最強と呼ばれる力なら?
「な、何だ。何が起きている」
緑色の毒霧の向こうから聞こえてくる不気味な音に、口元を押さえながらシドは眉を顰める。
「何かを……そうだ。まるで、骨を砕くような……」
音の正体を見極めようとしたところで、シドはある可能性に気付いて顔を上げる。
「まさか、仲間を喰って強くなるつもりか?」
「その通りじゃ」
シドの疑問に応える声が聞こえたかと思うと、毒霧の向こうから巨大な影が飛び出してくる。
「さて、それじゃあ、ワシは自分の役割を果たすとするかの」
そう言って現れたペンターは、シドを無視してカサカサと物凄い速度で地下遺跡の奥へと向かって行く。
「あっ、おい、待て!」
ペンターの狙いがソラであることを知っているシドは、不気味な挙動で駆けていく黒い影を慌てて追いかけようとする。
だが、
「シド姫よ、ワシのことを呑気に追いかける暇などあると思うか?」
「ああっ?」
嬉しそうなペンターの声に、怪訝な表情を浮かべるシドの背後から爆発音と共に新たな影が飛び出してくる。
「何だ……って、おうわぁっ!?」
音に反応して振り返ったシドの目に巨大な影が飛び込んで来るが見え、反射的に横に飛んで回避する。
次の瞬間、シドがいた場所を巨大な影が通り過ぎたかと思うと、先にあった石造りの家へと派手な音を立てて突っ込む。
「あっ、おい! そこにはあたしたちの荷物が!」
自分たちが寝泊まりしている家が一瞬にして崩壊するのを見たシドは、堪らず頭を抱える。
「クソッ……あの中にはコーイチの道具とかもあるんだぞ」
相棒の大切なアイテムについて危惧していると、ガラガラと音を立ててガレキの中から突っ込んで来た影が立ち上がる。
「……おいおい、何かデカくなってないか?」
後ろを向いたまま立ち上がった人影……一度は追い詰めたはずの大きな虫人を見て、シドは自分の背中に冷たいものが走るのを自覚する。
再び現れた大きな虫人は、毒霧に隠れる前よりも一回り大きくなっており、さらにはシドが切り落としたはずの一本の腕も再生していた。
ただ、鞘翅の中までは治っていないのか、背面が亀の甲羅を背負っているかのような歪な形に変形しており、以前の様に自由に開閉できないように見えた。
「……デカく堅くなった代わりに、毒が要らなくなったってか?」
立ち回りを制限されなくなったことは歓迎すべき事態かもしれないが、それでも素直に喜べる状況ではない。
「……早くこいつを倒さないと」
何より気になるのは、ペンターが奥へと駆けていったことだ。
目的のためならば手段を選ばないペンターが相手では、フィーロがワープの魔法を使って逃げる前に、何かしらの卑怯な手を使って封じてくるかもしれない。
素直なフィーロではペンターとの相性が最悪だと思ったシドは、素早く敵を倒すための方策を考える。
「…………手段は選んでられない……か」
本当はこんな場面で使いたくなかったが、早期決着のためには仕方がなかった。
「すぅ……」
シドは大きく深呼吸を一つすると、自然体に立って力を解放する。
筋肉が倍以上にバンプアップし、白い体毛が全身を覆う。
爪が伸び、犬歯が牙へと変わり、鼻が伸びて見目麗しい女性の顔から狼の顔へと変貌を遂げる。
「コーイチが来る前に、決着をつけてやる!」
愛しの人にこの姿を見られるわけにはいかないと、獣化したシドは一気呵成に前へと出る。
「ギギッ!」
シドが前に出ると同時に、大きな虫人もまた周囲のガレキを吹き飛ばしながら前へと出る。
「いっちょ前に、二足歩行するじゃないか!」
大きな虫人が、最初に現れた時のような這うような移動ではなくなっていることに舌を巻きながら、シドは正面からぶつかるべく拳を思いっきり振りかぶる。
対する大きな虫人も逃げるつもりはないのか、シドの拳に合わせるように拳を突き出してくる。
とんでもない勢いで移動する二つの影が正面衝突すると、大気が爆発したような大音響が地下遺跡内に響き渡る。
さらに衝突で発生した衝撃波で近くにあったあらゆる物が吹き飛び、二人の立つ地面が衝撃に耐え切れず亀裂が入る。
周囲へ甚大な被害が出るほどの凄まじい衝突ではあったが、中心にいる二人は拳をぶつけ合った姿勢のまま微動だにしない。
それはつまり、両者の力は全くの五分ということだった。
「な、何だと!?」
拳をぶつけ合ったままジリジリと押し合う大きな虫人を見て、シドは驚愕に目を見開く。
獣化したシドと互角に渡り合えた者は、これまで誰一人としていなかった。
いずれは互角の力を持つ存在と出会うかもしれないという想いはあったが、それがまさか人ですら戦士でしかない、人に寄生する虫だとは思っていなかった。
「チッ!」
このままでは埒が明かないと思ったシドは、舌打ちをして振り払うよう手を振ると、大きく後ろに跳んで一旦距離を取る。
「クソッ、このままじゃ……」
ソラたちに危険が迫っているのに、目の前の敵を簡単には排除できないという事実が、シドにこれまでにない焦りを生ませる。
「何か……何か手を打たないと?」
必死に頭を巡らせながらも、シドの気は背後のソラたちが隠れているダルムット船に向いている。
だが、目の前に立つ敵は、そんな致命的が隙を逃してくれるほど甘くない。
「――っ、しまっ……」
気が付いた時には、シドの眼前に大きな虫人の二本の腕が迫ってくるのが見えた。
「クッ」
回避が無駄だと判断したシドは、どうにか耐えようと腕をクロスさせてガードする。
次の瞬間、大きな虫人の拳がシドの体を捉え、彼女の体が爆発音と共に大きく吹き飛んだ。




