決戦に向けて
スールから知らされた襲撃は明後日ということだったが、流石に誰もがその言葉を鵜吞みにするほどお人好しではなかった。
細かに話し合いは後日に行うことにして、何より優先してやることは、カナート王国の防衛強化だった。
レオン王子が本格的に実戦に参加することで、戦力は大幅に強化されたと言っていいが、魔物たちの最大の強みは質を無視した数の暴力である。
そんな暴力に対抗するため、人間が取れるのは策を講じていかに犠牲を少なくして相手の数を削り切るかであった。
その為に色んな人があちこちで動いているようだが、俺は一先ず別行動をさせてもらうことにした。
「まさか、またここに戻って来られるとは思わなかった」
呟きながら俺は、部屋の隅に置かれたものを手に取ってホッと溜息を吐く。
それは、もう二度と戻らないと思っていた俺の荷物だった。
そう……俺が今いる場所は、この国に最初にやって来たあの地下遺跡の最下層にある家だった。
あの地下遺跡は埋まってしまったと思っていたが、実は魔法によって蓋がされていただけで、魔法を解除すれば元に戻れると聞いてラヴァンダと一緒にやって来たのだった。
再び訪れた地下遺跡の入口は相変わらず何もなかったが、ラヴァンダさんが精霊を召喚して何事か呪文を呟くと、音もなく床が消えて地下への階段が現れたのだった。
長旅で随分とボロボロになってしまったが、それでも愛着の湧いた袋を開けて中身を確認していると、
「……コーイチ」
ラヴァンダさんが入り口に現れ、壁に寄りかかりながら話しかけてくる。
「あったのか?」
「はい、ありました」
俺が袋からいくつも瓶を取り出してみせると、ラヴァンダさんが呆れたように笑う。
「そうしてニヤけていると、まるで怪しい薬師のようだな」
「怪しいは余計ですよ……まあ、実際怪しい薬もいくつかありますが」
そう言ってみたものの、きっと今の俺は中々にだらしない顔をしている自覚があった。
アイテムを駆使して戦う俺にとって、自分の荷物が戻って来ることほど嬉しいことはないからだ。
数日置きっぱなしにしていたので品質の変化が心配だったが、どうやらその心配も杞憂に終わったのも大きい。
といっても、流石にいつまでもだらしない顔を晒し続けるわけにもいかないので、俺は顔をぴしゃりと叩いて頬を引き締める。
「それで、俺に何か用ですか?」
「ああ、君にお客さんだ」
「客?」
このタイミングで誰か来るとなると、レオン王子かフリージア様、もしくはターロンさんあたりだろうか?
そう思っていると、
「おにーちゃん!」
ラヴァンダさんの脇から小さな影が飛び出して来る。
「おわっ!?」
飛び込んで来た正体に気付いた俺は、手にしていた瓶が我が家の天使に降りかからないように両手を上げる。
だが、そうなると当然ながら俺の腹は隙だらけになるわけで……、
「ど~ん!」
「ぐへっ!?」
ミーファの容赦ない体当たりをまともに腹部に受けた俺は、苦悶の表情を浮かべながらも、手にした瓶をどうにかそっと地面に置く。
「…………ふぅ」
今回は来るタイミングがわかっていたので、腹筋に力を入れて軽症で済ませられた。
少しは成長した自分を密かに誇りながら、俺は腹の中でスリスリを頬擦りして甘えているミーファの肩を掴んで顔を上げさせる。
「ミーファ、いつも言ってるけど……」
「な~に?」
「…………ううん、何でもないよ」
下から見上げてくるミーファの大きな瞳を見た途端、全てがどうでもよくなった俺は、彼女のふわふわの頭を撫でる。
すると、
「おいっ!」
「あいたっ!?」
もう何度も聞いた怒声と共に脳天に衝撃が走り、俺は涙目になりながら声の方へと目を向ける。
「シド、痛いよ」
「フン、躾のできない馬鹿野郎にはこれくらい当然だ」
そう言って俺のことをジト目で睨んでくるシドに対し、俺は堪らず視線を逸らす。
何度シドに小言を言われようとも、ミーファを怒ることなんて俺にはできないのだ。
「もう、姉さん。コーイチさんをイジメないで下さい」
するとさらに、ソラもやって来て俺のすぐ横に膝を付いて抱き付いているミーファへと話しかける。
「ほら、ミーファも……今はやるべきことをやりましょう」
「わかった」
ソラの言葉にミーファは頷くと、あっさりと俺から離れて立ち上がる。
……あ、あれ?
ミーファが俺の腕の中で全然グズッてくれなくて少し寂しいんですけど……、
どうやらラヴァンダさんが言う俺への客とはシドたち三姉妹のようだが、どうして彼女たちがここにいるのだろうか?
何やら俺の知らないところで話が色々進んでいるようなので、俺は事情をわかりやすく説明してくれそうなソラに質問してみる。
「ソラ、どうして君たちがここに? それにやることって?」
「ああ、そういえばコーイチさんは国王様との謁見で席を外していたので、私たちについて聞いていませんでしたね」
ソラは思わず見惚れるような微笑を浮かべると、この地下遺跡に来た理由を話す。
「実は私たちと、ここに住んでいた人たちで話し合って、ここに戻ろうということになったんです」
「ここに住んでいた人たちって……ウォル爺さんたちってこと?」
「はい、既に皆さん戻って、今は自分たちの荷物の確認をしているはずです」
やはり住み慣れた場所がいいのだろうか?
だが、三人の子供たちとショコラちゃんはともかく、大人は体に何かしらの障がいを抱えているので、これから戦闘が起きることを考えると少し大変なんじゃないだろうか?
「大丈夫ですよ」
すると俺の考えを見透かしたように、ソラがさらなる情報を話す。
「実は、それだけじゃないんです」
「他にもあるの?」
「はい、何人かのエルフの方が、カナート王国の方たちと戦うための拠点が欲しいということで、こちらに移住することにしたんです」
「えっ、それって……」
「はい、そうです」
ソラはコクリと頷くと、これからすべきことを簡潔に話す。
「これから皆で、大掃除をします」




