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チートスキルで無双できない人に捧げる異世界生活~現実を捨ててやって来た異世界は、思ったより全然甘くはありませんでした~  作者: 柏木サトシ
第二部 第四章 暁に燃える森

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正体不明の男

「お父様って……」


 フィーロ様から飛び出したまさかの言葉に、俺は仇敵が眼前にいるにも拘わらず思わず後ろを振り返って、驚き固まるエルフの少女に尋ねる。


「フィーロ様、この男が……スールがお父様って本当ですか?」

「スール? いいえ、違います。私の父はレーゲンという名です」

「……ですよね」


 わかっていたことだったが、フィーロ様の父親はスールではない。



「……これは一体、どういうことだ」

「わ、私にも何が何だか……」


 俺と一緒にラピス様から話を聞いたソラも、混乱していた。

 それはそうだろう。急に目の前に立つ男の素性が二転三転し出したのだ。


 果たしてこのエルフは、エルフの王スールなのか? それともフィーロ様の父親のレーゲンさんなのか?


 スールが嘘を吐くとは思えないし、そもそもレーゲンさんがスールを名乗る意味がわからない。


 ということは、このスールを名乗る人物はレーゲンさんなのだろうか?


 何百年も前に出て行ったはずのレーゲンさんが、どうしてエルフの集落を覆う結界を壊すような真似をするのか。

 そもそも、どうしてレーゲンさんがダークエルフになっているのか。


 わからないことだらけで頭が混乱しているが、とにかく今は少しでも情報を整理したい。



 そう思っていると、


「お父様……戻ってきて下さったのですね」


 目に涙を浮かべたフィーロ様が、スールに向かって駆け出す。


「フィーロ様……」


 長年離れていた親子の感動の再会を前に、俺は余計な口を挟むべきではないのかと思い、推移を見守ることにした。

 だがこの時、俺は念のために調停者の瞳(ルーラーズアイ)を発動したままでおいたことを心底褒めたいと思った。


「――っ!?」

「コーイチ?」

「シドたちはそこから動かないで!」


 スールの右手から赤い光が漏れ出るのが見えた瞬間、俺は反射的にシドたちに動かないように厳命してフィーロ様に向かって走り出していた。


 予感があったわけではない。


 だが、過去の経験から例え敵が、自由騎士である俺に心を許して見逃そうとしていても、その範囲が俺の知り合いにまでは及ばないことをわかっていたからだ。



「フィーロ様!」


 俺は大声でフィーロ様の名を呼びながら、そのまま彼女に体当たりをする。


「えっ? キャア!」

「すみません! 舌を噛まないように気を付けて」


 俺はフィーロ様を胸に抱いたまま、スールから伸びる赤い射線から逃れるように地面に倒れ込む。

 次の瞬間、俺の背中に不可視の熱いものが通り過ぎるような感覚があり、その先にあった木が赤い炎巻き上げながら爆ぜる。


「くううぅぅ……」

「キャアアアアアアアァァ!」


 全身を焼かれるような感覚に、フィーロ様の玉のような白い肌が傷つかないようにしっかりと胸に抱いて守る。


 だが、幸いにも焼かれる感覚は一瞬で、俺はスールの方に目を向けて追撃が来ないことを確認して、胸に抱いたフィーロ様に話しかける。


「フィーロ様、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……」


 苦しいのはほんの一瞬で、大きな怪我を負った形跡はないはずだが、それよりも父親と信じて疑わない人物に攻撃されたことがショックだったのか、青い顔をして震えていた。

 どうにかフィーロ様をフォローしてあげたいという気持ちはあるが、そのためにはまずはスールの方をどうにかしなければならない。



「コーイチ!」

「シド、フィーロ様を頼む」


 すると、調度よくシドがソラと一緒にやって来たのは、俺はフィーロ様を彼女に託してスールへと向き直る。



「…………」


 何を言うべきか、少し悩んだが、


「おい、自分の娘をいきなり攻撃するやつがいるか!」


 とりあえず、試しにスールのことをフィーロ様の父親であるレーゲンさんと仮定して話しかけてみることにする。

 すると、


「何を言っているのだ」


 スールは端正に整った醜悪に顔を歪めると、ちらとフィーロ様を見て吐き捨てるように言う。


「この私に血族など……娘などという(ちり)がいるはずないだろう」

「ち、塵……」


 スールの突き放すような一言に、フィーロ様はショックを受けたように顔を青くさせ、目からボロボロと涙を零す。

 フィーロ様の泣き顔に俺は胸が締め付けられるような思いになるが、スールはまったく気にした様子はない。


 それを見て俺は確認する。

 こいつがレーゲンさんであることは絶対にない、と。


 どうしてフィーロ様がスールのことをレーゲンさんと見間違えたかはわからないが、これ以上、奴と事を構えることは得策ではない。

 時間が経てば他のエルフもやって来るだろうし、そうなればここでいきなり全面戦争になり兼ねない。

 それはきっとスールも望んでいないだろうし、そもそも現状の俺たちに奴を倒す術はない。


 ただ、それでもここでフィーロ様を失うわけにはいかないと、俺は彼女の姿を隠すようにスールの前に立つ。


「スール……」

「わかってる。ここで決着をつけるのは、私の本意ではない」


 俺が言おうということを察してくれたスールは、フィーロ様に追撃することなく背を向ける。



 そのまま立ち去るかと思われたが、


「……明後日だ」

「えっ?」

「明後日、あの獣人の国を皮切りに、混沌なる者の勢力が破壊の限りを尽くすだろう」


 スールはこちらをちらと振り返ると、ニヤリと唇の端を吊り上げて嗜虐的に笑う。


「かつてない脅威がお前たちを襲うだろう。精々、抗うがいい」

「どうしてその情報を俺に?」

「さあな、ただの気まぐれだよ」


 そう言うと、スールを中心に強風が吹き荒れる。


「うっ!?」


 視界を奪われたのは一瞬だったが、風が止むと奴のいた場所には何も残されていなかった。

 暫くの間、俺は周囲を確認するように警戒したままでいたが、


「……立ち去ったか」


 何も起きないことを確認して、俺はゆっくりと息を吐く。


 とりあえずの危機は去ったが、


「ううっ……お父様、どうして……」

「フィーロ様……」


 新たな謎が生まれて、わからないことだらけな状況で、混沌なる者の勢力が仕掛けてくるまであまり時間がない。

 途方に暮れたい気持ちもあったが、こんな所で膝を折るわけにはいかないと気合を入れ直し、現状をどう打破するかを必死に考えていた。

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