忘れ去られし者
スールのことを聞く前に、俺はラピス様にかつてグランドの街で暗躍していたダークエルフとの出会いと、彼からもたらされた情報について話していった。
「そうですか、あの男にここを……」
「はい、この森までの地図までいただきました」
今この場にその地図はないが、それでもここに来るまでに何度も見たので思い出すことは容易だ。
あの地図には、エルフの森を示す場所にやたらと大きな木が一つだけ描かれていたが、あれは木をたくさん描くのがめんどくさかったのではなくて、世界樹を描いていたのではないだろうか?
世界樹が一体どれぐらいの大きさなのかはわからないが、少なくともこんな巨大な樹がカナート王国から全く見えないのは明らかにおかしい。
これは世界樹に何かしらの認識阻害の魔法がかけられているからだと思われるが、ならばスールは何故、見えないはずの世界樹を地図に描けたのか?
その答えは深く考えるまでもない。
「スールはかつて、このエルフの森にいたのですよね?」
「ええ、敢えて口にする者はいませんが、王の名前を忘れられるはずはありませんから」
「お、王って……スールはエルフの王だったのですか?」
俺の問いかけに、ラピス様はゆっくりと頷く。
「そ、そんな……そんなことって」
その答えに、俺は愕然となる。
だって、そうだろう。
「奴は……スールはダークエルフなんですよ」
エルフの王は、ダークエルフだった?
果たしてそんなことあり得るのだろうか?
それとも俺が知らないだけで、この集落には他にもダークエルフがいたりするのだろうか?
そう思っていたのだが、
「ダークエルフ………」
「はい、ダークエルフです」
「って何でしょうか?」
「えっ?」
不思議そうに小首を傾げるラピス様に、俺は思わず聞き返す。
「もしかしてダークエルフをご存知ない?」
「え、ええ、エルフ以外の種族との間の子をハーフエルフということはありますが……ダークエルフとはどんな存在なのですか?」
「ええっとですね……」
そう言われても、俺も実際のところダークエルフのことなんか詳しくないぞ。
仕方がないので、ゲームや小説で知り得た知識を披露することにする。
「簡単に言うと、光の神々に与する者が通常のエルフで、暗黒神に与する者がダークエルフです」
そして、ダークエルフといえば、
「普通のエルフと違って褐色の肌を持つのがダークエルフの最大の特徴です」
「肌の色……」
「そうです。スールはここにいた時から褐色の肌だったのでしょうか?」
「……どうでしょう」
俺の疑問に、ラピス様は眉を顰めて渋面になる。
「この森から王がいなくなったのは優に千年以上は前の話で、私もまだ子供で王に面会するなんてとても……」
「で、ですが、他に親族がいたりしないのですか?」
「いえ、おりません」
ラピス様はゆっくりとかぶりを振ると、悲しそうに顔を伏せる。
「彼の者の子孫は疎か、血族も既に絶えていますので」
「もういない?」
「ええ、スールが消える時に一緒にいなくなったと聞いています。一緒に付いていったのか、それとも殺されたのか……記録もなければ、当時を知る者は揃って口を噤んでしまっています」
「そんな……」
真相は完全に闇の中、というわけか。
ラピス様でもわからないとなると、もう混沌なる者の情報を手に入れることはできないのだろうか?
「あの……よろしいでしょうか?」
すると、これまで俺の横で静かに佇んでいたソラが、そっと手を上げて話に割って来る。
「ラピス様のお話しを聞く限り、当時を知る人はまだいらっしゃるのですよね?」
「あっ……」
そうか、確かにラピス様は当時を知る者は揃って口を噤んでいると言ったが、決してもういなくなったとは言っていない。
「そうか、その人たちから話を聞くことができれば……」
「はい、混沌なる者の情報が少しは得られると思います」
俺とソラは互いに頷き合うと、期待に満ちた目でラピス様を見る。
「…………はぁ、わかりました。そこまで言うのなら私からは止めるまでもありません。ですが……」
俺たちの視線を受けたラピス様は大きく嘆息すると、何故か俺の方を睨んでくる。
「その前にコーイチ」
「は、はい」
何かラピス様を怒らせるようなことを言っただろうか?
それともエルフの長を前にして、気付かないうちに失礼な態度を取っていたりしたのだろうか?
一体、何について怒られるのだろうと構えていると、
「治療をします」
「えっ?」
「身体の方はまだ完全ではないのでしょう? ここには外よりも多くの精霊がいますから、より効果的な治療が行えますよ」
「あ、あの……」
冷たく突き放すように言われたその一言に、俺の背中からドッと汗が吹き出すのを自覚する。
より効果的な治療ができるということは……、
「あ、あの……それってやっぱり痛い……精霊の数が増える分だけ痛みが増すのでしょうか?」
効果的な治療が行える分、受ける痛みも加速するなんてことになったら、ソラの前だろうが大声を上げて泣き喚く自信がある。
実はラヴァンダさんの治療が特別痛いだけで、ラピス様が治療してくれたら痛くないなんてことがあったりしないだろうか?
一縷の望みを託してラピス様の返答を待っていると、
「ええ、大丈夫ですよ」
「ほ、本当ですか!?」
穏やかな笑みを浮かべるラピス様を見て、俺の中に淡い期待が生まれる。
今度こそ俺が思い描くような理想の回復魔法を受けることができるかもしれない。
そう思っていたが、
「心配しなくても、痛みはラヴァンダがするのと変わりませんから」
「……あっ、そですか」
無常すぎる一言に、俺はがっくりと項垂れるしかなかった。




