えっ、コーイチってこの人が噂のコーイチって人間かい?」
マーリンさんが目を大きく見開いて、俺のことを指差してソラに向かって話しかける。
「このいかにも頼りなさそうな男が、ソラちゃんたちのいい人なのかい?」
「あっ、ハハハ……はい、でもコーイチさん魅力はそこじゃないんですよ」
ソラは乾いた笑い声を上げながらも、驚きの顔で固まるマーリンさんに俺について話していく。
だけど、自分の目の前で自分について話されるのは非常に恥ずかしいわけだ……、
ソラ、頼りなくてごめん。
心の中でソラに謝罪しながら、俺はそそくさと木箱を持つ役目に徹することにした。




