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チートスキルで無双できない人に捧げる異世界生活~現実を捨ててやって来た異世界は、思ったより全然甘くはありませんでした~  作者: 柏木サトシ
第二部 第四章 暁に燃える森

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その者の功績、多岐にわたり

「……えっ?」

「ラピス様の……夫?」


 思わぬ名前の登場に、俺とソラは顔を見合わせる。


 ラピス様の口から、とんでもないことが暴露された。


 今聞いた話が事実であるなら、ノルン城を壊滅に追いやったのは、ラピス様の夫のレーゲンという人になる。

 その話を聞いて俺にとっては過去の出来事の一つなので特に思うことはないが、問題は当事者でもあるソラである。


 俺は目に見えて狼狽えた様子になっているソラの手を握ると、既に冷え切っている彼女の手に驚きながらもゆっくりと話しかける。


「ソラ……これはまだ確定の話じゃない。わかってるよね?」

「は、はい、大丈夫です」


 どうにか俺と目線を合わせたソラは、静かに頷いてみせる。


「コーイチさん、話を……ラピス様の話の続きを聞きましょう」

「わかってる、俺が付いているから」


 俺はソラの手を温めるように両手で包み込むと、申し訳なさそうにこちらを見ているラピス様へと向き直る。


「すみません……」

「いえ、ソラの気持ちもわかります。私も……少なからず動揺はありますから」


 そう言うラピス様の手も、僅かに震えていた。


 自分の夫が、もしかしたら世界を滅ぼす混沌なる者かもしれないという事実は、そう簡単には受け入れられないだろう。

 故に、真実を知るためにも俺たちは前に進まなければならない。


 それがきっと誰かを救うためにも、これ以上の余計な犠牲を生まないために役立つはずだから……、



 ソラが落ち着くまで待ったところで、俺たちは再び話へと戻っていく。


 とりあえずは、黒い海となってノルン城を破滅へ追いやった者の最期だろう。

 黒い海は言うまでもなくレド様によって封印された。


 ということは、


「ラピス様、その……レーゲンさんはもしかして既に?」

「いえ、残念ながら何もわからないのです」


 俺の疑問に、ラピス様はゆっくりとかぶりを振る。


「そもそもレーゲンがこの森を出たのは数百年前で、それ以降は噂程度にしか話を聞かなくて……」

「そんな前に?」

「ええ、この森を出ていくきっかけとなったのは、砂漠に雨を降らせる手伝いをしたことだと思います」

「そ、それって……」


 思い当たる節がめちゃくちゃあるんですけど……、


 そう思っていると、ラピス様がゆっくり頷く。


「レーゲンは、エリモス王国に雨を降らせる仕組みを作ると言って、生まれて初めてこの森から出て行きました」

「やっぱり……」


 エリモス王国ではフロストマインと呼ばれる魔法の石を使って雨を降らせていたが、この石に氷の魔法を籠めるのにエルフの魔法を使っていたのだ。


「レーゲンは魔法の中でも水を操ることに長けていましたので、空から砂漠へ民が降りて来た時、自身の力が助けになると思ったのでしょう」

「その甲斐あって、何千、何万という人の命が救われましたよ」

「ええ、一度戻って来たレーゲンも、実に誇らしげな顔をしていました」


 ここだけ聞けば実に素晴らしい美談となるのだが、その後、エリモス王国はとんでもないやらかしをしてしまう。


「当時のレーゲンは、自分の力で多くの人を救えたと同時に、無用な争いも生んでしまったとよく嘆いていました」

「そんなの……レーゲンさんの力じゃどうしようもないじゃないですか」

「ええ、その通りです。ですがそれが理解できるほど、レーゲンは人の世界に精通していなかった」

「えっ、何百年も生きているのに?」

「そうです。特にレーゲンは時間の殆どを魔法の研究に費やしてきましたから、エリモス王国の件がなければ、きっとまだここで魔法の研究をしていたことでしょう」


 そう言ってラピス様は、薄く笑って肩を竦める。


「我々の世界ではよくあることです。この森しか知らないが故に、俗世の波に呑まれると、簡単に傷付き、落ち込んでしまうのです」

「じゃあ、レーゲンさんはそれで?」

「ええ、成長して戻ると書き置きはありましたが、残念ですが……」

「そう……ですか」


 自分がいかに世間知らずかを知ったレーゲンさんは、失意のうちに消息を絶ったようだ。

 ただ、最初の失敗をして引き籠らずに、成長するために外へ出るという選択肢を取れるのは何気に凄いと思う。


 それに、


「その後も、噂程度にはレーゲンさんの消息は掴めたのですよね?」

「ええ、どうやらその後もレーゲンは、積極的に人と関わる道を選んでいったようです」


 聞けば他所の国からのルストが交易路の開拓や、途中に渡った大きな吊り橋の建設など、俺たちの旅の軌跡にも、レーゲンさんの功績はあったようだ。


「じゃあ、もしかしてレド様の召喚魔法の開発にも?」

「それは違う者でしたが、レーゲンから声がかかったのは事実です」

「やっぱり……」


 こうなると、この世界の人類の発展の影にレーゲンさんの名前があってもおかしくないのではと思ってしまう。


「あっ、それじゃあそのレド様の召喚魔法の開発を手伝った人は……」

「その方は、既に亡くなられています」


 俺の疑問に、すぐ近くから声がかかる。

 目を向けると、ソラが申し訳なさそうに俺の服の袖を掴んでした。


「お忘れですか? ノルン城の末期は裏切りと策謀が常で、特に召喚魔法に関わる人の殆どは……」

「そう……だったね」


 そうだった、召喚魔法に関わった人の殆どが殺されてしまったが故に、俺たちは敵であるはずのスールの助言でエルフの森を目指したのであった。


「あっ……」


 そこで俺は、あることを思い出す。



「あ、あの、ラピス様、スールというエルフを知りませんか?」

「えっ?」


 スールの名前を出した途端、ラピス様は目に見えて狼狽え出す。


「コ、コーイチ、何処でその名を?」

「ど、何処って、グランドの街です。あの街を裏で操っていた黒幕が、スールでした」

「そう……ですか」


 そこまで言ったところで、ラピス様は再び黙り込んでしまう。

 だが、流石にこれ以上、話を引き延ばされてもキリがないので、俺は無理にでも話を進めることにする。


「あの、ラピス様……何かマズかったですか?」

「いえ……それよりコーイチ、スールの名を他の者には?」

「話してないです。ラピス様が初めてです」

「そうですか、それはよかった……」


 何が良かったのだろうと思っていると、ラピス様は重々しい溜息を一つ吐いて口を開く。


「スールという名は、我々の間では口にすることも憚れる忌むべき名なのです」

「口にすることもって……」


 どうやらスールという男は、エルフたちにとってある意味でかなり特別な男のようだった。

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