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チートスキルで無双できない人に捧げる異世界生活~現実を捨ててやって来た異世界は、思ったより全然甘くはありませんでした~  作者: 柏木サトシ
第二部 第四章 暁に燃える森

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堅牢な装甲を貫く

 ――時間は浩一たちがダルムット船へと突入する前へと遡る。


「あぐっ」


 大きな虫人による一撃をまともに受け、近くの建物の壁を突き破って吹き飛ばされたシドは、背中を強かに打って堪らず肺の中身を吐き出す。


「……クソッ、油断した」


 口内に血の味をするのを自覚しながら、シドは素早く立ち上がって身構える。


 すると、目の前に腕を振りかぶった大きな虫人の姿が見え、シドは歯を食いしばって右拳を構える。


「おい、あんま調子に……」


 唸りを上げて迫る二本の拳を紙一重で回避しながら、シドは握り込んだ右拳を大きな虫人の顔目掛けて振るう。


「乗るんじゃねえぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉっ!」


 烈火の雄叫びを上げながら繰り出されたシドの右拳は、カウンター気味に大きな虫人の顔を捉え、大きく吹き飛ばす。


「――チッ!? 硬すぎだろ」


 カウンターには成功したが、反動で自分の右拳の骨が砕ける音を耳にしながら、シドは追撃すべく前へと出る。


「例え右手が使えなくなって……」


 まだ左手と両足……そして、獣化して鋭くなった牙がある。


 シドはズラリと並んだ牙を剝き出しして獰猛に笑うと、地面を蹴って大きく跳びあがる。


「次で決めてやるよ!」


 カウンター攻撃が効いたのか、よろよろと起き上がっている大きな虫人目掛けてシドは飛び蹴りを繰り出す。


 だが、早期に決着を付けようとしたシドの作戦は、この場においては失策だった。


 立ち上がった大きな虫人は、二つの顎を大きく開いて空中にいるシドを睨む。


「――っ!? しまっ……」


 気付いた時にはすでに遅く、大きな虫人の口から緑色の毒液を吐き出す。

 空中で身動きを取れないシドは、毒液を伸ばした足でまともに受けてしまう。


「いぎっ!?」


 右足に走る焼けるような痛みに顔をしかめながらも、シドは下にいる大きな虫人の顔を思いきり蹴り飛ばす。


「ギギャッ!?」


 獣化して体重も増えたシドの蹴りをまともに受けた大きな虫人は、地面を何度も跳ねながら吹き飛ぶ。


「ぐううぅぅ……」


 痛みで地面に落ちるように倒れたシドは、苦悶の表情を浮かべて毒液を浴びた右足を押さえる。


 毒液を浴びた足は、まるで熱した油を浴びたかのようにただれ、少しでも動かすと意識が飛びそうなほどの激痛が走る。


「うぐぐっ……でも、時間さえ稼げれば……」


 涙目になりながらも、獣化したシドの回復力は波の人間を軽く凌駕しており、こうしている間にも、焼けてただれた足が早くも回復し始めていた。


 しかし、そんな脅威の回復力を誇るシドであったが、流石にものの数秒で立ち上がれるほど回復はしない。


 対する大きな虫人は、シドの蹴りをまともに受けて顔の半分がひしゃげていたが、特に気にした様子もなく立ち上がる。


「ギギッ!」


 さらにひしゃげて閉まらなくなった顎を邪魔だと思ったのか、右上の顎を引き千切ると、何事もなかったようにシドに向けて突撃する。


「痛みに苦しむとかないのかよ……」


 歪な顔のまま猛然と突撃してくる大きな虫人を見て、シドはどうにか迎え撃とうと立ち上がろうとする。



「あぐっ!?」


 だが、流石に獣化した体でも重傷を負った足の痛みに耐えることができず、シドは堪らずその場に膝を付く。


「……だったら!?」


 せめて、残った足と両手で迎撃してみせると、シドは歯を食いしばって大きな虫人を睨む。


「あたしはこんなところで、負けるわけにはいかないんだよ!」


 大切な家族を守るためにも、何としても目の前のバケモノを倒し切る。

 決死の覚悟で挑むつもりのシドであったが、目の前に迫っていた大きな虫人に横から現れた黒い影がぶつかり、巨大な影が大きく吹き飛ぶ。


「っと、ロキか!?」

「わん!」


 現れた黒い影をしっかりと見ていたシドが声をかけると、ロキは振り返って「お待たせ」と声をかける。


「わんわん」

「獣化してもロキが何を言っているかわからない……か」


 だが、言葉の調子から「もう、大丈夫」と言われたことを理解したシドは、内心で焦りながら周囲を見渡す。


「コーイチは……まだ来ていないか」


 獣化した姿を浩一に見られたくないシドは、密かに安堵して油断なく大きな虫人を睨んでいるロキへと声をかける。


「ロキ、今すぐそのバケモノを倒すぞ」

「わん!」


 シドの声に元気よく応えるロキであったが、どうしてかその場から動こうとしない。


「……どうした?」


 ロキの突撃を受けてもたいしたダメージにならなかったのか、ゆっくりと起き上がる大きな虫人を見ながら、シドは巨大狼に向かって叫ぶ。


「ロキ、今すぐそいつを倒せ!」

「わふっ」


 シドの必死の叫びに反して、ロキは軽い調子で返事をするだけで動こうとしない。


「…………ロキ?」


 シドの命令を聞こうとしないロキを訝し気に見ていると、立ち上がった大きな虫人の頭上がキラリと光る。


「ん?」


 一体何事かとシドが顔を上げた途端、何かが高速で飛来して大きな虫人の胸部を貫く。

 胸に大穴を開けられた大きな虫人はぐらりと揺れかと思うと、そのままうつ伏せに倒れる。


「えっ?」


 思わず間抜けな声を上げるシドの目の前で、大きな虫人の体がボロボロと崩れていく。


「あのバケモノが死んだ……槍の一撃で?」


 訳がわからないと混乱するシドの目には、大きな虫人の体を貫いたと思われる長槍が映る。


 手入れは良くされているが、青と白の飾り布が付いたどうみてもただの槍。

 こんな常識外れな芸当ができる人物をシドはそう多くは知らないが、たった一人だけ心当たりがある。


「まさか……」


 そんなはずがない。そう思って顔を上げたシドの視線の先に、


「もしかして、シドさん……ですか?」


 最早懐かしいという言葉が似合う、青と白の自警団の制服を着た泰三が駆け寄って来るのが見えた。

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