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チートスキルで無双できない人に捧げる異世界生活~現実を捨ててやって来た異世界は、思ったより全然甘くはありませんでした~  作者: 柏木サトシ
第二部 第四章 暁に燃える森

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想い、託されて

「や、槍?」


 流星の如く現れた謎の槍に、俺は思わず視線を奪われる。


 俺の身長よりも長い、長槍と呼ばれる武器は、一見するとその射程の長さと、街の城門を守る衛兵が多く採用していることから万人向けの武器かと思われがちだが、実際はそんなことはない。


 衛兵の採用率が高いのは暴徒鎮圧など戦いの素人相手には絶大な効果があるからで、閉所や密集地といった取り回しの効きづらい場所、連携の取れた多勢を相手にする時などはかなりの練度が求められるので、主要武器としての使い手は思った以上に少ない。


 そんな長槍の数少ない使い手と知って、思わず一人の使い手を思い浮かべるが、彼がここにいる可能性は限りなく低い。


「いや、でも……」


 ほぼ無敵のような強さのハバル大臣を傷付けるなんて所業、他にできる者がいるのだろうか?

 そう、それはまるでチートのような……、



「がっ、があああああああああああああああああああぁぁぁ!!」

「――っ!?」


 突如として雷が落ちたかのような咆哮が聞こえ、俺はビクリと体を震わせて声のした方へと目を向ける。


「手、手が……王の手がああああああああああああぁぁぁ!!」


 そこには利き腕の右手が潰れ、噴水のように血を拭き出しながら苦しむハバル大臣がいた。


「王に不敬を働いたのは何処の誰だ! このっ、槍が!」


 そう言ってハバル大臣が砂の大地に刺さった槍へと手を伸ばす。

 だが、次の瞬間、ハバル大臣の足元から黒い光が溢れたかと思うと、彼の姿が地面へと沈んでいく。


「なっ、何だと!? おい、多少の不覚は取ったが、私はまだ戦えるぞ!」


 ハバル大臣は空に向かって抗議の声を上げるが、それでも彼の体は闇に飲まれるようにどんどん沈んでいく。


 ハバル大臣の足元をよく見れば、黒い光によって何かの紋様が描かれているように見えた。


「あれは……もしかして魔法陣?」


 といっても、実際にこの目で見るのは初めてなので、あれが本当に魔法陣なのかどうかはわからない。

 ただ一つ言えることは、何者か……おそらく捏血(ていけつ)のペンターの差し金だと思われるが、悪夢のような時間の終わりが来たようだ。


「クソオオオオオオオオォォ、おい、自由騎士!」

「ひっ!?」


 沈みながらも怒り狂ったハバル大臣に声をかけられ、俺は怯えたように身を竦める。


 もしかしたら魔法陣の力を破って、再び襲いかかってくるかもしれない。

 そう思う俺に、ハバル大臣は憎しみの籠った目で話しかけてくる。


「これで終わったと思うなよ。お前と……槍を投げた奴を必ず八つ裂きにしてやるから、首を洗って待ってろ! 必ず……必ず殺してやるからなああああああぁぁぁ……」


 恐ろしい捨て台詞と共にハバル大臣の姿は完全に消え、周囲に静寂が戻った。



「助かった……のか?」


 正確にはハバル大臣から死刑宣告をされたので、まだ助かってはいないのだが、それでもどうにか生き延びることができた。

 だが、これまでの極限の緊張状態から解き放たれた反動か、体がふわふわと浮かんでいるように思考が上手く働かないので、果たして本当に生き延びたのかどうか疑わしく思ってしまう。


「…………キュ……イ……」

「あっ……」


 足元から「よかった」というか細い声が聞こえ、俺は現実に引き戻される。


 ……そうだ。俺は生き延びたんじゃない……大勢の人によって生かされたんだ。


 その事実に気付いた途端、目頭が熱くなって涙が溢れてくる中、俺は今にも息絶えてしまいそうな砂漠イルカへと声をかける。


「ありがとう。君のお蔭で……君が守ってくれたお蔭で、死なずに済んだよ」

「……ュイ」

「えっ、額を合わせろって?」


 か細い声で鳴く砂漠イルカの言葉に従って、俺は冷たくなっているアイボリー色の額と自分の額を合わせる。


 すると、


 ――コーイチ、君が死ななくてよかった。


「……えっ?」


 脳内に砂漠イルカの声がダイレクトに聞こえて来て、俺は驚いて思わず額を付けたまま目の前の彼へと問いかける。


「これって……君の声? テレパシーってやつ?」


 その問いかけに、砂漠イルカは僅かに頷く。


 ――そうだよ、本当はもっとお話ししたいんだけど、もうあまり時間が残されてないんだ。


「そ、そんな……」


 俺を助けてくれた砂漠イルカがもう長くないとわかり、またしても涙が溢れてくるが、ここで額を離すわけにはいかない。

 こうして最期の力を振り絞って話しかけてくれたのなら、全力で耳を傾けるべきだ。


 ――ありがとう。


 そんな俺の想いが通じたのか、砂漠イルカは笑うように小さく身震いして、再びテレパシーを飛ばしてくる。


 ――最初にこれだけは伝えておくけど、僕たちは君の力があるから付き従っているわけじゃないよ。


「えっ?」


 ――他の人と違って君とお話ができるというのもあるけど、僕たちを他の人と同じように、種族を問わずに平等に扱ってくれる君が……ひたむきに頑張る君を応援したいと思ってるから協力してるんだ。


