チャンスの時こそ冷静に
水分が飽和状態となった砂を攪拌すると何が起こるか?
正解は、地盤が崩壊して流砂が発生するだ。
といっても流砂はそう簡単に起こるものではなく、ここら辺り一帯の殆どが長雨の影響で流砂が発生しやすい状態だといっても、流砂が発生するための比重はかなり高く、俺たちが移動する分には危険はほぼないと言ってもいい。
それがサンドウォームのような超重量級の生物となると話が変わって来る。
そうして圧力がかかったところで、砂漠イルカによる空気の振動が加わったことが決定的となり、大規模な流砂が発生したというわけだ。
だが、砂漠を自由に泳ぐことができるサンドウォームに、流砂など意味があるのだろうか?
そう思うかもしれないが、流砂の恐ろしいところは擬塑性流体という特性から、横になってもがけばもがくほど流動性が増して沈んでいくということだ。
擬塑性流体とは、普段は個体として存在しているが、力を加えると粘度が下がる特性お持つ物質を指すことで、身近なところでいえばケチャップやマヨネーズといったチューブ状の容器に入った食品の殆どが擬塑性流体だと思って欲しい。
そして、もがくと沈むのに止まれば固形に戻ってしまうので、一度流砂に嵌ってしまうと、抜け出すのに非常に苦労するのだ。
つまり、サンドウォームのように這うように移動する生物にとって、流砂は足止めするにはもってこいの策ということだ。
といっても、これだけでは命を奪うまでには至らないのと、サンドウォームが冷静になったら、力ずくで抜け出される可能性があるので、今のうちに少しでも痛手を与えておきたい。
そう思った俺は、もがき苦しむサンドウォームが見える砂丘の上で、部下たちに押さえつけられているレオン王子の下へと急ぐ。
「ええい、離せ! 今が攻撃のチャンスだろうが!」
「な、なりません王子!」
「今は危険ですから、近付いてはいけません!」
案の定、サンドウォームに向かって突撃しようとしていたレオン王子を、部下たちが必死に足止めしているようだった。
送ってもらった砂漠イルカに礼を言って砂の地に立った俺は、尚も突撃しようとしているレオン王子へと話しかける。
「レオン!」
「お、おう、コーイチ。何やら凄いことになっているが、何をやったんだ」
「サンドウォームを流砂に嵌めたんだ」
「流砂だって!? まさかそれをコーイチが起こしたのか?」
「正確には砂漠イルカの力を借りてね。でも時間がないから早く攻撃を……ただ、近付くと危険だからここからね」
「あ、ああ、わかった」
俺の言葉で少し冷静になってくれたのか、レオン王子は肩の力を抜いておとなしくなると、部下たちに指示を出す。
「というわけだ。お前たち、ここからサンドウォームに攻撃するぞ」
その言葉に、獣人の戦士たちは「だからさっきからそう言ってるでしょ」と言いたげな顔をしていたが、指示に従って手にしたクラスターランスを次々と投げる。
だが、普段は投擲装置を使って放り出されるクラスターランスは、その大きさもさることながら重さも相当なもので、獣人の戦士たちが大きく振りかぶって投擲してもその殆どがサンドウォームの手前で落ちてしまう。
「おいおい、お前たち、しっかりしろよな」
まともにダメージを与えられない不甲斐ない部下たちを見て、レオン王子は呆れたように嘆息してからクラスターランスを手にする。
「おらぁ!」
気合のかけ声と共に投げられたクラスターランスは、見事な放物線を描いてサンドウォームへと吸い込まれていき、ジタバタともがく巨虫の足先に深々と突き刺さる。
「――っ!?」
すると、サンドウォームがこれまで見せたことがないほど大きく身を捩らせ苦しむ。
「おおっ!?」
有効打を与えられたことに、俺や獣人の戦士たちは一様に感嘆の声をあげる。
これまでハバル大臣に何度か体を切り裂かれ、大量に血を拭き出しても、これといったリアクションを見せることがなかったサンドウォームが、これほど嫌がる素振りを見せるのは初めてだった。
「……そうか!」
人であれ何であれ、生物は鋭い感覚が必要な場所には神経が多く通っている。
偶然かもしれないが、サンドウォームの明確な弱点部位がわかったのは大きい。
「どんなもんよ!」
「ああ、凄いよ。レオン、流石だ!」
得意気な表情で笑うレオン王子に、俺は次に狙ってもらう目標を示す。
「じゃあ、次はサンドウォームの足元目掛けて残ったクラスターランスをばら撒いてくれ」
「はぁ!? 何言ってんだ。ここは追撃するところだろう」
「いや、違うよ」
やはりというか、目に見える戦果を出したことで本来の目的を忘れている様子のレオン王子に、俺は最初の作戦を改めて伝える。
「今の目的は、サンドウォームの足止めだ。奴をここに引き留め、カナート王国に向かわせないことが最優先だ」
「で、でも、ここで奴を倒せば……」
「そのための足止めだよ。さっきのは有効打だったけど致命傷じゃない。なら、作戦に組み込むことはしてもメインにはしない、だろ?」
ここに痛打を与えることに成功しても、サンドウォームを逃がしてしまえば、俺たちに追いかける術はない。
そして逃げる方向が明後日の方角ならともかく、カナート王国に向かわれたら目も当てられない。
だからここで何としてもサンドウォームを倒し切る。
そう決意を伝えるようにレオン王子を見ると、彼は納得したように小さく息を吐く。
「そうだったな。悪い、ちょっと欲が出た」
「わかるよ。でも、その欲深さが役に立つ時が来るよ」
「だといいがな」
レオン王子は自嘲気味に笑うと、大量のクラスターランスを包んで来た布から一本の槍を手に取ると、サンドウォームの足元目掛けて投げる。
狙い通りサンドウォームの足元付近に着弾したクラスターランスは、そのまま流砂に飲み込まれて地中へと沈んでいく。
「よし、お前たち、残ったクラスターランスを奴の周辺にばら撒くぞ!」
その声を皮切りに、獣人の戦士たちは残ったクラスターランスを次々とサンドウォームの周囲へと投げていった。




