虫人と対峙する
ペンターが爪を立て、声をかけて起き上がった虫の姿をした人は全部で二体だった。
「ふむ、思ったより少なかったのう」
直立不動で立ち上がった虫人たちをじっくりと見ながら、ペンターは興味深そうに頷く。
「ふむ、能力は宿主の力に準拠するようじゃな。片方は大きな体躯で力強そうで、もう片方は小さいが素早く動けそうじゃな」
遠慮なくベタベタ手足を触って二体の虫人の調子を確かめたペンターは、ようやく毒霧が晴れた階下へと目を向ける。
「ほれ、お前たち。下に獲物がおるから好きに喰らうといい」
そう言って軽く背中を押してやると、二体の虫人は嬉しそうに歯をギチギチと鳴らし、地面に這いつくばって移動を開始する。
「……ふむ、これは思った以上に気持ち悪いのう」
つい先程、自分も同じ移動をしていたペンターであったが、第三者視点で見た時に改めてその不気味さを実感する。
「それに、あの姿勢でいたら腰を痛めそうじゃ」
そんな見当違いのことを口にしながら、ペンターは四本の腕を器用に動かして乗っ取っている虫人の腰をトントンと叩いていた。
ペンターが虫人の体を労わっている間にも、二体の虫人はカサカサと移動して階下を目指す。
「シ、シド様、バケモノが増えました!」
「みたいだな。逃げたのは失敗だったか」
まさか生き残った虫を再利用するとは思っていなかったシドは、盛大に舌打ちをしながらエルフたちに指示を飛ばす。
「おい、もう一度バリケードを張れ! 今すぐだ!」
「お任せを」
シドの言葉に、すぐさまエルフたちが反応して最下層へと続く道をバリケードで塞ぐ。
道が塞がると同時に虫人たちがぶつかる音が聞こえるが、
「これで、少しは時間稼ぎになるだろう」
体勢を立て直すための時間を得ることができたと、シドはちらりと見た虫人たちの特徴を重い出す。
「……あの二体、個体差があるったな……人だった時の能力を引き継いでいるのか?」
早々にペンターと同じ結論に達したシドは、それぞれの個体の挙動と特性を見極めると、ハラハラした様子の獣人たちに声をかける。
「よし、あたしが小さいのを相手する。お前たちはデカい奴の足止めをしろ」
「わ、我々が大きい方を相手するのですか?」
「そんな、無理です」
「ええい、弱気になるな!」
いきなり泣き言を言い出す獣人たちに、シドは最初に持っていたハンドアックスを手に取りながら簡単に作戦を説明する。
「いいか? あの小さい方が力は弱いが素早く動くから対処が大変だ。一方、大きい方は動きが遅いから、一撃さえ喰らわなければ生き残れる可能性が高い」
「それって……我々の力では倒せないのでは?」
「倒さなくていいんだよ」
不安そうな顔をする獣人たちに、シドは彼等の武器を指差しながら話す。
「あたしが小さい方を始末したらすぐに向かうから、お前たちは全員で囲んで牽制だけしてろ。長物使って突く程度でいい」
「そ、それって最初に教えて下さった多対一の戦い方の?」
「ああ、それだ。それなら出来るだろ」
「わ、わかりました」
それなら何となりそうだと、獣人たちは互いの顔を見合わせて頷く。
「頼むぞ」
問題なく作戦が実行できそうだと判断したシドは、落ち着かなそうにこちらを見ているソラと、彼女を守るように立っているエルフたちに声をかける。
「ソラたちは危ないから下がってろ。乱戦になったら魔法は役に立たん」
「で、ですが……」
「言い訳はなしだ。悪いがソラは実戦経験が少な過ぎて信用できない。あたしの言いたいこと、わかるな?」
「…………はい」
突き放すように告げられた言葉に、ソラは下唇を噛みながら頷く。
シドを助けたいという気持ちはあるが、彼女の言うことは尤もだった。
最初は無我夢中だったので、姉の危機を救うことができた。
だが、そこから先は変化する状況に上手く着いていけず、仲間に誤射するかもしれないという恐怖から、ソラはどうしても魔法を撃つことができなかった。
このままここにいても姉たちを援護することはできないし、虫たちに狙われでもしたらシドを危険に晒すだろう。
それに、ペンターという名前を聞いた時からルストの街での恐怖体験を思い出し、先程からずっと手が震えていた。
ここが潮時だろうと思ったソラは、せめてもとシドの背中に声をかける。
「姉さん…どうかご無事で」
「任せろ。すぐに蹴散らしてやるから、皆でうまいものでも食おうぜ」
「はい!」
元気よく返事をしながら、ソラは邪魔にならないようにエルフたちと共に後方へと下がる。
ソラたちが遠ざかっていくのを目で追っていると、背後のバリケードから破砕音が聞こえる。
目を向けると同時にバリケードが吹き飛び、虫人たちが現れる。
「お豆たち、何より大切なのは自分と、隣の奴を守りたいと思う気持ちだ。死にたくないなら全力で連携しろ。いいな!」
小さくて素早い虫人が前に出るのを確認したシドは、獣人たちに発破をかけながら前へと出る。
「……さて、まともにやったら斧でも壊されそうだからな」
ハンドアックスはショートソードよりは頑丈とはいえ、再び得物を失うような目に遭えば命の危機に関わる。
「ハッ、それが何だってんだ」
武器を失うことを恐れて、消極的な戦い方をして勝てるような相手ではない。
ならば最初から全力で、武器が壊れないように立ち回ればいいだけだ。
ペロリと舌なめずりをしたシドは、手の中でハンドアックスをクルリと回して小さい虫人へと向かって行く
ペンターに斬りかかった時は、確実性を取るために面積の広い背骨を狙ったのが失敗だった。
同じ轍は二度と踏まない。そう思いながらシドは目を見開き、こちらを迎撃しようと虫人が振り上げた右の一番上の手、肘の関節へとハンドアックスを振るう。
「おらぁ!」
折れることを全く考慮せず全力で振るわれたハンドアックスは、易々と虫人の間接を切り裂き、黄色い体液を撒き散らす。
「ギギャアアアアアァァァ!!」
「ヘッ、いくら硬くても、やっぱり関節は弱いよな!」
十分な手応えを得たシドはニヤリと笑うと、虫人の真ん中の右手を切断しようと肉薄する。
「グギャッ!」
だが、危険を察知した虫人がギチギチと歯を鳴らしながら口を開く。
「――っ!?」
大口を開ける虫人を見て全身に悪寒が走るのを自覚したシドは、反射的に上半身を仰け反らせた。




