いってらっしゃい
地面に刺さった槍を回収した泰三は、隣に並んだロキを優しく撫でると、シドに向かって笑いかける。
「あの……シドさん、ですよね」
「あ、ああ……」
まさかと思った人物の登場に、シドは自分が獣化していることも忘れて、青と白の自警団の制服を着た泰三に話しかける。
「そういうお前はタイゾーか?」
「はい、浩一君の親友の泰三です。よかった、やっぱりシドさんだった」
「やっぱりって……ハッ!?」
そこでシドは、自分が獣化していたことをようやく思い出して思わず身構える。
「タイゾーお前……今のあたしを見て何か思わないのか?」
「何かと言われれば……そうですね。いまだかつてない迫力を感じています」
「うくっ……」
ハッキリと言われたわけではないが、案に今の姿が怖いと思われたシドは、逃げるように一歩後退りして自信を守るように抱く。
ダメだ。やはりこの姿を浩一に見せるわけにはいかない。
泰三の言葉でそう決めたシドだったが、今は家族の安否確認の方が大切だ。
そう判断シドがペンターの消えて行ったダルムット船へと向かおうとすると、
「おっ、こっちも終わったんだな」
「――っ!?」
まさかのダルムット船の方から浩一の声が聞こえ、シドは思わず身を固くする。
「あっ、浩一君」
浩一たちの姿を見た泰三が笑顔で手を振るのを見て、シドは密かに安堵する。
幸運にもまだ振り返ってはおらず、浩一と目を合わせることを避けられたシドは、泰三だけに聞こえる声で尋ねる。
「タイゾー、コーイチと一緒に誰がいる?」
「あっ、はい……浩一君とソラちゃんが見えます。他の人は見えませんが、雰囲気から大きな事故はなかったと思います」
「そう……か」
ソラたちの無事がわかり、シドは安堵の溜息を吐く。
(何をしたのかわからないけど、流石はコーイチだ)
相手があのペンターであるにも拘らず、それを跳ね除けてみせるところが、自分の相棒の凄いところだ。
今回、大きな虫人に完全に後れを取ったシドとしては少し悔しい思いもあるが、日に日に頼りになる浩一の成長を頼もしく思った。
※
新スキル、ヴォルフシーカーを使ってダルムット船の外へと出ると、外での戦闘は既に終わっていた。
ロキと泰三、それにシドがいるのだから当然といえば当然か。
そんなことを思いながら泰三と無事を確認し終えた俺は、彼の隣に立つ巨大な人影へと目を向ける。
俺より大きな体躯をした人影は、顔こそ見えないが膝裏まで届いている長い髪や、頭の上にある特徴的な三角形の耳、そしてふさふさの毛並みの良さそうな尻尾には見覚えがあった。
「シド?」
「――っ!?」
試しに声をかけて見ると、大きな人影はビクリと震わせたかと思うと、
「あっ……」
こちらを振り返ることなく、大きく跳んだかと思うと、そのまま地下遺跡の出口に向かって跳ねるように去っていく。
「…………えっ?」
思っていたのと違うリアクションをする人影を見て、俺は隣にいるソラに確認するように尋ねる。
「ソラ、今の去っていった人ってシドだよね?」
「あっ、えっと……その……」
その問いかけに、ソラは何と答えたものかと考えるように視線を泳がせる。
……どういうことだ。
顔は見えなかったし、泰三より一回り以上も大きい体は明らかにシドのものではない。
だが、多少特徴が変わったところで、俺がシドを見間違えるはずがない。
自分の中で確信を得た俺は、煮え切らない態度のソラへと詰め寄る。
「ソラ、教えてくれ。さっきのはシドで間違いないよな?」
「…………は、はい」
片を掴んで近距離で問いかけると、ソラは観念したように小さく頷く。
「あれは、姉さんが本気を出した時の姿です」
「そうか、やっぱり……」
やはり俺の見間違いではなかったようだ。
