名前を付けてもいいですか?
せっかく新しいスキルを使ってカッコよく登場したと思ったのに、最後でやらかすのがいかにも俺らしいと思った。
だが、地下遺跡に住む人たちに犠牲者が出なかっただけでも良しとしよう。
「もう、上も下もわからないし、音も聞こえないし、何なのよあれ!」
「ええっと、ちょっと説明は難しいんですけど……」
一人真っ暗闇の世界で置いていかれたことが余程怖かったのか、涙ぐんでいるレンリさんを宥めていると、
「……レンリ……なの?」
驚いたような、それでいて喜びを隠せないといった様子の声が聞こえ、俺はすっかり本来の目的を忘れている小さな肩を叩いて後ろを向くように指示する。
「ほら、レンリさん」
「何よ、一体何が……」
俺に促されて後ろ振り返ったレンリさんの声が途中で止まる。
顔は見えないが、こちらを見ているネイさんの目にみるみる涙が溜まり、感極まったようになっていることから、きっとレンリさんも同じ顔をしているのだろう。
「姉さん……ネイ姉さんなの?」
「そうよ。ああ、レンリ!」
互いの存在を確認し合った姉妹は、一気に距離を詰めて熱い抱擁を交わす。
「姉さん……姉さん……会いたかった!」
「私も……もう、会えないと思っていたのに、まさかこうして抱き締められる日が来るなんて……」
「うん……うん……会いたかった。会いたかったよおおおおおおおおおぉぉぉぉ!」
「もう、レンリったら……うっ、ううっ……うわあああああああああああぁぁぁん!」
声を上げながら滂沱の涙を流して抱き合う姉妹を見て、
「本当に……本当によかった」
俺もちょっともらい泣きしてしまう。
子供の頃は何とも思わなかったが、人の再会シーンを見て感動して涙ぐんでしまうのは、大人あるあるな気がする。
「……コーイチさん」
静かに泣く姉妹に感動していると、俺の下へミーファを抱いたソラが遠慮がちにやって来る。
「コーイチさん、何ですよね?」
「そうだよ。やっぱり驚いた?」
「はい、何もないところから急にコーイチさんが現れたものですから」
「そうだよな……」
やっぱり誰も駆け寄って来なかったのは、俺が本物かどうか図り兼ねていたようだ。
ソラがそう思うのも無理はないだろう。
「実はあれは、俺の新しい力のお蔭なんだ」
「新しい力ですか」
「うん、大切な友達が教えてくれたんだ」
砂漠イルカの顔を思い出しながら、俺はソラに新たに習得したスキルについて話す。
俺が新たに習得したスキルは、簡単に言うと影の中を移動できるというもので、影の中に潜り、自在に飛び出せるものだ。
影に沈んで影から影へと自在に移動することができるので、相手が影を背負う場面であれば、確実に背後を取ることができるのはとても大きい。
自在に移動できるスキルだが、当然ながら制約があり、影がない場所には移動することはできないし、影に潜った後で周囲に一切の影がなくなり、影の世界に残されたらどうなるかはわからない。
これに関しては試して『いしのなかにいる』ならぬ『影のなかにいる』状態になったら洒落にならないので、可能な限りその状況に陥らないようにしたいと思っている。
影の中を自在に移動するといっても歩くとか走るというのではなく、影の世界を自在に泳ぐ感じに近く、砂漠イルカの背中に乗って戦った経験が大いに活きた。
能力そのものも、砂漠イルカの砂の中を移動するのと似ており、偶然だと思うが、砂漠イルカと一緒に戦った経験は、正にこのためにあったのではないかと思ってしまう。
他にもこのスキルには、俺が影に入る時に追加で一人だけ、一緒に影の世界に連れて行くことができたりもする。
「入口がゾンビだらけでソラたちが危ないと思ったから、俺とレンリさんだけ先行して助けに来たんだ」
「そうだったんですね……でも、どうしてレンリさんがここに?」
