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チートスキルで無双できない人に捧げる異世界生活~現実を捨ててやって来た異世界は、思ったより全然甘くはありませんでした~  作者: 柏木サトシ
第二部 第四章 暁に燃える森

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夜空を舞って

 知らない間に思わぬ命の危機に瀕していたが、ようやくエルフの集落が見えるところまでやって来た。


 ただ、見えたからといっても、あの世界樹ユグドラシルの麓まで行くとなると、まだかなりの距離を移動しなければならなそうだ。

 時計がないので今が何時かわからないが、このまま自動人形(ゴーレム)に乗っていった場合、果たして明日の朝までに辿り着くことができるのだろうか?


 世界樹という存在に度肝を抜かれていたが、少し冷静になった俺は、自動人形の反対側の肩で穏やかな笑みを浮かべているラヴァンダさんに質問する。


「ラヴァンダさん、世界樹まで結構な距離がありそうですけど、後どれくらいで着きますかね?」

「ん? ああ、ここからならそう時間はかかるまいよ」

「そ、そうなんですか?」


 聞き返す俺に、ラヴァンダさんは余裕の笑みを浮かべて頷くと、何かを探すように天を仰ぐ。


「そう……ですか」


 嘘みたいな話だが、この断崖絶壁の上から盆地の中心の世界樹まで、思ったより早く到着するようだ。


 まず、この崖を降りるだけで明日の朝までかかりそうなのだが、一体どのような方法でここを降りるのだろうか?


 崖の下は深い森になっているので見えないが、実は下に落下しても衝撃を吸収してくれるような、トランポリンのような植物でも生えていたりするのだろうか?


 それともラヴァンダさんは空にある何かを探しているみたいだから、ここで空飛ぶ生物に乗り換えて、世界樹までひとっ飛びしたりするのだろうか?



「いや……」


 そこで俺はある可能性に気付く。


 先程、ラヴァンダさんはそう時間はかからないと言っていた。

 そして帰らぬの森の話を聞いた時、数十年に一度はエルフに犠牲者が出ると言っていたことから、やはりエルフという種族はかなり長生きだということがわかる。


 つまり、俺たちとは時間の流れる概念が根本から違うということだ。


 ラヴァンダさんはそう時間はかからないと言ったが、具体的に何時間とは言っていない。

 それはもしかしたら、数時間……下手したら何日後とかあり得るのだろうか?


 一先ずここは、何時間で着くのかを明白しておいた方がいいかもしれない。


「あの、ラヴァンダ……おわっ!?」


 ラヴァンダさんに話しかけようとした途端、地面の方から強風が吹いて俺の体が宙に浮く。


「わわっ!?」


 慌てて自動人形の肩にしがみつく間にも、推定数百キロはありそうな土の塊はどんどん上昇していく。


「ククク……」


 振り落とされないように自動人形の肩に必死にしがみついていると、ラヴァンダさんの愉快そうな笑い声が聞こえてくる。


「ククク……いや、すまないな。君が失礼なことを考えていそうだったから、ちょっと悪戯してしまったよ」

「うっ……」


 そう言われて思い当たる節がありまくる俺は、観念して素直に頭を下げる。


「すみません、何時着くのか不安になってしまいまして」

「そう時間はかからないと言っただろう。確かに我々は人間よりは長命だが、時間の感じ方はそう大きく変わらんよ」

「そ、それは失礼しました」

「フフッ、気にするな。それより面白いものが見えたからな」


 それって、俺の見るだけで考えていることがわかる顔のことですか? と聞きたかったが、それで間違いないのはラヴァンダさんのニンマリ笑う顔が如実に語っていた。

 なるほど、これが俺の普段見られている顔なのか……なんて思ったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


