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チートスキルで無双できない人に捧げる異世界生活~現実を捨ててやって来た異世界は、思ったより全然甘くはありませんでした~  作者: 柏木サトシ
第二部 第四章 暁に燃える森

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逃げ道がないなら……

「倒すことは考える必要はない。少しでも時間を稼ぐことだけ考えろ!」


 熊人族(くまびとぞく)の男性の必死の声を聞きながら、俺はエルフの女性と左右に分かれてターロンさんを持ち上げる。


「……クッ」


 二人で手分けしているとはいえ、優に百キロ以上はあると思われるターロンさんの重さに、疲労も相まって思わず膝を付きそうになるが、歯を食いしばってどうにか歩き出す。

 しかしその歩みは遅く、利き腕でターロンさんの腕を抱えているのもあって長い移動は難しいし、何より安全圏までの脱出は不可能だ。


「はぁ……はぁ………………ふぅ」


 俺は大きく息を吐いて呼吸を整えると、ターロンさんの左側を支えているはずのエルフの女性へと話しかける。


「あ、あの……砂漠イルカが来る場所は何処かわかりますか?」

「…………」


 しかし、反対側にいるはずのエルフの女性からの返事が返って来ない。


「あ、あの?」


 もう一度声をかけながら、俺はある異変に気付く。

 ターロンさんがいかに重いといっても、二人で運んだら重量は半分に、片方が負担を重くしても少しは減るはずだ。


 だが、今俺の肩にのしかかっている重さは、どう考えても百キロは超えている。


 これではまるで、エルフの女性が全く力を籠めていないようだ。


 こんな状況で手を抜くなんてあり得ない。


 そう思いながら俺は、必死に首を巡らせてエルフの女性を探す。



「……あっ」


 後ろを振り返ったところで、俺はエルフの女性を見つける。


 俺の後方一メートルでうつ伏せで倒れているエルフの女性は、焼ける砂漠に顔を付けているにも拘らずピクリとも動かない。

 それどころか後頭部には何か大きなものが直撃したのか、大きく陥没してそこからとめどなく血が流れ出ていた。


 もしかして他の獣人の戦士の様に俺とターロンさんを生かすために、ハバル大臣へと突撃していったのではないかと思ったが、それどころか既に何者かの攻撃によって殺されていた。


「ど、どうして……」


 ハバル大臣は獣人の戦士たちが足止めしてくれているはずなのに……、


「どうした、もう逃げないのか?」

「――っ!?」


 まだ聞こえるとは思っていなかった声が聞こえ、俺は身を強張らせる。


 そ、そんな……いくら何でも早過ぎる。


 違う、お願いだから違うと言ってくれ……俺は全てを放り出して逃げたい衝動を押さえながら恐る恐る後ろを振り返る。


「まさか、この真の王から逃げ切れると思ったのか?」


 そこには返り血を全身に浴びた赤い悪魔……レオン王子を取り込んで真の王とやらになったハバル大臣がいた。


「そ、そんな、皆は……」


 数日にも及ぶ魔物の大群と、サンドウォームといった強敵相手に戦った戦士たちが、こんなに早くやられるはずがない。


 そう思いながらターロンさんを下ろし、立ち上がって背後へと目をやる。



「……そ、そんな」


 だが、俺の目に飛び込んで来たのは砂の大地を赤く染め上げ、地に伏す獣人の戦士たちだった。


 よく見れば僅かに動いている人もいるから、全員が死んでいるわけではないようだ。

 しかし、誰もが致命傷と思われる深い傷を負っており、皆に檄を飛ばしていた熊人族の男性は、上半身と下半身が二つに分かれ、驚愕の表情をのまま絶命していた。


「どうして……」


 あまりにも凄惨すぎる光景に、俺は頭に一気に血が上るのを自覚する。

 同じ国に住む獣人相手に……かつては同じ道を志したはずの仲間相手に、ここまで容赦なく非情になれるハバル大臣に対し、俺はかつてないほどの怒りを覚えていた。


「あんたはどうして、そこまで酷いことができるんだあああああああああああぁぁっ!」


 危険は冒すべきではない。


 化け物相手に真正面から戦って勝てる見込みなど微塵もない。


 いつも通り姑息に、卑怯に立ち回るべきだ。


 頭に経験則からくる警告がいくつも浮かぶが、俺はそれを全て無視する。

 どうせ逃げられないのだから、死ぬ前に身に付けたスキル、手持ちのアイテムの全てを使って何としても一矢報いてやる。


「やってやる……」


 完全に頭に血が登っている俺は、熊人族の男性の言葉も忘れてハバル大臣に立ち向かうために調停者の瞳(ルーラーズアイ)を発動させる。



 ……だが、


「ぐあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!」


 スキルを発動した途端、頭が割れそうなほどの強烈な痛みが襲いかかってくる。


「あ、ああ……」


 さらに鼻から血が溢れて来て、視界がグルグルと回り出して耐え切れないほどの空腹が襲いかかってくる。


「ま、まさか、こんな大事な局面で……」


 スキルの使用限界が来たというのか?


