これで終わり……なはずもなく
転げ落ちるように第一防壁から降りた俺は、急いで前線へと向かう。
だが、ずっと訓練で走り込みを行ってきたが、砂地では踏ん張りが効かず、どうしても速度が出ないので気持ちばかりが逸ってしまう。
「クッ、急がなきゃいけないのに……って、おわっ!?」
急な斜面を登っている最中、柔らかい砂に足を取られて転びそうになる。
「わふっ」
すると、まるで計ったかのように黒い影が俺の眼前に飛び込んできて、俺はいつかの時と全く同じように黒い巨大な体に頭から突っ込む。
全く、ロキが美少女だったら間違いなく惚れていたな。
そんなくだらないことを思いながら、俺は助けてくれたロキの体を撫でながら話しかける。
「悪い……また、助けられたな」
「わふっ」
ロキは「気にしないで」と言って俺の顔をペロリと舐めてくる。
転んで火傷をしないで済んだのは助かったが、ロキには前線で戦うことをお願いしていたはずだ。
それでもこうして戻って来たということは……、
「ロキ、前線で何かあったのか?」
「わん、わふわふ」
「そうか……」
ハバル大臣が魔物たちを圧倒しているので、前線は放っておいても問題ないと思って戻って来たということだった。
俺は腰に吊るした水袋を取り出すと、ロキを労うために飲み口を差し出す。
ロキが革袋に顔を突っ込んで盛大に水を飲む音を聞きながら、俺は彼女の体を撫でながら話しかける。
「ロキ、戻って来て早々に悪いんだけど、俺と一緒にもう一度前に言ってくれるか?」
「わん!」
「ありがとう」
疲れた様子も見せず快諾してその場に伏せるロキに感謝しながら、俺は彼女の背中に乗る。
「よし、行ってくれ」
「わん」
俺が背中軽く撫でるとロキは「わかった」と元気よく返事をして勢いよく駆け出す。
砂地での移動はロキも大変なはずだが、俺とは比べものにならない速度で急斜面を登っていく。
最初は怖くて仕方なかったロキの背中だが、エリモス王国での戦いを経て、大分平気になった。
といっても、俺の両手はロキの背中の毛をしっかりと握っていて、シドのように両手を放して華麗な戦闘を行うのは無理そうだ。
なので、前線に戻ったらロキの背中から降りなければならないので、どうにか降りられるだけの時間の猶予が欲しいものだ。
そんなことを思っているとロキが斜面を登り切り、一気に視界が開ける。
「レオン王子は? それとハバル大臣は……」
首を巡らせると、山と積まれた魔物の死骸の向こう側に、レオン王子と思われる集団と、ハバル大臣が単体で魔物たちと対峙しているのが見えた。
「よかった……まだ無事だ」
「わふっ?」
「うん、ちょっとね……」
ロキから「何かあったの?」という疑問に、俺は彼女にハバル大臣がレオン王子を狙っているかもしれない旨を伝える。
「今は魔物がいるから大丈夫かもしれないけど、戦闘が終わったらどうなるかわからない。だからここは俺たちでレオン王子を守ろう」
「わん!」
ロキは「わかった」と返事をすると、一先ずレオン王子たちと合流するために移動を開始する。
そろそろ魔物たちも打ち止めなのか、残っているのは中型の魔物が中心となっており、一体の魔物を倒すのに苦戦してはいるが、数の暴力で攻め込まれるよりは安定して戦えているように見えた。
「……とりあえず、カナート王国の危機はどうにかなるかな」
ハバル大臣の参戦は予想外であったが、奇しくもそのお蔭で魔物たちの大攻勢を凌ぎ切ることはできそうだ。
「後は、レオン王子を守れれば……」
そんな呑気なことを思っていると、
「わん!」
何かに気付いたロキが足を止め「注意して!」と注意喚起してくる。
「ロキ、どうしたんだ?」
何かトラブルでも起きたのかと思っていると、
「な、何だ……地震?」
何やら地鳴りが聞こえ、地面が激しく上下に揺れ出す。
「おわっ!?」
思ったより大きな地震に、俺はバランスを崩してロキの背中から落ちてしまう。
「あたた……」
「わふぅ」
「あ、ああ、大丈夫」
まるで船に乗っているかのような脈打つような激しい揺れの中、俺はロキに掴まってどうにか立ち上がって辺りを見渡す。
突然の地震の影響は前線でも起きており、リザードマンジェネラルのような大型の魔物たちはまともに立っていることもできないようで、ここぞとばかりにレオン王子たちに集中攻撃を受けていた。
それはもう片方の戦場も同じようで、魔物たちにとってもこの地震は想定外だったのか、混乱している様子の魔物たちを修羅と化したハバル大臣が容赦なく屠っていく。
程なくして、残っていた魔物たちは獣人の戦士たちによって残らず狩り尽くされていった。
「……終わった?」
まさかの思わぬ形で、魔物たちの大攻勢は終わりを告げることとなった。
まだ地震は続いており、何ならどんどん揺れが大きくなっているような気がするが、今はハバル大臣の動向が気になる。
とりあえず少しでもレオン王子たちに近付いて、声が届く距離まで行って注意喚起だけでもしたい。
そう思っていると、
「わん!」
「おわっ、ロ、ロキ!?」
ロキが俺の服に噛み付いて「待って!」と引き留めてくる。
「ど、どうしたんだ?」
「グルルルル……わふわふぅ」
「えっ、下から何か来るって?」
さらに大きくなる揺れに戸惑いながら視線を下へと向けると、俺たちとレオン王子たちの間の地面が、爆弾でも爆発したかのような大音響と共に大量の土砂が舞い上がる。
「な、何が……」
降り注ぐ土砂を浴びないように手でガードしながら前方を見やると、土煙の向こう側にまるで地面から塔が生えたかのような巨大な影が見えた。