「じゃ、じゃあ、他の獣人の戦士たちも?」


 ――そうだよ。皆、心からコーイチのことが好きなんだよ。だから、自分の力を……この素敵な力を嫌わないで。


「そう……だったんだ」


 砂漠イルカの言葉を聞いて、俺は心から安堵する。


 どうやっても制御できなかったアニマルテイムのスキルによって、動物や獣人の思考や感情に対して何かしらの影響を強いていたのではと思っていたが、それ等は全て杞憂だったようだ。


「……ありがとう」


 これで心置きなく、後ろ髪を引かれることなく動物たちと接することができると思った俺は、とても大切なことを教えてくれた砂漠イルカに感謝する。


「君のお蔭で、もっともっとアニマルテイムのスキルが好きになったよ」


 ――そう、じゃあ、もう一つだけ……、


 いよいよ体に力が入らなくなってきたのか、俺の腕にかかる重量が増すが、どうにか動かさないように支えながら砂漠イルカの次の言葉を待つ。


 ――最後に対峙したあの人だけど……あの人を倒す術をもうコーイチは持っているよ


「ほ、本当に?」


 ――うん、でもまだ力の使い方がわからないみたいだから、僕が手伝ってあげるよ。


 そう言うと同時に、俺の腕にかかっていた砂漠イルカの重みがフッ、と消える。


「えっ?」


 驚いて目を開けると、砂漠イルカの体がキラキラと光へとなっていくのが見えた。

 細かい光の粒子になった砂漠イルカは、俺の胸へと飛び込んだかと思うと、そのまま中へと入って来る。


 ――大丈夫、中に入って僕の力を分けてあげるだけだよ。


「わ、わかった」


 どうにか頷く俺だったが、体の中に何かが流れ込んでくるという感覚は初めてで、何とも言えない不思議な気持ちだった。


 砂漠イルカの上半身だけじゃなく、真っ二つにされた下半身も光の粒子になって俺の胸の中に入る。


 ――どう? もう、普通に動けるでしょ?


「あっ、うん……本当だ」


 さっきまでスキルの使い過ぎで動けなかったのに、砂漠イルカから力を分けてもらったからか、あれだけ重かった手足が嘘のように軽くなっていた。


 さらに、変化はそれだけじゃなかった。


「これが俺の新たな……力?」


 ――そうだよ。その力を使って皆を守ってあげてね。


 砂漠イルカは「頑張ってね」という言葉を最後に、俺の中からいなくなる。

 悲しい別れとは少し違ったが、それでも砂漠イルカは俺にとってとても大切な友人の一人だった。



「…………ありがとう」


 俺は天国に旅立ったであろう砂漠イルカに感謝すると、近くに控えて様子を見守ってくれていたロキに話しかける。


「ロキ、ターロンさんと生き残った人たちをカナート王国に運ぼう」

「わん」


 二つ返事で了承してくれたロキが動き出すのを尻目に、俺は砂の大地に突き刺さった槍へと目を向ける。


 槍が飛んできてから随分と時間が経ったが、まだ持ち主が現れる様子はない。

 誰が現れるかわからないが、槍の回収ぐらいはしておいてもいいだろう。


 そう思って槍へと手を伸ばすと、槍はまるで意志を持っているかのように俺の手をするりと抜けると、飛んできた方角へと戻っていく。


「なっ!?」


 鳥の様に自在に空を飛ぶ槍を目で追うと、数十メートル先に二つの人影があり、その内の一人が飛んできた槍をキャッチする。

 全身を覆うようなローブを着ているので誰だかわからないが、どうやらあれが槍の持ち主のようだ。


「ま、まさか……」


 不可思議な現象を目の当たりにした俺は、助けてくれた人物を想って心臓が早鐘を打ち出す。

 いや、あの街を守るはずのあいつがここにいるはずがない。


 そう思っていると、


「やっぱり、浩一君だ」


 明らかに他の人とは違うイントネーションで俺の名を呼びながら、人影がこちらに向けて駆け出す。

 途中、フードを取って素顔を晒して手を振るその人物を見て、俺は自然と笑みが零れるのを止められなかった。


「泰三!」


 それは俺と一緒にこの世界にやって来た同じ地球出身の親友、坂上泰三だった。

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