イチャイチャしろと言われても……
「…………えっ?」
脳内に響き渡った余りにも場違いな言葉に、俺は聞き間違いかと思ってもう一度巨大な精霊に尋ねる。
「えっ? 今、何て言いました?」
『この場にいる誰かとイチャイチャしなさいと言ったのです。相手は誰でも構いませんから、できるだけ濃密なものをお願いします』
「なっ、ななっ……」
「そ、そそ、そんなことできるわけないだろう!」
俺が声を上げるより早く、すぐ近くから悲鳴のような声が上がる。
声のした方に目を向けると、茹で上がったタコのように真っ赤になったシドがわなわなと震えながら捲し立てる。
「いくらソラのためとはいえ、こんなみんなの見ている前でセッ…………まぐわうなんて、あたしたちは野生動物じゃないぞ!?」
「シド……」
ラピス様を遥かに超える斜め上を行っているシドに、俺は呆れたように話しかける。
「誰もそこまでしろなんて言ってないだろう。というか、流石の俺も皆の前でそこまでする勇気はない」
「そ、そうか……そうだよな。流石に飛躍し過ぎか」
シドは心底安堵したように大きく息を吐くが、それを見て、俺は何だか意味もなく傷付けられたような気がして少し悲しくなる。
もし、二人きりの時だったら……その時はいいんだよね?
密かに淡い期待を抱きながら、ラピス様の願いをどう叶えたものかと思っていると、
「ねえねえ、おにーちゃん」
俺の隣で寄り添うように座っていたミーファが、大きな瞳でこちらを見ながら話しかけてくる。
「イチャイチャするってな~に?」
「えっ? そ、それはだな……」
かつて地下でミーファと疑似デートをしたりと、何かと恋人みたいな真似をしたことはあったが、意外にも彼女相手にイチャイチャするという単語を使ったことなかったようだ。
かといって、流石にどストレートに何をするかを言うわけにもいかないので、俺はミーファに悪影響にならないような言葉を選んで話す。
「イチャイチャするっていうのは、いつもよりずっと仲良くするってことかな?」
「いつもより、ずっとなかよくするの」
「うん、好きな人とギュッと抱き締め合ったりするんだ」
「ふ~ん」
何かを納得したように大きく頷いたミーファは、立ち上がって俺の首に抱き付いてくる。
「じゃあ、ミーファ、おにーちゃんとイチャイチャする」
「そ、そうか……」
尻尾をフリフリ振りながら抱き付いてくるミーファを、俺は苦笑しながら抱き締める。
「う~ん、イチャイチャ~」
ミーファは「イチャイチャ」と口にしながら、嬉しそうに俺に頬擦りしてくる。
甘いミルクのような匂いとシドやソラよりも高い体温に、そういえばミーファとここまでベタベタするのは久しぶりなのに気付く。
「…………」
もうあと数年もしたら、ミーファとこうして触れ合うこともできなくなると思った俺は、これが抱き収めだと謂わんばかりに彼女の体を抱き締めておいた。
「どう、おにーちゃん、ミーファとイチャイチャできてる?」
「うん、できてるよ」
仲睦まじいという意味では、これもイチャイチャしていると言っても良いのではないだろうか?
そんなことを思っていると、
『……何をしているのですか?』
脳内に、ラピス様の冷たい声で響いてくる。
『最初に言っておきますが、これはコーイチ、あなただけに向かって話しています。それを加味して心して聞くように』
それは非常にありがたいと内心で思う俺に、ラピス様から続けて声が飛んでくる。
『誰がそんな童女とイチャイチャしなさいと言いました。それともコーイチ、あなたはそういう性癖の人間なのですか?』
「ち、ちゃいます」
ミーファのことは好きだが、それはあくまで父性と似た感情、家族としての愛情であって、決して恋愛感情ではない。
ただ、それを口にするとミーファが泣いてしまうかもしれないから、間違っても口にすることはないし、これだけは表情に出すわけにはいかない。
そんな俺の鋼の意思が少しは作用してくれたのか、いきなり変なことを言い出した俺を見ていたミーファの表情が曇ることはない。
だが、このままミーファがいては、おいそれとイチャイチャするわけにはいかない。
すると、
「わふ」
ロキが「仕方ない」と嘆息して立ち上がると、ミーファの耳元で何事か囁く。
「えっ? さっきの遊び、もう一回してくれるの?」
ロキから先程転んだ時にしてもらった遊びをしようと提案されたミーファは、あっさりと俺の元から離れて巨大狼の首根っこに飛び付く。
「ロキ、すまないな」
「わふわふ」
ロキは「気にしないで」と言うと、首にミーファをぶら下げたまま木のトンネルへと戻っていく。
『さて、これで問題はなくなりましたね』
ミーファたちが完全にいなくなった後、ラピス様の弾む様なウキウキした声が聞こえる。
『これで心置きなくイチャイチャできますね。さあ、コーイチ。遠慮することありませんから、欲望を思うがままに解放なさい』
「えっ、えぇ……」
ラピス様の容赦のない一言に、流石の俺もドン引きしてしまう。
男として、エロいことは基本的に大歓迎ではあるが……この素直に喜ぶことができない展開は何だろうか?
『コーイチ、どうしました? あなたの方から動かないのであれば……シド姫は嫌なのですよね?』
「当然だ、他人に都合よく動かされるなんてお断りだね」
シドは不機嫌に鼻を鳴らすと、俺から背を向けてしまう。
こうなるとシドは梃子でも動かないだろうから、何を言っても無駄だろう。
ラピス様も何となく察したのか、それ以上はシドに追及せずに次のターゲットへと的を絞る。
『では仕方ありませんね。フィーロ、あなたがコーイチとイチャイチャしなさい』
「ええっ!? いくらお母様の命令でもそれは嫌です。コーイチのことは嫌いではありませんが、それとこれとは話が別です」
……そりゃそうですよね。
俺でもいきなり知り合ったばかりの女性と、人の見ている前でイチャつけと言われたら流石に躊躇う。
それに、俺に気を使ってくれたのかもしれないが、フィーロ様は面と向かって俺のことが嫌いじゃないと言ってくれたので、何だか救われたような気がする。
こうなると、残るはネイさんだけである。
といっても、ここまでの流れからラピス様の願いを断っても良い雰囲気はできているので、ネイさんも断ることに抵抗はあるまい。
そう思いながら俺はネイさんに、目で彼女に断っても大丈夫だと伝えておく。
『さて、そこの猫人族のあなた、お名前は?』
「は、はい、私はネイと申します。どうぞお見知りおきを、ラピス様」
『ええ、よろしく。それでネイ、やることはわかっていますよね?』
「は、はい……」
ラピス様の無茶振りに、固唾を飲んで様子を伺っていたネイさんは小さく頷くと、
「わかりました。私でよければコーイチさんとイ、イチャイチャさせていただきます」
思いもよらない一言を口にした。




