小手調べ
融通が利かなそうな古参のエルフに話を聞きに来たら、まさかの宿敵が待ち構えていた。
「なっ、ど、どうして……」
突然過ぎる事態に、俺はどう対処したらいいかわからず、口をパクパクと開閉させることしかできない。
頭では何かしなければと思うのだが、一体何をしたらいいのか全く思い付かない。
こういう時、自分の応用力のなさに嫌気がさしてくる。
「お前、グランドの街を裏で支配していた怪しい奴だな!」
すると、何もできずに混乱する俺に代わって、頼もしい相方が前へ出てくれる。
「あたしたちはその家の住人に用があって来たんだ。お前こそここで何をしている!」
「この家の者に……ああ、そういうことか」
シドの言葉で何かを察したスールは、後方をちらと振り返って彫刻かと思うほど綺麗に整った顔を歪めてシニカルな笑みを浮かべる。
「残念ながらこの家の者は、今しがたこの世から去ったところだ」
「何だと!?」
「嘘だと思うなら確認してみるか? 尤も、肉片すら残していないから、確認しようがないがな」
「クッ……」
「シド、よそう」
今すぐにでも飛び出そうとするシドを見て、少し冷静になった俺は手を伸ばして彼女を止める。
「スールは冗談を言うような奴じゃない。この男が殺したというのなら、間違いなく殺したんだ」
「賢明な判断だな」
俺の言葉に、スールは満足そうに頷いて微笑を浮かべる。
「それで、ここまで来たということは無事に召喚魔法は習得できたのか?」
「それを俺が素直に話すと思うのか?」
「思わないな……どれ」
すると、スールはゆっくりと右手を上げて広げた手の平を俺たちへと向ける。
「「――っ!?」」
それを見て攻撃魔法が飛んでくると察した俺とシドは、ソラを庇うように前へと出て構える。
「シド……」
「わかってる」
シドに声をかけると、何も言わなくても彼女は察したように静かに頷く。
ここで俺たちが取る行動は一つ。
絶対に相手の攻撃を防御せずに回避に専念すること。
魔法に対して何も知識がない以上、真正面から受け止めることは絶対に避けた方がいい。
スールから何かしらの魔法を唱えそうな気配を察したら、どちらかが回避に専念して、どちらかがソラを庇いながら逃げる。
といっても、身体能力的には俺はシドより大分劣るから、ソラを守る役目はシドに任せることになりそうだ。
だから俺としては、絶対にシドの足を引っ張らないように努める。
そう思いながらスールの動きを注視するが、奴は右手を掲げたまま微動だにしない。
「…………」
まだか? まだ何もしてこないのか?
明らかに何かを仕掛けてきそうな気配なのに、全く変化のない状況に、俺たちは互いに睨み合ったまま硬直状態に陥る。
もしかして、スールの狙いはこのまま時間を稼ぐことなのだろうか?
だとしても、魔法の恐ろしさを身をもって知っている俺とシドは、下手に身動きを取ることができない。
あの壁に埋め込まれた時の痛みと苦しみから、何としてもソラを守らなければならない。
そう思いながら油断なく身構えていると、
「いけない!」
突如としてソラが俺たちの前へと飛び出してくる。
「ソラ!」
「ソラ、何をしているんだ!」
守るはずの対象が飛び出したことに、俺とシドは慌てて彼女へと手を伸ばす。
だが、
「触らないで!」
「「――っ!?」」
ソラが発した今まで聞いたことがないような切羽詰まった叫びに、俺とシドは揃って伸ばしかけた手を止める。
訳が分からず、混乱する俺たちを尻目に、ソラはスールに向かって両手を突き出して足を広げて踏ん張る姿勢をとる。
それはまるで、俺とシドを何かから守るかのように見えた。
「……フッ、いい反応だ」
すると、これまで右手を掲げたままだったスールがゆっくりと俺たちにつき出した手の平を閉じる。
スールがした動きはそれだけ。他に何かしらの目に見える変化はない。
そう思っていたが、
「キャアッ!」
「ソラ!」
スールに向かって両手を突き出していたソラが、何かの力にぶつかったのか、悲鳴を上げながら吹き飛ばされたので、俺は慌てて手を伸ばして彼女を受け止める。
「ソラ、大丈夫か?」
「は、はい、大丈夫です。コーイチさん、ありがとうございます」
ソラの体に何も怪我がないことを確認した俺は、彼女を立たせて何が起きたのかを尋ねる。
「ソラ、今のは?」
「魔法による攻撃です」
「魔法?」
「そうです。姉さんもコーイチさんも見えていないようでしたから、私が守らなきゃって思って……」
「見え……」
どうやら俺たちの知らないところで、ソラとスールによる見えない攻防が繰り広げられていたようだ。
同時に、俺は自分の迂闊さを思い知る。
グランドの街でスールに魔法による攻撃を受けた時も、奴が何をしたのかを見ることはできなかった。
つまり魔法による攻撃だからといって、それが目に見えるとは限らないのだ。
いや、むしろ回避が簡単な目で見える魔法攻撃なんて、存在しないと考えるべきだったのだ。
今からでも遅くないと思った俺は、右目に意識を集中させて調停者の瞳を発動させる。
「……コーイチさん?」
「次は失敗しない。今度こそ、ソラを守ってみせるから」
「……はい」
俺は再びソラを背中に隠すように下げると、スールのことを睨む。
「……ほう、自由騎士の力を使うか」
「悪いがもうお前の思い通りになると思うなよ」
「フッ、どうかな?」
薄く笑ったスールは、再び俺たちに向かって手を掲げて広げる。
すると、俺の右目にスールの右手が赤く光り出すのが見て取れる。
どうやら右手に魔法を使うための力……魔力を籠めているようだった。
手加減をしているのか、それとも不可視の状態だと余り威力は出せないのか、その光は決して強くないが、全く見えない飛び道具というのはそれだけで十分な脅威になり得る。
「どれ、自由騎士の力、見せてみろ」
そう言ってスールが開いた右手を閉じると同時に、奴の手の平に集まった赤い光が発射される。
発射された赤い光は真っ直ぐ、かなりの速度で飛んでくるが、目で見えるのであれば回避は不可能ではない。
「シド、左に一歩!」
素早くシドに回避場所を指示しながら、俺もソラを抱いて右に飛んで赤い光を回避する。
次の瞬間、強風が俺たちの間を突き抜け、後ろにあった木が盛大に爆発して吹き飛ぶ。
「ほう……」
「どうだ!」
堂々と宣言して繰り出された攻撃をたった一度回避しただけ。
それだけの成果であったが、感嘆の声を漏らすスールに俺は俺は思わず大声を上げる。
「もう何度も同じ手は通じないぞ!」
「そのようだな」
スールは感心したように頷くと、手を下ろして自然体になる。
この後は、一体どうやってこの状態を切り抜けるか……
そう思っていると、
「なあ、もうくだらない争いは止めにしないか?」
スールの方から、まさかの提案が飛び出した。




