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チートスキルで無双できない人に捧げる異世界生活~現実を捨ててやって来た異世界は、思ったより全然甘くはありませんでした~  作者: 柏木サトシ
第二部 第四章 暁に燃える森

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混沌、動き出す時

 ハバル大臣が語った真の王になるというのは、自らが混沌なる者と等しい存在になるということだったのだろうか?


 その真偽を確かめる術はないが、あの赤い竜巻がかつて見た黒い竜巻の混沌なる者と同じ力を持っているのだとすれば、今の俺たちに抗う術などあるのだろうか?


「いや……」


 よく見れば、赤い竜巻のサイズは記憶の中の黒い竜巻と比べるとかなり小さい。

 そしてこうしている間にも、竜巻のサイズはどんどん大きくなっていく。


 もし、このまま放置することで赤い竜巻が成長して混沌なる者になるとすれば、サイズが小さいうちに叩いておくのが正解なのではないだろうか?


 そう思ったが、


「うっ、うわあああああああああああああああああああぁぁぁ……」


 赤い竜巻が大きくなると同時に周囲に吹き荒ぶ風も勢いを増し、俺の体は成す術なく地面から引き剥がされ、重力に逆らって砂丘を登り始める。


「う、嘘だろ……あがっ…………ちょ、ちょっとまっ……」


 手足をバタバタと動かしてどうにか地面に手を付こうとするが、体がクルクルと激しく回転するので、どちらが上か、そもそも自分が何処を向いているのかもわからない。


「目、目がああぁぁ…………ペッ……ペッ……く、口に砂が……」


 目を開ければ目に砂が、口を開ければ口に砂が容赦なく入って来るし、何なら鼻や耳といった穴にも強風に乗って容赦なく砂が入って来るので、そちらを防がなければ窒息死してしまいそうだった。


