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チートスキルで無双できない人に捧げる異世界生活~現実を捨ててやって来た異世界は、思ったより全然甘くはありませんでした~  作者: 柏木サトシ
第二部 第四章 暁に燃える森

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怖くない理由

 のっそりとした動作で船倉の中に入って来たペンターは、四本ある両手を広げて入り口を塞ぐ。


「ホッホッ、これでお主たちはワシを倒さぬ限り、出られぬというわけじゃ」


 そう言ってペンターは鋭い爪を動かして、中の者を値踏みしていく。


「召喚魔法の少女に、獣と意思疎通が取れる少女、次代の巫女にエルフの姫……ククク、これは解剖しがいがありそうじゃ」


 ペンターが嬉々として獲物を値踏みをしていると、


「ぷぷぅ!」


 うどんの声が聞こえ、ペンターの伸ばしていた腕が吹き飛ぶ。


「おおっ、まさかこの腕を簡単に引き裂く者がいるとは……」


 傷口から黄色い体液を撒き散らしながら、ペンターが驚愕の声を上げる。

 さらに、


「……舐めるな」

「この化物め!」


 ペンターの隙を突いて挟み込むように移動した数少ない大人の男性陣、ウォルと片足がないファンが捨て身の覚悟で突撃する。



 だが、


「悪いが人だろうが獣だろうが男には興味がなくてのう」


 そう言いながらペンターの背中の鞘翅(さやばね)を開いて緑色の霧を発生させる。


「うぐっ……」

「がぁ、の、喉が……」


 緑色の毒霧をまともに浴びた二人は、喉を押さえてその場に蹲る。


「お爺ちゃん!?」

「ファンさん!」


 ショコラとバドが苦しむ二人を見て思わず飛び出しそうになるが、近くにいた者たちが必死になって止める。


「ホッホッ、安心せい。苦しんではおるが、死ぬことはある巻いて」


 気が気でない様子のショコラたちに、鞘翅を閉じて毒を収めたペンターが呑気な声で話す。


「ここで致死性の毒を撒いたら、貴重なサンプルたちにまで被害が及ぶからのぅ」


 それでも毒の効果はあるようで、蹲って苦しむウォルとファンの二人をペンターは足蹴にして端へと寄せると、二つの複眼をギョロリと動かす。


「中々素早いが、虫の目を舐めない方がいいぞ」


 そう言ったペンターが残っている三本の手を素早く振るい、毒を避けながら再び攻撃を仕掛けようとしたうどんをあっさりと捕獲する。


「キイィィ! キイイイイィィィィ!!」

「ホッホッ、これはヴォーパルラビット……いや、魔物化していないということはトントバーニィか。魔物化せずにこの強さ……何と貴重な」


 腕の中でジタバタと暴れるうどんを二つの複眼でしげしげと眺めると、二つの顎を開いて大口を開けて一口で丸飲みする。


「うどん!」

「ミーファ、ダメ!」

「はなして! うどんが……うどんが……わあああああああああああああああぁぁん!!」


 大切な友達が目の前で食べられたことにショックを受け、半狂乱になって泣き叫ぶミーファを、ソラは飛び出さないように後ろから羽交い締めにする。


「まだ、丸飲みされただけだから、急げば助けられるから!」

「いや、うどんはミーファが……ミーファがたすけるの!」

「そんな危ないこと、させられるわけないでしょ!」

「ソラ様……」


 暴れるミーファをソラがどうやっておとなしくさせるべきか苦慮していると、ネイがやって来て幼子の口に軽く布を当てる。


「ミー……ファが」


 鼻と口に布を押し当てられたミーファの目が徐々に下がって来たかと思うと、彼女はそのまま眠りに落ちていく。


「ネ、ネイさん?」


 何をしたのかと不安そうな表情を浮かべるソラに、ネイは落ち着いた微笑を浮かべて僅かに甘い香りがする布を掲げてみせる。


「眠り薬で眠らせました。本来は子供用ではないので、あまり長く眠らせるわけにはいかないのですが……」

「そ、そうですか、助かりました」


 腕の中のミーファの規則正しい呼吸音を聞いて胸を撫で下ろしたソラは、彼女のを胸に抱いたままネイに尋ねる。


「ネイさん、何だか落ち着いていませんか?」

「そう……ですね」


 ネイは幸運のお守りにもなると謳われた長い尻尾を大切そうに抱くと、静かに頷く。


「実は、予感がするのです」

「予感?」

「はい、私たちにはこれ以上の危害は加わらないという予感がするのです。後、とても懐かしい気配も……」

「それって猫人族(ねこびとぞく)の?」

「そうかもしれません。ただ、そう思っているのは私だけではないようです」


 そう言ってネイが見やる先は、一人だけあらぬ方向を見ているフィーロだ。



 フィーロの異変に気付いたのは、ネイだけではなかった。


「先程から何やら狙っているようじゃが……」


 再び精霊を遠ざける毒を撒き散らしながら、ペンターはフィーロへと問いかける。


「何度呼びかけても、どう足掻いても精霊は来ぬし、魔法は使えぬぞ」

「……そのようですわね」


 フィーロは小さく頷いてペンターと視線を合わせる。


 当初、魔法が使えないとわかった時、フィーロは気が気でなかった。


 ペンター曰く、場を汚されただけで部屋の中にいた精霊がすっかりいなくなり、フィーロが呼びかけても聞こえるのは「痛い」という悲鳴や「ごめん」という謝罪ばかりだった。


 精霊たちの苦しそうな声を聞く度に、フィーロは胸が張り裂けそうな気分になる。


 フィーロにとって精霊という存在は常に身近に、それこそ呼べばいつでも来てくれる家族よりも強い絆で結ばれた存在だった。


 そんな家族同然の大切な存在を汚され、傷付けられて平静でいられるはずがない。

 本当は泣き叫び、喚き散らしてやりたい。


 そう思った矢先、外にいる精霊たちから聞こえる声に別の言葉が混じり出したのだ。


「来るよ」

「あの人がやって来るよ」

「悪い奴を懲らしめるため、あの人がやって来るよ」


 精霊たちの期待の声は徐々に大きくなり、今は悲鳴よりも歓喜の声の方が上回っている。


 誰が来るのかなんて、今さら精霊たちに問いかける必要はない。


 大切な家族を守るためなら、あの人は例え火の中だろうと、水の中だろうと絶対に駆けつけるはずだから。



 精霊たちの声を聞いて、何も恐れることがなくなったフィーロは、優雅な笑みを浮かべてペンターに告げる。


「ところであなたこそ、そんな余裕を見せていいのですか?」

「何の話じゃ?」

「ミーファを泣かせたこと、あの方は大変お怒りのようですわよ」

「何を言って……アガッ!?」


 フィーロの問いかけに、困惑した様子のペンターの言葉が途中で止まったかと思うと、口から大量の黄色い体液を吐き出す。


「な、何が……」


 何が起きたのか理解できずペンターが視線を下に向けると、自分の胸からナイフの切先が飛び出ているのが見えた。

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