同じ轍は踏まない
予想はしていたが、再び舞い戻った戦場は苛烈を極めていた。
「……ふっ」
短く息を吐きながら、俺は人型のトカゲ……リザードマンの背中に浮かんだ黒いシミへとナイフを突き立てる。
全身を硬い鱗に覆われ、さらにそこへ革の鎧を装備しているたリザードマンではあるが、俺のバックスタブのスキルの前では防御力など無に等しい。
「グアアァァ…………」
不意打ちで心臓を貫かれたリザードマンは、大きな声を上げることなく全身から力が抜けていき、そのまま熱砂の上へと倒れる。
ここで一息つきたいところではあるが、顔を上げた俺の右目に真っ直ぐ向かってくる赤い軌跡が映る。
「おっと!」
赤い軌跡から逃れるように大きく一歩下げると、俺がいた場所に三本の矢が立て続けに突き刺さる。
「グギャッ!」
まさか矢を回避されると思わなかったのか、丘の上からゴブリンたちの悔しそうな鳴き声が聞こえてくる。
「ギャッ、ギャギャ!」
まだ俺を狙うつもりなのか、一匹のゴブリンが俺を指差しながら弓に次弾を装填しようとする。
だが、そこへバチバチと激しく火花を散らす黄色い球体が落ちて来たかと思うと、三匹のゴブリンたちを巻き込んで大爆発を起こす。
「うっ……」
爆発と共にやって来た衝撃波と砂の礫に顔を手でガードしながら、俺は砂煙に紛れて次の獲物を探すべく動き出す。
第一防壁へと戻った俺とターロンさんを待っていたのは、既に壁の二十メートル手前まで迫っている魔物の群れだった。
これまでの傾向では、魔物の足の速さに応じて登場する魔物に偏りがあったのだが、今回は何者かが指揮を取っているからか、最初こそバンディットウルフだったが今はあらゆる魔物が入り混じってそれぞれの得意武器を盾に攻めて来ていた。
それ故、これまでのセオリー通りの戦い方ができなくて、カナート王国軍はかなりの苦戦を強いられていた。
それでも大きく崩れることなく戦線が維持できているのは、この数日でさらに成長して部隊を引っ張るまでになったレオン王子の活躍が大きかった。
自ら最前線に立ち、襲い来る魔物たちを蹴散らしながら仲間を鼓舞する姿は獣人の王に相応しく、そんな彼に引っ張られる形で兵たちは多くの武勲を上げていた。
それでもターロンさんの言葉通り、混合編成となった魔物たちの容赦ない突撃によって前線はジリジリと下がり、第一防壁までもう殆ど猶予がない状況にまで追い詰められていた。
そこで俺はターロンさんを第一防壁にいる後衛部隊の指揮のために残して、ロキと一緒にレオン王子を助けるために戦場へと舞い戻ったというわけだ。
「……ふぅ」
砂煙に紛れてリザードマンウォーリアーを二匹ほど倒した俺は、第一防壁近くまで下がると、周囲を見渡してこちらを向いた赤い軌跡がないことを確認して大きく息を吐く。
ついでに危険を可視化する調停者の瞳を解除すると、体がガクンと重くなって膝から崩れそうになる。
「わふっ」
するとそこへロキが「危ない」という掛け声と共に颯爽と現れたかと思うと、俺の背中を支えるように立ってくれる。
「わふっ?」
「あ、ありがとう、大丈夫だよ」
心配そうに声をかけてくれるロキに声を返すが、正直言うとあまり余裕はなかった。
「わんわん」
「えっ、鼻血が出てるって……本当だ」
俺は鼻血を腕で乱暴に拭うと、止血用の布を少し裂いて鼻の中へと突っ込む。
戦闘中ならこんなことはできないが、今はいざとなったらロキが守ってくれるので全力で止血を行うことにする。
鼻血が出たのは、気付かない内に敵から攻撃を受けたからではなく、スキルを使い過ぎたことによる弊害であった。
これまでアラウンドサーチを使った時もそうだったが、一度に手に入る情報量が多くなり過ぎると、脳の処理が追いつかずに激しい頭痛と眩暈に襲われる。
調停者の瞳は非常に強力なスキルではあるが、情報量がアラウンドサーチより多くて脳への負担が大きいのか、長時間の連続使用は難しいようだった。
しかもパッシブスキルとはいえ、常に敵の背中に浮かんだ黒いシミを見続けていることもあり、いつも以上に脳を酷使しているのは間違いない。
まだまだ敵は残っているし、何ならオークキングのような強力な魔物が出てくる可能性もかなり高いだろうから、ここから先は少しスキルの使用頻度を下げておきたいところだ。
「でも、その前に……」
俺は大きく息を吐くと、目を閉じてアラウンドサーチを発動させる。
前回、前に意識を割き過ぎた所為で背後からの奇襲に気付かず、第二防壁を壊滅させてしまった。
その反省点を活かして、俺は一息吐くついでに第一防壁まで戻って背後の索敵を行っていた。
アラウンドサーチも長いこと使ってきたこともあり、かつては無差別での範囲索敵しか行えなかったが、今は意図した方向だけの索敵が行えるようになった。
そうして広がる第一防壁の後方への索敵の波へと意識を向けるが、これといった反応は現れない。
第一防壁の戦線に復帰してから三度ほどアラウンドサーチで索敵してきたが、今のところ背後に怪しい存在が現れた様子はない。
時々、いくつかの赤い光点が現れることはあったが、それは補給部隊と医療部隊の反応であり、そのパターンも既に覚えているので彼等であったら確認する必要はないだろう。
そのまま第二防壁があった場所まで索敵範囲を伸ばし、何もなかったら再び前線へと戻ろう。
そう思っていたが、
「……ん?」
アラウンドサーチを切ろうとした直前、調度第二防壁があった場所に突如として赤い光点が現れる。
「わふっ?」
「うん、何かいた」
赤い光点は移動してきたというよりは、まるでワープの魔法を使ったかのように急に現れたので、もしかしたらフィーロ様が戻って来たのではないと思い、俺は念のために確認しようとロキに言って防壁の上へと登っていく。
疲労はあったが、日頃の過酷な訓練の甲斐もあり一気に防壁の上へと駆け上った俺たちは、何事かと驚く獣人の兵士たちに挨拶しながら後方へと目を向ける。
「あれは……」
目を凝らして背後を見ると、何やら大きな人影……レオン王子と似たような金色のたてがみが特徴的な獣人と思われる人物が見えた。
カナート王とは違う、それよりもやや小柄な人物に一体誰だろうと思っていると、
「あれは……ハバル大臣?」
小さな呟きと共に、ターロンさんが息をのむ気配がした。