 宙に浮いたと思った自動人形が、みるみる変形していくのが見てとれたのだ。


 長い手がどんどん薄く、平たくなっていくと思ったら巨大な翼へと変わり、体全体も鳥……というよりグライダーのような形へと変形していた。


「おわっ!?」


 自動人形の変形に合わせて肩の位置も変わっていくので、俺は危うく滑り落ちそうになり、慌てて安全な背中側へと移動する。


「あぐっ……いたたた……」


 痛む腹と足に苦戦しながらどうにか無事な場所はないかと探していると、


「ほら、大丈夫か?」


 急に体が軽くなったと思ったら、ラヴァンダさんが俺に肩を貸してくれる。


「ロキのところまで行くぞ。あそこなら座ってのんびり景色を楽しめるぞ」

「わふわふ」

「あっ、ありがとうございます」


 いつの間にか自動人形の背中側へと移動していたロキから「こっち来て」と声をかけられたので、俺はラヴァンダさんと一緒に巨大狼の下へと向かう。



「ほれ、大事なご主人様だ。しっかり守ってやれよ」

「わふ」


 ロキはラヴァンダさんの言葉に嬉しそうに吠えると、俺を「ここに来て」と自分の胸の中へと誘う。


 その言葉に従い、おすわりしているロキの顎の下に収まると、ラヴァンダさんの言う通り安定して座ることができた。

 さらにロキは、俺が動かないようにそっと体重をかけてくれる。


 そのさりげない優しさとロキから聞こえる心臓の音に、俺は大きく安堵しながら背中の彼女に話しかける。


「ありがとう、ロキ」

「わふぅ!」


 ロキの「どういたしまして」という声を耳にしながら、俺は風に負けないように目を細めながら前を見る。


 どういう原理なのかわからないが、ロキや俺たちの体重も合わせると優に数百キロにも及ぶ重量にも拘らず、飛行形態に変身した自動人形はルミナと世界樹の周りを飛ぶ精霊たちの光を受けて夜の闇を切り裂くように飛ぶ。

 流石に自力で上昇する力はなさそうだが、自動人形はゆっくりと旋回しながら着実に世界樹目掛けて飛んでいく。


「ハハッ、凄いや……凄いな。ロキ」

「わんわん!」


 今が夜であることを忘れるくらいの幻想的な光景に、俺は夜の景色を楽しみながら集落の到着を待った。



 そこからおよそ十分間、優雅な夜のフライトを楽しむと自動人形は滑るように地面に着陸する。


「わん」

「うん、着いたみたいだね」


 上空から見た時も凄いと思ったが、地上から見る世界樹の迫力もまた凄かった。

 あれだけ大きな樹だからてっきりその下はかなり暗いと思ったのだが、世界樹があまりにも大き過ぎるからか、それとも周囲に舞う精霊の数が尋常じゃないからか、まるでネオン街にでも迷い込んだかのように明るく、そのお蔭で集落の様子もある程度見えた。


 エルフの集落は、世界樹の麓にある広間にあり、自然を愛するエルフらしく集落内の家はどれも木造平屋だった。

 ただ、集落の奥の方には世界樹の幹の上に建てられた一際大きな家があったり、何かしらの施設と思われる少し形が違う家も結構な数があった。

 どうやらこの集落には、思った以上の数のエルフが住んでいるようだった。


 ただ、そんなことよりも今、俺の中には一つの大きな疑問があった。


「夜もこんな明るかったら、ちゃんと寝られるのかな?」


 世界樹のスケールがデカ過ぎて、そんなどうでもいいことを考えていると……、


「おにいちゃあああああああああああああぁぁぁん!!」

「ミーファ?」


 久方ぶりに聞く天使の声に、俺の心臓が驚きと嬉しさで跳ね上がる。

 目を向けると、目に涙を浮かべたミーファが全力で駆けてくるのが見えた。


「おにーちゃん、おにーちゃん、おにいちゃあああああああああああああぁぁぁん!」


 既に滂沱の涙を流しているミーファを見て、今すぐその体を抱き締めて全力で慰めてやりたいと思う俺だったが、果たして今、彼女に全力でぶつかられたら俺の体は持つのだろうか?


「わふっ」


 思わず身を固くする俺に、ロキが「任せて」と言ってフサフサの尻尾を回して盾となるように構える。

 果たして尻尾なんかでミーファの突撃を止められるのかと思ったが、


「おにいちゃああああああああああぁぁぁ、わぷっ!」


 弾丸のように突っ込んで来たミーファの体を、ロキの尻尾は絡め取るように巻き付いて動きを止める。


「わふわふぅ」


 さらにロキは、ミーファの耳元に「走ると危ないよ」と言って、彼女の体をそっと俺の前に差し出す。


「……おにーちゃん?」


 ロキの一言で、俺に何か異変が起きたのだと気付いたミーファの表情が曇る。


「おにーちゃん……」

「うん、ちょっとお腹を怪我しちゃったけど大丈夫だから……おいで」

「うん」


 手を差し出すと、ミーファはおそるおそるといった様子で俺の首に抱き付いてくる。

 久方ぶりのミルクのように甘い匂いに包まれながら、俺はミーファの背中を優しく叩きながら話しかける。


「よかった。お兄ちゃん、ミーファともう会えないかと思ったから」

「うん、ミーファも……ミーファも…………ふえぇぇ」


 それ以上は言葉にならないのか、ミーファは俺の首に齧り付くようにシクシクと泣き始めてしまう。


「もう大丈夫だから、これからはずっと一緒だからな」

「うん……うん!」


 頷きながらも泣き続けるミーファの背中を、俺も思わず涙ぐみながら優しく撫で続けた。

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