 幸いにも鼻の方は口元を覆う布があるのでどうにかなるので、両手は両耳を塞ぐことに注力する。

 だが、そうすると止まるために地面に手を伸ばすことができなくなるので、俺の体は何度も地面をバウンドしながら吹き飛ばされていく。


「――っ!?」


 地面に叩きつけられる度に痛みで叫びそうになるが、そうすればより酷い目に遭うのは明白なので、俺は歯を食いしばってどうにか耐える。


 それに、強風の外側にいたので、吹き飛ぶ先が中心からどんどん離れていくのは幸運だといえるだろう。

 これが激しく渦を巻く竜巻にさらわれて空高く舞い上がる羽目になれば、待っているのは、遥か上空から地面に叩きつけられて砂の大地に汚い血の華を咲かせるだけだ。


 そうならなかっただけでも幸運だと思いながら、俺は体をできるだけ小さくしてこの暴風が治まるのを必死に待った。



「……イチ…………コーイチ……」

「…………」

「コーイチ!」

「あいだっ!?」


 頬を思いっきり叩かれる痛みに、俺の意識が一気に覚醒する。


「……タ、ターロンさん?」

「おう、どうにかまだ生きているよ」


 ヒリヒリと痛む頬を擦りながら起き上がると、ターロンさんは二本の足で地面を叩きながら苦笑する。


 ただ、その顔には明らかに疲れた色が浮かんでおり、気のせいか尻尾の毛並みもいつもより悪そうに見えた。

 数日にも及ぶ戦闘に加え、サンドウォームの強襲やハバル大臣の問題などターロンさんの心労となる原因を上げればキリがないから無理もないと思った。



「それにしても……」


 口元に付いた砂を拭いながら、ターロンさんは風上を見て苦々しく呟く。


「これから先、どうなっちまうんだ?」

「この先……」


 その言葉でターロンさんの視線の先を見て、俺はハッと息を飲む。


「そうだ。竜巻は……」


 吹き飛ばされてどれぐらい気絶していたかわからないが、短時間で赤い竜巻が大きく成長することがあったら非常にマズイ。

 赤い竜巻が大きく成長し、近付くことは無理だとしたら、せめてカナート王国の人々を逃がすことだけでもしておきたい。


 そう思いながら砂丘を登り切ったところで、


「大きくなって……いない」


 赤い竜巻が最初見た時と変わっていないことに、俺はホッと安堵の溜息を吐く。


 少なくともこれなら、世界樹の中で見た混沌なる者と同じサイズになるまでにはそれなりの時間がかかりそうだ。


「お、おい、コーイチ。どうしたんだ?」


 逃げる算段に付いて考えていると、後ろからターロンさんが砂丘を登って来て隣に並ぶ。


「血相を変えて走り出して、何か気になることでもあったのか?」

「はい、実はあの赤い竜巻に見覚えがあったもので……」

「見覚えがあるって、何処でだ?」

「それは……」


 状況が状況なので俺は簡潔に、世界樹の中で見た混沌なる者の光景をターロンさんに話した。



「何だって!?」


 俺から話を聞いたターロンさんは、狼狽した様子で尚も大きくなり続けている赤い竜巻を指差す。


「あ、あれが、ハバル大臣の変わった姿が混沌なる者だって!?」

「本物かどうかはわかりません……ただ、ここで尻尾を巻いて逃げるのが果たして正解なのでしょうか?」

「……あれが混沌なる者なら、これ以上成長したら取り返しのつかないことになると?」

「あくまで可能性ですが」


 ターロンさんの理解力の早さに、俺は笑顔を浮かべながら頷く。


 あの赤い竜巻は、俺が見た記憶の中の黒い竜巻と比べるとスケールはかなり小さい。

 こうしている間にも徐々に大きくなっているようだが、その速度は決して早くはない。

 同じペースで大きくなると仮定すると、混沌なる者となるには丸一日以上はかかるだろう。


 となればここで戦うか、それとも逃げるかを決めるのは早い方がいいだろう。


 そう思っていると、


「ん?」


 あれだけ激しく吹いていた嵐のような風が、嘘のように晴れる。

 その理由は考えるまでもなかった。


「お、おい、あれ……」


 ターロンさんの震える声が聞こえ、嫌な予感しかしないが俺も彼と同じ方へと目を向ける。


 そこには炎のようにメラメラと燃えているように見える、赤いたてがみを揺らす悪魔がいた。


 距離が離れているのでハッキリと見えるわけではないが、ハバル大臣の姿はまるでライオンそのもの……つまりはレオン王が本気を出した時の姿と同じ、王族だけでも選ばれた者だけが使える獣化と呼ばれる力を解放しているようだった。


 どうやら想定とは違う展開になったようだが、俺はとりあえずターロンさんに尋ねる。


「ターロンさん、どうしますか?」

「どうするってそりゃあ……」

「戦ってみるか? この真の姿となった王と?」

「「――っ!?」」


 すぐ近くで思いもよらない声が聞こえ、俺とターロンさんはビクリと身を震わせて声の方へと目を向ける。


「逃げる機会を与えてやったというのに愚かな奴だ」


 優に百メートルは離れていると思われた獣化したハバル大臣が、すぐ目と鼻の先にまで来ていた。



「あっ……あっ……」


 突然の事態に頭が混乱し、ハバル大臣の圧倒的な存在感を前に恐怖で足が竦んでいる俺に対し、赤い悪魔はゆっくりとした所作で右手を振り上げる。


「何を呆けておるのだ。ほれ、早く逃げぬと死んでしまうぞ?」


 そう言ってハバル大臣は振り上げた右手を振り下ろすが、俺は恐怖で動けない。



 すると、


「コーイチ!」


 俺の危機を察したターロンさんが手を伸ばして俺を突き飛ばしてくれる。


 だが、その代償は決して安くなく、俺の目にターロンさんの肘から先が引き千切れ、噴水のように血が吹き出すのが映った。

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