姉妹の絆
地下遺跡まで移動した俺は、巨大な岩の影から這い出て周囲の安全を確認する。
念のためアラウンドサーチも使って周囲に誰もいないことを確認した俺は、影の中に手を差し伸べる。
「シド、着いたよ」
「あ、ああ……」
俺に手を引かれて影から出てきたシドは、フラフラと千鳥足で数歩移動してがっくりとその場に項垂れる。
「うげえええぇぇぇ……」
「シ、シド!?」
美少女が出してはいけない声を上げてえずくシドに、俺は慌てて駆け寄って背中を擦る。
「だ、大丈夫か?」
「ううぅ、気持ち悪い……」
俺の上着を着たシドは、青い顔で俺の胸に体重を預けてくる。
「何だよあれ……こんなの絶対にムリムリ」
「そ、そんなに?」
シドの足を気遣い、ここまでヴォルフシーカーを使って移動して来たのだが、却って彼女の負担になってしまったかもしれない。
レンリさんも言っていたが、ヴォルフシーカーの同行者への負担は相当なもののようだ。
ソラも影の中の移動を体験したが、移動距離が短かったからかシドのように酷い症状にはなっていなかった。
ヴォルフシーカー……とても強力な移動スキルではあるが、同行者を伴う場合は色々と気を付けなければいけないな。
今回の反省を次に活かそうと思いながら、俺は背中を擦って少し落ち着いた様子のシドに話しかける。
「シド、立てる?」
「……無理、立てない」
シドは甘えたような声を上げると、俺の胸に顔を埋めてぐりぐりと頬擦りしてくる。
「気持ち悪い、足が痛い、そして何より…………股が痛い」
「ハ、ハハッ……」
恨めし気に見上げてくるシドを見て、俺は乾いた笑い声を上げるしかない。
「男はいいよな、勝手に気持ちよくなるだけでよ……」
シドは俺の胸に人差し指で「の」の字を描きながら、不貞腐れたように頬を膨らませる。
「それに比べてあたしなんて痛くて痛くて……最期の方は少しは慣れたから、気持ちよくなりたかったのに……」
「わかった。わかったから……体力なくてゴメンね」
こちらとしてもシドの期待に応えてやりたかったが、生憎と彼女ほど体力があるわけでもないし、何より出せるモノにも限界があるのだ。
流石にこれ以上の愚痴は誰かに聞かれでもしたら恥ずかしくて死にたくなるので、俺は観念してシドの膝の裏に手を差し入れてお姫様抱っこをしてやる。
「その……今度はもっと元気な時に時間をかけてゆっくりやるからさ」
「本当に?」
「本当だって。それにさ……」
俺はかつて違法風俗店で親友から聞いた話を思い出しながら話す。
「聞いた話だと、人間と獣人じゃ子供は出来づらいって話だから、これからいっぱい頑張らなきゃいけないからな」
「わかった。じゃあ、次はたっぷり時間をかけて最低でも五回はやろう」
「…………三回でお願いします」
譲歩案を口にしながらも、正直そこまでやる自信はない俺は、その時は事前に精が付くものを大量に食べておこうと思った。
長い時間はかかったが、ようやく関係を一歩進めることができた俺とシドは、互いの熱を確かめ合うように密着しながら地下遺跡の長い階段を降りる。
階段の途中には戦いの痕跡を示す血痕が大量に残されていたが、既に死体の処理はしたようで、俺が潜入した時にあったゾンビたちの死骸はなかった。
となれば、派遣されたカナート王国の兵士たちの死体も弔ってもらえただろう。
身を挺して地下遺跡に住む人たちを守ってくれた戦士たちに感謝しながら、俺はシドを抱えて階段を降りる。
転ばないようにと、ゆっくりとした足取りで階段を降りていると、
「……あっ」
何かに気付いたシドが小さく声をあげ、俺の肩を叩いてくる。
「コーイチ、降ろしてくれ」
「えっ? あっ、うん……」
一体何だろうと思ったが、シドの雰囲気からイチャイチャするのは終わりと察した俺は、彼女の足を気遣いながら降ろしてやる。
「足、大丈夫?」
「ああ、歩く分には問題ない……ただ、ちょっと血が足りないから走るのは無理だ」
自分の足で立ったシドは、その場で足踏みをして健在ぶりをアピールする。
どうやら本当に獣化による自然回復力だけで、あれだけ多くの血が流れた傷を治してしまったようだ。
シドの……というより獣人の脅威の回復力に驚いていると、
「姉さん……」
階下から控えめな声が聞こえ、そちらへと目を向けると微笑を浮かべたソラが佇んでいた。
「ソラ……」
「シド?」
ソラの顔を見たシドが身を固くするのを見て、俺は思わず姉妹を見比べる。
こ、これって、もしかして修羅場というやつではないだろうか?
考えてみればソラも俺のことを好きと言ってくれていたが、俺はそんな彼女の想いに応えることはなくシドを選んだ。
その選択に後悔はないが、ソラの気持ちを考えれば、決して気持ちよく俺たちを出迎えに来てくれたわけじゃないだろう。
なら、ここは決断を下した俺が矢面に立つべきだろう。
そう思って前へと出ると、
「コーイチは下がっててくれ」
「えっ? で、でも……」
「いいから、これはあたしたち姉妹の問題だ」
「…………わかった」
真摯な表情で「頼む」と目で訴えられ、俺はおとなしく引き下がる。
ただ、まずないとは思うが、刃傷沙汰なんて物騒な展開になっても対応できるように、すぐに飛び出せる準備だけはしておくことにする。
息を飲んで状況を見守っていると、シドとソラは互いに歩み寄って向かい合う。
「ソラ、その……」
シドはどうにか言葉を紡ごうとするが、上手く言葉が出てこないのか何度も手を上げては降ろすを繰り返す。
「フフ……」
逡巡するシドに、ソラはクスリと小さく笑みを零すと、手を伸ばして姉の体を優しく抱く。
「姉さん、おめでとうございます」
「ソ、ソラ?」
「悲願が叶ったのですから、もっと嬉しそうにして下さい」
驚くシドの背中を優しく撫でながら、ソラは俺の方を見てニッコリと笑う。
「コーイチさんも……姉さんのこと、どうぞよろしくお願いします」
「そ、それは勿論……」
「約束ですよ。もし、姉さんを泣かしたら私、本気で怒っちゃいますから」
「う、うん」
可愛い顔をしているが、思わず背筋が凍るような気配を感じながら俺はコクコクと大きく頷く。
俺が頷くのを見たソラは、固まっているシドの耳元に顔を寄せて何事かを呟く。
すると、
「うっ、ううっ……うわあああああああああああああああああぁぁぁん!」
何かを聞かされたシドが、声を上げながら泣き出してソラのことを固く抱き締める。
「ごめん……ごめん、ソラ。それと、ありがとう……あああああぁぁ……」
「もう、姉さんったら……皆さんが驚いてしまいますから、もう少し声を抑えて下さい」
泣きじゃくるシドの背中を、ソラは優しく撫でながら困ったように相好を崩した。




