叔父と甥
「……えっ?」
ポツリと呟かれたハバル大臣の言葉に、俺はあんぐりと口を開けて大きく目を見開く。
奥の方でサンドウォームが地響きを上げながら逃げるように砂の中に潜っていくのが見えたが、そんなことが些細なことと思えるくらい信じられない出来事だった。
キェェェェェェェアァァァァァァ、シャベッタァァァァァァァ!!
何てことを思わず脳内で思うくらいには、俺は驚きを隠せなかった。
「おじさん……喋れたのか?」
すると、そんな俺の気持ちを代弁するように、レオン王子がおそるおそるハバル大臣へと話しかける。
「さっきから叫ぶことしかしないから、頭がイカられちまったかと思ったぜ」
「ちょっ、レオン……」
先程まで悪鬼の如く暴れていた実の叔父に対し、容赦のない言葉を浴びせるレオン王子に、俺は背中に冷たいものが走るのを自覚する。
ここでハバル大臣の機嫌を損ねて、彼が暴れでもしたらと思うと気が気でなくなる。
「叫ぶ…………ああ、少し正気を失っていたようだな」
ハバル大臣は眉間に寄った皺をほぐすように揉むと、やれやれとかぶりを振る。
「さっきまで悪魔のささやきが聞こえていたからな」
「悪魔のささやき?」
「ああ、力を得るためにな……それを振り払うのに叫んでいたというわけだ」
「じゃあ、今はその声は?」
「問題ない。今は悪魔の声は聞こえなくなったし、そのお蔭で王にも負けない力を得ることができた」
そう言ってニヤリと笑ったハバル大臣は、自信を見せるように力こぶを作る。
ハバル大臣の様子は、先程までの叫び続けていた悪鬼とはちがい、少し怖いが優しい親戚のおじさんそのものだった。
いや、レオン王子からすれば、きっとハバル大臣は優しいおじさんだったのだろう。
だからフリージア様と対立することになっても、ハバル大臣に付き従っていたのかもしれない。
それは嬉しそうなレオン王子の表情を見ればわかるが、それより今は気になることがあった。
「悪魔のささやきを振り払ったって、それってペンターの……」
「そうだ。私は力を得るために魔物になった」
ハバル大臣が俺の言葉に目敏く反応して、こちらを見る。
「その様子だと、まだ私が正気を失うと疑っているようだな」
「…………はい」
どうせ下手な嘘を吐いたところで表情から読まれると思った俺は、正直に答える。
「ペンターはそんな甘い奴じゃありませんから……そう簡単に奴の呪縛を逃れられるとは思いません」
「コーイチ、何言ってんだ!」
すると、レオン王子が血相を変えて飛んできて、俺の肩を掴んで捲し立ててくる。
「コーイチにとってはおじさんは憎むべき相手かもしれないけど、おじさんは悪魔のささやきを乗り越えて帰って来てくれたんだよ。心配しなくても、コーイチたちのことは俺が守るから」
「違うよレオン、俺が心配しているのは自分たちのことじゃない」
「えっ?」
「俺が心配なのはレオン、君のことだよ」
「ど、どういうことだ?」
困惑するレオン王子に、俺は彼の目を見て真摯な表情で話しかける。
「俺がペンターから聞いた話では、さっきまでのハバル大臣が狙っていたのは、レオンだという話だ」
「お、俺が? どうして」
「ハバル大臣本人が言っただろう、魔物になったってさ」
そこで俺はレオン王子に、魔物が進化するためには同族を捕食する必要がある旨を伝える。
「だからハバル大臣は、レオンを狙っているはずだとペンターの野郎が言ってたんだ」
「な、何だって!?」
俺の話を聞いたレオン王子は、ハバル大臣から一歩距離を離して訝し気な視線を向ける。
「お、おじさん、コーイチの言うことは本当か?」
「……レオン、まさかそこの人間の言うことを信じるのか?」
「コーイチは人間だが、自由騎士で俺の親友だ。親友の言うことなら、信じて当然だろ?」
「そうか……ひとりよがりのお前の口から、人間が親友と来たか」
レオン王子の口から出た言葉が意外だったのか、唇の端を吊り上げて大きく嘆息してみせたハバル大臣は、真っ赤になった目をギョロリと動かして俺を見る。
「――っ!?」
ハバル大臣の射貫くのような視線に、俺は気圧されないように腹に力を入れ、いつでも腰の道具袋に手を伸ばせるように身構えながら真っ直ぐ見つめ返す。
ここでもしハバル大臣が本性を表し、レオン王子に襲いかかろうとしようものなら、手持ちのアイテムを全て用いても止めるつもりだった。
「…………フッ」
てっきり不敬とか、人間の癖に生意気だとか言って襲いかかられるかと思ったが、意外にもハバル大臣は肩の力を抜いて小さく笑う。
「確かにそこの者の言う通り、私の中に同族を襲え、喰らえという気持ちがあるのは事実だ」
「お、おじさん!?」
「安心しろ、悪魔のささやきを振り払った私が、そのような声に屈することはない」
ハバル大臣はマントを着ていたら、それは見事になびかせていただろうといったポーズを取ると、ドン、と力強く自身の胸を叩く。
「ならば自由騎士よ、私がもし魔の者に屈してレオンを襲うことがあろうものなら、汝の力を用いて私を滅するがいい」
「おじさん!?」
「いいのだ、レオンよ。私が力を得るために魔に屈したのは事実だ。だが、そうでもしなければならなかったのも、また事実だ」
ハバル大臣は再び魔力充填のため、彼方で空に輝く陽に向かって真っ直ぐ体を伸ばしているサンドウォームを見やる。
「全てが終わった後、私のことは好きに処理して構わない。だが、あのバケモノを倒すまでは……国を守り切るまでは私のことを信じてくれないだろうか?」
振り返り、この場にいる全員に訴えるように語ったハバル大臣は深々と頭を下げる。
「おじさん…………皆、俺はおじさんの言うことを信じようと思う」
その中でハバル大臣の言葉にいたく感動した様子のレオン王子は、目に涙を浮かべて大声で仲間たちに話しかける。
「俺は難しいことはわからない。だけど、おじさんのこの国を守ろうという気持ちは本物だと思うんだ。俺はその気持ちに応えたい」
「レオン……いいのか?」
「ああ、コーイチ。心配してくれてありがとうな」
俺の問いかけに、レオン王子は白い歯を見せて爽やかに笑う。
「お前の気持ちは嬉しいけど、自分の身は自分で守るよ」
「…………わかった」
そこまで言われては、俺としてはこれ以上は余計な口を挟むつもりはない。
だが、それでもこれだけは言っておこうと思い、レオン王子にそっと話しかける。
「でも、いざという時は容赦するつもりはないからな」
「それは……ああ、お前の判断に任せる」
レオン王子からいざという時に自由に動ける許可をもらったところで、俺はハバル大臣に向き直る。
「わかりました。では、サンドウォームを倒すまでの間は、お互いに余計な干渉はなしにしましょう」
「わかった……ところで先程の様子を見る限り、あのバケモノを倒す策の一つや二つぐらいあるのか?」
「はい、あります。それはですね……」
俺は頷くと、ハバル大臣に改めてサンドウォームを倒す術を話していった。