一刻も早くシドを追いかけなければならないと思った俺は、
「ソラ、ちょっと行ってくるよ」
ソラの肩を叩いて後を任せると、逃げた彼女を追いかけるために足に力を籠める。
すると、
「ま、待ってください!」
駆け出そうとする俺を、ソラが手を掴んで止めてくる。
「コーイチさん、どうして姉さんが逃げたかわかっているのですか?」
「えっ? そ、それは……」
ソラの問いかけに、こんなことを言うのは自惚れだと思うが、俺は素直に思ったことを口にする。
「多分、俺に本気を出した姿を見られたくないから、とか?」
「わかっているなら、どうして追いかけようとするのですか!」
あっ、合ってるんだ。
レオン王子が本気を出した獣化した姿を見ていたから、シドはおそらく人狼のような姿になっていると思われる。
でも、例えシドが本気を出した姿や顔が、美少女から狼そのものになっていたとしても、俺のシドへの気持ちは微塵も揺るがない。
そう思っているのだが、どうやらシドやソラはそう思ってはいないらしい。
「お願いです。コーイチさん、姉さんの気持ちも考えてあげて下さい」
「それは……そうしたいんだけど」
俺がシドを一刻も早く追いかけなければと思うのには、ある理由があった。
「どうやらシドは、何処か怪我をしているようなんだ」
「えっ、姉さんが!?」
「うん、間違いないよ」
俺は頷きながら、先程までシドがいた場所を指差す。
そこには血だまりと思われる地面が黒ずんだ跡があり、その量は遠目にもわかるほどだった。
「俺に姿を見られたくない一心で逃げたのかもしれないけど、今頃は傷口が開いて苦しんでるかもしれないだろ?」
「そ、それは……」
血だまりを見たソラは、口を手で覆って顔を青くさせる。
きっとシドから本気を出した姿のことは、俺に黙っているように口止めされていたのかもしれない。
だが、今この状況に置いては、姉妹の約束を破ってでも、シドの無事を確認する必要があった。
「大丈夫、シに怒られたら土下座でも何でもして平謝りするからさ」
「姉さんは、コーイチさんにそんな酷いことはさせませんよ」
ソラは諦観したように大きく息を吐くと、ゆっくり手を放してくれる。
「……わかりました。コーイチさん、姉さんをよろしくお願いします」
「ああ、任された」
俺はソラの肩をポンポンと叩いて笑いかけると、シドを探すことを泰三に身振りで伝えて地下遺跡の出口へと向かって行った。
※
「……コーイチさん」
去っていく浩一の背中へと何度も手を伸ばしては戻す行為を繰り返しながら、ソラは自分の目から涙が溢れてくるのを自覚する。
去っていくシドの背中を見た時、ソラはかつて見た予知夢を思い出していた。
ここで浩一を見送ってしまえば、二人の関係はソラの及ばないところまで行ってしまうということを……
だから是が非でも浩一にシドを追いかけてほしくないと思ったが、姉のことを本気で心配する彼の顔を見た時、全てを悟ってしまった。
(ああ、どう頑張っても、私の願いは叶わないんだ)
それに浩一と同じくらい……いや、それ以上に中々素直になれない姉のことが大好きだし、自分とミーファのために人生を犠牲にしてきた彼女には幸せになってもらいたい。
だからせめて、最後ぐらいは浩一に嫌われないようにと、彼を笑顔で送り出した。
果たしてそれが何処まで上手くできたかはわからない。
せめて浩一の姿が見えなくなるまでは、万が一にも振り返った彼が不安を抱かないようにと、涙を流しながら顔を上げ続けた。
そうして浩一の姿が地下遺跡の階段へと消えて行ったところで、
「うっ、ううっ…………」
ソラは両手で自分の顔を覆って、静かに泣きはじめる。
それはソラの初恋が、儚くも散ってしまった瞬間だった。