「ネイさんに会うために来たんだよ。二人は生き別れの姉妹だからね」
本当は戦いの場にレンリさんを連れてきたくはなかったのだが、グランドの街からこのカナート王国まで、殆ど休みなしで駆け抜けてきた彼女の溜まりに溜まった姉への想いを止めることはできなかった。
ただ、俺は影の世界に入ってもある程度外の様子を把握できるのだが、一緒に影の世界に入った人物は何も見えず、冷たい水の中を漂う感じになるそうで、レンリさん曰く滅茶苦茶怖いとのことだった。
「でも、無理した甲斐はあったかな?」
「そう……ですね。あんな感情を出して泣くレンリさん、初めて見ました」
声を上げながら泣き続けるレンリさんを見て、ソラも感極まったのか溢れて来た涙を拭う。
グランドの地下でのレンリさんをよく知っているだけに、ソラも色々と思うところがあるのだろう。
俺は静かに泣くソラを抱き寄せると、慰めるように優しく頭を撫でる。
「ソラも凄く怖かっただろうけど、よく頑張ったね」
「はい……ありがとうございます」
「おっと」
緊張の糸が切れたのか、力が抜けたように体重を預けてくるソラを支えながら、俺は優しく彼女の頭を撫で続けた。
その後も暫の間、ペンターが撒き散らしたという毒霧の影響で、精霊たちが近寄れないとのことなので、一先ず皆にはこの船倉で待機してもらうことにした。
俺はネイさんに眠らされたミーファとうどんをネイさんに任せ、ソラと一緒にシドの様子を見に外に向かっていた。
シドの援護にロキと泰三の現戦力の最強コンビが向かっているので、外の戦いも程なく終わるだろう。
「そういえば……」
船内の通路に出たところで、隣を歩くソラが俺に話しかけてくる。
「コーイチさんの新しい力、名前はあるのですか?」
「う~ん、それだけどね……ないんだ」
実は新たに習得したスキルには名前はない。
これまでのスキルは『グラディエーター・レジェンズ』から引用したものだし、調停者の瞳は、人語を介する魔物がそう呼んでいたのでそう言う名前なんだろうと思って使っている。
だが、今回は砂漠イルカのお蔭で習得したのだが、彼からはスキル名までは与えられなかった。
かといって、スキル名がないのでは今後、作戦を伝える時に歯切れが悪くなりそうなので、早いところスキル名を決めておきたい。
「でしたらその名前、私が付けてもいいですか?」
「ソラが?」
思わぬ提案に目を見開くと、ソラは恥ずかしそうに小さく頷く。
「実はあの時、コーイチさんを見た時に思いついた言葉があるんです」
何? とソラに続きを促すと、彼女は前を見てその名を告げる。
「ヴォルフシーカー」
「ヴォルフシーカー?」
「はい、ノルン城に伝わる余りにも早過ぎて、影しか見えないとされた伝説の狼人族の名前です。あの時のコーイチさんは、正にヴォルフシーカーそのものでした」
「そうなんだ……」
そんなおおそれた名前を、果たしてスキルの名前にしていいものかどうか一瞬だけ考えたが、せっかくソラが付けてくれた名前だ。
名前の響きもカッコイイし、変に凝った名前を付けるよりも由来もわかりやすくていい。
「うん、いいね」
俺はニッコリと笑って頷くと、ソラに向かって手を伸ばす。
「それじゃあ、せっかくだから船の外までヴォルフシーカーを使って出てみるかい?」
「はい、でも……大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だよ。少しの時間だし、ソラが不安にならないように絶対に手を離さないから」
「わかりました」
ソラは手を伸ばすと俺の手を取って、指を絡める恋人つなぎをする。
「……これなら、絶対に離れませんから」
「ハハハ、そうだね」
ちょっと恥ずかしかったがソラの言うことは尤もなので、俺は彼女の手をしっかり握ると新スキル、ヴォルフシーカーを使ってダルムット船の影へと沈んでいった。




