あなたを信じているから
「グアアアアアアアアアアアアァァッ!!」
「ターロンさん!?」
血飛沫を上げながら倒れるターロンさんに、俺は慌てて駆けよって抱き止める。
吹き飛んだ腕も回収したいところだが、俺は一先ず応急処置を行おうと腰のポーチから布を取り出して肘から先を失った左手の止血を試みる。
「ど、どうして俺を庇ったんですか!?」
「どうして……どうしてだろうな……」
急速に血を失っているからか、ターロンさんは青白い顔をして薄く笑う。
「ただ、何となく……コーイチだけは何としても守らなきゃって思ったんだ」
「――っ!? それって……」
間違いない、アニマルテイムのスキルが発動したのだ。
これまで何度もこのスキルのお蔭で命を拾ってきたが、今回ほどこのスキルが怖いと思ったことはない。
うどんや砂漠イルカが意識を奪われてまでも俺にアドバイスをしてくれたように、このスキルには相手に対して何かしらの強制力が働くということだ。
ターロンさんはその理由をわかっていないようだが、今のは一歩間違えれば命を落としていた。
ターロンさんがいなければ俺は死んでいたかもしれないが、それでも誰かを犠牲にしてまで……それも相手の意思を無視してまで生きたいとは思わない。
「ターロンさん、もうこんな無茶はしないでください」
「わかってるよ……俺だって、死にたくないからな」
そう言うターロンさんであったが、アニマルテイムは俺の意思と関係なく常に発動するタイプのスキルなので、スキルが発動しない保証はない。
スキルを止める方法なんて知らないし試したこともないが、できるならもうターロンさんに無茶な真似はしないでもらえる方法を考えなきゃと思った。
「……随分と余裕だな」
ターロンさんの失った手の傷口に力いっぱい布を巻き付け、どうにか止血したのを確認していると、背後から唸るような声が聞こえてくる。
「王を無視して話を進めるとは不敬極まりないな」
「――っ、このっ!?」
背後にハバル大臣が立つ気配をしたのを確認した俺は、腰から灰とトウガラシで作った目潰し用の瓶を取り出し、奴の眼前に向けてぶちまける。
だが、
「なっ!?」
俺が瓶を振り抜いた先には、そこにいるはずのハバル大臣の姿はなかった。
何故? どうして? 自分で蒔いた目潰し攻撃に自爆しないように顔を手で覆いながら、俺はハバル大臣の姿を探す。
「――っ!?」
すると視界の隅から赤い軌跡が伸びてくるのが見え、俺は何も考えずに前へ大きく跳ぶ。
直後、突風が俺のいた場所を駆け抜け、俺は背中に嫌な汗が流れるのを自覚する。
追撃されても対応できるように、転がる勢いを利用して起き上がると、勢いをつけすぎたのか、ハバル大臣が盛大に砂埃を上げながら反転するのが見えた。
その目には俺に向けての明らかな殺意が見え、今にも飛びかかって来そうであった。
「な、何とかしないと……」
調停者の瞳があるので、どうにかギリギリ回避することはできるが、早急に手を打たないと待っているのは死である。
何か打てる手はないかと頭を巡らせていると、
「自由騎士様!」
「ここは我々に任せて早くお逃げ下さい」
俺とハバル大臣の間に、獣人の戦士たちが割って入って来る。
「なっ!?」
一緒に強風に吹き飛ばされたはずの獣人の戦士たちが次々と姿を現したことに、俺はまたしてもアニマルテイムが働いたのかと思い、彼等に向かって叫ぶ。
「何をしているんですか、俺が引きつけている間に早くターロンさんを連れて逃げて下さい!」
「いいえ、それはできません」
俺の声に、額から血を流した熊人族の男性が凛とした声で話す。
「我々が生き延びることより、自由騎士様と隊長を生かす。それこそがこの場での最善手です」
「何言ってるんですか。それは何かの思い違いです! きっと俺の……俺が持つ力の所為でそう思わされているだけです!」
思い切ってアニマルテイムのスキルの影響によるものだと伝えるが、熊人族の男性はゆっくりとかぶりを振る。
「そんなことはありません。サンドウォームを倒したお手並みからしても、我々よりあなたの方が国のため、皆のためになります」
「ですが……」
「仮に何かの思惑が働いていたとしても、我々はその決定に何も不服はありません」
止めようとする俺を片手で押さえながら、熊人族の男性はもう片方の手で薄汚れた布に包まれた何かを差し出してくる。
「隊長の腕です。これを持って、隊長と共に逃げて下さい」
「そんなこと……」
「できなくてもやるのです!」
「――っ!?」
駄々をこねる俺を、熊人族の男性はピシャリと断じるような鋭い声を出すが、すぐさま「失礼しました」と柔和な笑みを浮かべる。
「どうか我々のことは気になさらないで下さい。あなたと一緒に戦えて……人間にも、信じるに値する者がいることが知れて本当に良かったです」
そう言って熊人族の男性は丸い耳をピコピコと動かしながら不器用に笑うと、振り向いて仲間たちと一緒にハバル大臣に突撃していく。
「や、やめ……」
意外にもずっしりと重いターロンさんの腕を抱えながら、俺は声にならない声をあげる。
残っている獣人の戦士たちが一斉にハバル大臣へと襲いかかるが、赤い暴風が駆け抜けたかと思うと、四肢が千切れ、血飛沫を上げながら首が飛び、一人、また一人と死んでいく。
それでも残った獣人の戦士たちは怯むことなく、果敢に赤い悪魔へと襲いかかっていく。
「さあ、自由騎士コーイチ、行きましょう」
ターロンさんの腕を抱えて呆然と佇む俺に、小柄のエルフの女性が手を強く引いてくる。
「街の入口まで砂漠イルカたちが運んでくれることになっています。まずはターロンを少しでも移動させるから手伝って」
「……はい」
獣人の戦士たちの想いに報いるためにも、ターロンさんだけは何としても守り切らなければならない。
皆、ごめんなさい……こんな俺のことを信じてくれてありがとう。
俺は思いを断ち切るように振り返ると、逃げ出すため、気を失っているターロンさんを運ぶために動き出した。