 俺たち自由騎士のスキルはどれも強力だが、スキルの使い過ぎによる反動は非常に大きく、この状況に陥ると指の一本すらまともに動かせなくなる。


「ク、クソッ……こんなところで」

「ククク、何やら知らないが勝手に自滅したようだな」


 上からハバル大臣の嘲笑が聞こえてくるが、最早頭を上げることも辛い。


「俺は……どうして……」


 大事なところで、何の役にも立たないのだ。

 ターロンさんを逃がすことも叶わず、ハバル大臣に一矢報いることもできない。


 どうにか顔を上げると、勝利を確信してほくそ笑むハバル大臣と目が合う。


「呆気ないものだな」


 ハバル大臣は警戒するように一度周囲を見回すと、ゆっくりと手を上げる。

 俺に弁明の時間を与えることなく、そのまま殺すつもりのようだ。


「さらばだ自由騎士、ターロンもお前の後すぐに送ってやろう」


 死刑宣告をしたハバル大臣は、振り上げた手を容赦なく振り下ろす。

 ギロチンの如く唸りを上げながら迫る手刀に、俺は成す術なく受け入れるしかない。



 そう思った次の瞬間、俺のすぐ横の砂が大きく爆ぜたかと思うと、


「キィエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエェェェェ!!」


 砂の中から何かが飛び出して来て、ハバル大臣に向かって至近距離で咆哮を浴びせる。


「うがっ!?」


 突然の大音響に、ハバル大臣は表情を歪めて手を止める。


「うっ……」


 近くにいた俺も大音響の被害を受けて苦しむが、今の声には聞き覚えがあった。

 声に音波を乗せて相手を攻撃することができる、砂漠イルカの超音波だ。


 絶体絶命のピンチに、砂の大地で親しくなった友人が助けに来てくれたのだ。


 この状況、普通なら喜ぶべき場面なのかもしれない。

 だが、俺の前に立っているのは、これまでの敵とは明らかに次元が違うのだ。



「ぐうぅぅ、獣風情が……」


 砂漠イルカの絶叫は続いているが、それでもハバル大臣の動きを止めるまでには至らない。


「人間の次は、お前たちを殺し尽してやろうぞ!」


 気合の雄叫びを上げたハバル大臣は、超音波攻撃を無視して無理矢理俺に襲いかかってくる。


「死ねえええええええええええええええええええぇぇ!!」


 今度こそ終わりかと思った瞬間、


「キュイイイイイイイィィィ!」


 俺の前に「やらせないよ!」と叫びながら巨大な影が割り込んでくる。


「なっ!?」


 愕然とする俺の目に、ハバル大臣の手刀をまともに受け、胴体部分で真っ二つにされる砂漠イルカの姿が映る。


「あ、あっ……ああああああああああぁぁぁ…………」


 まただ……また俺のアニマルテイムのスキルの所為で、要らない犠牲を産んでしまった。

 俺は涙で視界がぐちゃぐちゃになる中、動かない体をどうにか動かして血の池に沈んでいる砂漠イルカに縋りつく。


「どうして……どうして自分の身を犠牲にしてまで……」

「キュ……イ、キュイ……」

「えっ? もう助けが来るから大丈夫って……」


 砂漠イルカのまさかの言葉に、俺の顔から血の気が一気に引く。

 今の俺を助けに来てくれる存在は決して多くはない。



「わんわん!」


 すると後方から「今行くよ!」という声が聞こえて来て、俺は絶望的な気持ちになる。


 やめてくれ……君まで死んでしまったら、俺はもうこれからどうしたら……どんな顔をして生きていけばいいんだ。


「ロキ、お願いだ。お願いだから来ないでくれ!」


 俺の必死の叫びも空しく、黒い巨大な影が飛び出して来てハバル大臣へと襲いかかる。


「アオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォン!!」

「ほう、ガルムか……相手にとって不足なし」


 大きく跳んだロキを迎撃するため、ハバル大臣が血で濡れた右手を振り抜く。


「もう、止めてくれえええええええええええええええええええええええぇぇぇ!!」


 どうにもならない状況に絶望した俺が叫んだ瞬間、目の前を青い閃光が駆け抜ける。


 それは今にもぶつかりそうだったロキとハバル大臣の間を貫き、一人と一匹は弾かれたように距離を取る。


「わふっ……」

「うぐぅ」


 何が起きたのかわからず混乱するロキと、初めて苦悶の表情を浮かべて腕を押さえるハバル大臣が間を抜けた青い閃光の先を見る。


 そこには青と白の飾り布が付いた長槍が、陽光を受けて存在感を示すように砂の大地に突き刺さっていた。

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