そびえ立つモノ
突如として現れた謎の影に、俺は唖然となる。
「な、何だあれは……」
「わんわん!」
「えっ? 魔物だって!? あれが?」
思わず目を見張る俺に、ロキが「うん」と頷いて俺の方を見る。
「……わん」
「えっ、危険だから逃げた方がいいって?」
「わん」
ロキは神妙な顔で頷くと、珍しく弱気な声で鳴く。
「どうして……そこまで危険な魔物なのか?」
「きゅ~ん……わふわふ」
その質問に、ロキは俺に体を擦り付けると小さな声で「守る自信がない」と言う。
「それって、俺のことだよな」
「わふ」
「そう……か」
静かに肯定するロキに、俺は返す言葉がなかった。
ロキが戦闘に参加してくれるのは、決して戦いたいからではない。
それはあくまで俺やシドたち三姉妹を守るためであり、それを何よりも優先的に考えてくれているのだ。
今回、ロキが弱気になっているのも全ては俺が弱いことが原因であり、せめてシドみたいに強ければ、こんな顔をさせることもなかっただろう。
だけど……だからといってここで俺だけ安全な場所に退避するわけにはいかない。
どうにかロキを説得して、レオン王子たちと合流した後、第一防壁まで退避してターロンさんにどうやってあの魔物と戦うかを相談したかった。
そんなことを考えている間に上の方から徐々に砂煙が晴れてきて、魔物の姿が明らかになっていく。
「…………はぁ?」
露わになった魔物の姿を見て、俺は思わずあんぐりと大口を開けて固まる。
地下から飛び出した時と同じように天に向かって塔のようにそびえ立つ魔物は、一言でいうならビルだった。
何を言っているのかわからないかもしれないが、俺の目から見れば、真ん中が膨らんだドラム缶をいくつも縦に繋げた巨大な建築物が現れたようにしか思えなかった。
だが、ロキはあれが魔物だというのだから、少なくともあれが建築物であるはずがない。
「あっ……」
そこで俺は、ドラム缶に何やら小さな……といってもそれだけで数メートルもありそうな円柱の突起物を四つほど見つけてあることに気付く。
「あれは……脚か」
それは正確には腹脚と呼ばれる芋虫などに見られる足に似ている……ような気がした。
さらに天を仰ぐようにそびえる先の顔と思われる部位の目と思われる付近からは、触手のようなものがチラチラと見えており、遠いのでサイズ感はわからないが、あれだけでも俺より大きいような気がした。
「も、もしかしてあれって超巨大な芋虫なの……か?」
「わふぅ」
俺の呟きに、ロキから「多分」という呆れたような声気が返って来る。
「マジかよ……」
これまで何種類かの虫の魔物を見て来たが、どれも人より大きな魔物で、見ているだけで鳥肌が立つものばかりだったが、それでもここまで大きな魔物はいなかった。
胴体部分は地下に埋まっていることから、あの芋虫の全長がどれくらいなのかはわからないが、地上に出た部分を支えられるぐらいの長さがあると考えるべきだ。
「……デカ過ぎだろ」
あんなデカい魔物、一体どうやって戦えばいいのだろうか?
つい先程までレオン王子たちを、カナート王国を守るために戦うべきだと思っていたが、今は呆然と立ち尽くすことしかできない。
自然界で小さな羽虫が巨大なゾウと戦う意志を持たないように、余りのスケールの違いに、戦うという気すら起きない。
俺が持つナイフや数々のアイテム、そしてクラスターランスのような強力な兵器を用いたところで、あの魔物にどれだけ効果があるかわからない。
唯一の可能性があるとすれば、エルフの魔法かもしれないが、もし最初の一撃で倒すことができなかった場合、暴れまわる魔物に成す術なく蹂躙される未来しか見えない。
最早災害にも等しい魔物の登場に、できることは嵐が過ぎ去るのをただただ祈ることしかないように思われた。
「わああぁぁ、デケェ……何だあのバケモノは!?」
すると下の方でも砂煙が晴れたのか、レオン王子の大きな声が聞こえてくる。
「ど、どうするんだ……あれ、こっちから仕掛けた方がいいのか?」
「レオン王子、落ち着いて下さい!」
「あれはサンドウォームという魔物です」
「慌てずに、普段はおとなしい魔物ですから、今のうちに安全な距離まで逃げましょう」
騒ぐレオン王子に、周りにいる獣人の戦士たちはあの魔物……どうやらサンドウォームについての知識があるようで、慌てふためく王子に騒がないように諫めながら退くために移動を開始する。
地面から突き出た状態で微動だにしないサンドウォームを刺激しないように、大回りでこちらに戻って来るレオン王子たちを見て、俺は安堵の溜息を吐く。
「よかった。レオン王子たちも戻って来るようだ」
「わふわふ」
「そうだね、とりあえず危険には近付かないことが一番だね」
一先ずここで一息吐けることはかなり大きい。
一度集合して足並みを揃えることができれば、何か妙案が浮かぶかもしれないし、何ならサンドウォームが何事もなかったかのように立ち去ってくれるかもしれない。
そう思っていたが、
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ!!」
「――っ!?」
空気を震わすような雄叫びが聞こえ、俺はビクリと身体を震わせる。
「ま、まさか……」
お願いだから、この状況でそんな空気を読まないことをしないでくれ。
そう願いながら振り返るが、俺の目にサンドウォーム目掛けて突進していくハバル大臣の姿が見えた。




